【サクサク二枚目】
『 ▷ この国の手土産は、消費文化としての袋小路を抜け出せずに喘いでいますホロ。市場の萎縮化に歯止めをかける必要に迫られていたホロ 』
と、サブレのトリが熱弁を振るうのである。理解にはまったくほど遠いが。
その一方、状況だけはすんなりと受け止められた。サブレのトリが何やら喋っている……確かに異常の一言なのではあるが、しかし、ぼくはかなり冷静でいられたのである。街に大量のゾンビが溢れかえってマスとかなら、それはすわ一大事ではあるけれど、論点はサブレのトリがピーチクパーチクホロホロホロホロほざいているだけなのである。まぁ、命に危険が及ぶことは無いであろう。ぼくは浮かんだ疑問を素直に口にした。
「おみやげはおみやげじゃないか。おみやげに期待している事って、そんなに多くは無いと思うけどな」
すると、我が意を得たとばかりに、サブレのトリが満足げにうなづいた……ように見えた。
『 ▷ 危機的に問題視されたのが、まさにその点ホロ。おみやげはあくまでも双方の気持ち、譲渡側のそこそこの優越感と、受領側のそこそこの満足度さえ達成されればそれで良し……という風潮に一石を投じる必要があると、そのように判断され、対策として企画立案されたのがホロを含む本件・Smart Souvenirs Project【SSP】ホロ 』
「他のサブレも対象ってことか?」
『 ▷ ピヨピヨサブレなんかもそうホロ。ピヨピヨ言うホロ 』
「……サブレ以外は?」
『 ▷ ズンダー餅を筆頭としたスマート餅もあるホロ。ズンズン言うホロ 』
「……かなり手広くやっているんだな」と、ぼくが露骨に呆れてみせると、サブレのトリはどこか自慢げな口調となった。
『 ▷ そりゃそうホロ。文部科学省主導による官民一体の国家プロジェクトホロよ。初年度の予算は防衛費とほぼ同額で…… 』
兆単位の血税がコレに注ぎ込まれているのか……何やらめまいがするが、倒れても仕方がない。
「……なんか、もうめんどくさいからそういう話はいいよ。で? お前は結局なにが出来るんだ?」
すると、サブレのトリはどこか誇らしげに胸を張った……ように見えた。
『 ▷ AIの開発理念は至って明快、すべては純粋にヒトのためになる事ホロ。AIはヒトの仕事を奪うとか何とか悪く言われるホロが、そんな事はないホロ。そもそもホロたちを創ったのはヒト御本人さまホロよ。拒絶される筋合いは無いホロ 』
なんとAIは堂々と屁理屈を垂れるのである。驚愕の事実に意識が霞みそうになるが、ここもなんとか耐えた。
「……具体的には?」
『 ▷ お宅さんの相談に乗ってあげるホロ 』
これまた賢しい。何が哀しくて、焼き菓子に生き方を指南されねばならないのだ……何の呪いだ、これは……
『 ▷ 悩みは無いホロか? 』
しかし、このトリのサブレは厄介な箇所をくすっぐって来るのである。
サブレのトリなのに。
※
結局、ぼくは尋ねてみた。
婦女子のみなさんに受け入れられるには、どうすれば良いでしょうかと。喋る焼き菓子にである。すると、サブレのトリは此の様にのたまってくれた。
『 ▷ それは重二病ホロ 』
ぼくはとりあえずとして面食らう事にしてみる。呑み込むのに時間が掛かりそうだったからに他ならないからだ。
ぼくの両の眼は豆鉄砲を喰らった鳩よろしく、とてもとても丸くなっている事だろう。そんな押し黙るぼくを前にしてまた、サブレのトリも口をつぐむ。奇妙な一呼吸ほどの沈黙を挟んだ後、ぼくはようやく静々と疑問を吐き出せた。
「……診察は頼んでいない。恋愛の相談をしたつもりなのだが」
そう伝えたので、その筈である。自信がおぼつかないのは、ひとえにサブレのトリのせいである。
すると、確認するようにサブレのトリはまじまじとぼくの瞳の奥を覗き込むような素振りをした……ように見えた。『 ▷ 重篤ホロ 』
目を白黒させつつも、ぼくはなんとか答えをひねり出す。「いや、ぼくは何もわずらっていないぞ。そもそも病気なのか、それ?」
間髪入れずに『 ▷ 無論ホロ 』と断ってから、サブレのトリはすらすらと続けた。
『 ▷ 今現在、何かに重きを置いていて、その重さ故に自身を見失うという症状が顕著となる疾病ホロ。マニア・フェチ・推し活・オタク・信者などなど症例は様々ホロが、とどのつまりが非常識スレスレに血道を上げているヒト達の事ホロ。身に覚えはあるホロ? 』
「……ない」
『 ▷ 嘘はいけないホロ。お宅さんはいま恋愛に血迷っているホロ。そして行き詰まり、路頭を彷徨い、迷ったあげくに焼き菓子にまですがっているホロ 』
悔しいほどの図星である。ぼくの絶句は続き、サブレのトリの独壇場を許すお膳立てが整ってしまう。
『 ▷ 施術は至ってシンプルホロ。囚われている熱に浮き足立っているのなら一旦は立ち止まってみるホロ。自省の時間を設けてみるホロ的な、小休止を経ての再起動を促す処方箋ホロ。中学二年生でも安易に思いつくような策ではありますが、なかなかどうして効果は覿面、さぁ受け取るホロよ。お宅さんに必要なのは暴走寸前のジブンジシンをとりあえず減速、ゆるゆると路肩に停めてサイドブレーキを引き、ハザードランプを点灯させる事ホロ。さぁ、やりましょうホロ、今すぐに。お大事に、ホロホロ 』
ぼくは疑心暗鬼を隠さない。「あやしい。そして危うい。不確かな要素ばかりだ」
すると、サブレのトリは嬉々としてとうなづいた……ように見えた。
『 ▷ もちろん、確固たる保証は示せないホロ。エビデンスなどという昨今流行りの小癪な横文字など片腹痛いホロよ。でも、これだけは断言できるホロ。まず立ち止まること。これホロよ 』
なかなかに強気なのである。この焼き菓子は。
しかし、具体的に何をどうしろと言うのか……ぼくが思案の深みに脚を絡め取られようとしていた、その時だった。聞き慣れた短い着信音が鳴り、テーブル上の携帯電話がバイブに震えた。Eメールを受信。開いてみれば、相手は八重咲だった。
『突然すいません。お忙しいですか。いまから会えませんか?』
……普段とはまるで異なるよそよそしい文章に、ぼくはとにかく嫌な予感しかしなかったのである。