2 『数字保持』
鏡で自分の舌に刻まれた4の数字を見る。
「マジかよ・・・」
焦った心を落ち着かせようと、温かい飲み物を用意する。
ココアでいいよな?
棚を開けマグカップに手をかけた瞬間、パキッと音を立てて取手が外れた。
「あれ・・・」
自分の手右手に握られた取手を見て、握り込むと手の中からバリバリっと音が鳴り、開いた時には粉々になっていた。
破片の過程で掌に傷が付いたのか、傷から赤い鮮血が滴るが、数秒で完治した。
「・・・マズイ」
頭をよぎるのは研究者のモルモットになることだった。
その日は焦りを無理矢理かき消す様に眠りについた。
外から日差しが差し込む。
今日は仕事の日だ。
「マスクしていけば大丈夫だよな・・・」
玄関を開け、外に出る。
住んでいるところはただのマンションだ。
「あ、湊さん。おはようございます」
声をかけてきたのは隣に住む女子高生だ。
特に接点はなく、こうして登校前にあったら挨拶をする程度の中だ。
「あ、うん。おはよう」
そういうと女子高生は首を傾げた。
「何かあったんですか?」
「いや、ちょっと風邪気味でね・・・はは・・・」
そう言い残し足早にその場から離れる。
気分を悪くさせないといいが・・・
会社に着くと、デスクに座りいつも通り仕事を始める。
次々と社員が出勤してくる。
「あ、湊さんおはようございます」
「おはよう」
後輩の女性に挨拶され、返す。
「マスクなんて珍しいですね」
「あー・・・ちょっと風邪気味でね」
そういうと後輩がムッとした。
何かまずい事を言っただろうか。
「今日ご飯行きませんか?って聞こうとしてたんですよぉ」
「はは、ごめんね。また今度・・・」
また今度。
なんならこのままなくなって欲しいとも思う。
俺を誘う理由がないし、今は数字の事を隠したい。
力を抜かないと今使ってる機材も全て破壊しそうだ。
身体能力の向上だろうか。
破壊するのは単純に筋力の上昇か?
周りに数字保持者、いや今はナンバーズだったか。がいないから、何が能力かわからない。
昼休憩になると、とりあえず1人になれる場所を探して昼飯を食べる。
午後もいつも通りに仕事を進めては特に変わったことはなかった。
勤務が終わり、帰路に着く。
隠し通さなければと言う心を常に持っていたからか、今日は異様に疲れた気がする。
帰りにスーパーに寄って夕飯の材料を買おう。
それから・・・
色々と考えながら歩いていると、爆発音が鳴り響く。
「なんだ・・・?」
音がした方に行ってみると、車が山積みにされ近くの銀行が破壊されていた。
「何してるんだ・・・」
人の目が集まる中心にいたのは、筋肉質の背の高い男だった。
右肩に93の数字が刻まれている。
「な、ナンバーズか?」
93・・・かなり下の数字だが、能力は怪力か?
「早く警察を呼べ!」
「動画撮ってんじゃねぇよ!」
野次馬が増え始め、怒号が飛び交う。
その野次馬の中を見ていると、見知った顔があった。
「町田さん!」
「え、湊先輩?」
会社でご飯を誘ってきた後輩の姿をだった。
「こんな所で何してるんですか?」
「それはこっちのセリフだ。早くこの場所から離れるぞ!」
瞬間、世界がスローになる。
感覚が研ぎ澄まされるような、音が、空気が、風が、匂いが、全てを感じ取る。
左腕が勝手に動き、パァンとデカい音がなる。
「先輩・・・?」
俺の左腕は、左手は小石を掴んでいた。
それはあのナンバーズが投げた物だろう。
音からして、かなりの力、速度が出ていたと思う。
「イチャイチャしてんじゃね!」
完全に嫉妬による攻撃だった。
だが、今はそんな事どうでもいい。
視界の外からの投擲、10メートル以上は離れているから感覚の外だろう。
それでも、俺の体は無意識的に石を取った。
防衛本能も強化されてる?
ポタポタと血が滴る。
「先輩・・・血が・・・」
「いや、大丈夫だから」
言葉通り、1秒もしないで傷が再生する。
なんだ・・・なんだよこれ。
投擲者を見ると、驚いた顔をしている。
自慢の怪力が効かなかったからか。
だが、野次馬の目もこちらに集中している。
マズイ・・・逃げないと・・・
一瞬頭の中に実験される風景が浮かぶ。
いや、逃げるな。
現代じゃネットリテラシーなんてない。他人の顔を面白半分で晒す若者も増えてきている。どこへ行った、プライバシー・・・
でも、晒されることはもう避けられない。なら友好的な態度を取っておけば、モルモットになる確率は下がるんじゃないのか?
少なくとも、逃げて怪しまれるよりいいだろう。
確証はないが・・・
「町田さん・・・内緒でお願いします」
あぁ、これで今の会社にも居場所はなくなる。
就職を喜んでくれた両親になんで言えばいい?
「あの、先輩・・・」
町田が俺に声をかける。
俺はそれを無視して、ナンバーズの1人、93番の元にゆっくり歩く。
「君!離れなさい、危ないぞ!」
「お兄さん、近づかないで!」
大丈夫。大丈夫。 俺も、ナンバーズですから。
心でそう思った。
「先輩!」
町田の声が後ろから響く。
ゆっくりと振り返り、マスクを外す。
口を開き、舌を出した。
瞬間、周囲がざわつく。
「ナ、ナンバーズ・・・」
「4番⁉︎」
舌をしまい、93番を見る。
「あー、やめませんか?こう言うの」
正直戦いたくない。
俺は喧嘩が嫌いだ。 テレビでよくやるブチギレドッキリ的なのも心が痛む。
「あ?ウルセェよ。 4番だからイキってんのか?」
93番が嫌味のように言った。
「いや、そういう訳じゃないですけど。ほら、みなさん見てますし、子供とか・・・それに、ネットに顔は晒されると思います。俺も、あなたも。悪いことすると、ほら、ね?」
俺がそういうと93番は衝撃的な発言をした。
「ならここにいる全員ぶち殺せばいい」
「は?」
その言葉に声が出なかった。
「だから、晒される前にスマホも何も破壊すればいい。 それに、警察が来ても意味ないぞ。俺は負けない」
こいつまじで言ってんのか?
頭イカれてるだけか? デカい力を持って強くなった気でいるのか?
「いや、だから」
俺が何かを言おうとするとわ何かが顔の横を掠めた。 瞬間、背後からバキっと音が鳴り、叫び声がする。
振り返ると、壊れたベビーカーがあった。
幸い、壊れているのはタイヤだけで赤ん坊に害はないみたいだ。
母親は赤ん坊を抱えて、崩れ落ちる
「次は当てる。 俺は元野球選手でな、コントロールには自信があるんだ」
そう言った93番は、車の装甲を剥がし、マシュマロを潰すかの如く簡単に小石サイズまで手で圧縮した。
「さぁ、ナンバーズ同士で戦うとどうなるか知りたかったんだよ。 ちょうどいい、やり合おうぜ!」
93番はそう言いながら俺に鉄の塊を投げてきた。