表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/61

受動的と能動的


 クリス殿下とわたしは植物園の入口で見えなくなるまで、馬車を見送った。

 見えなくなっても3人が帰って行った方角を見たまま、ふたりともただ立ち尽くしていた。


「シャンディ、アドニス嬢の介抱をありがとう」

「いえ、わたしはなにも。こちらこそ、ペイトン様がいろいろと申し訳ありませんでした」


 植物園に来たばかりで、嵐のような時間を過ごし、まだ頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 考えも気持ちの整理も少しもできていないのはクリス殿下も一緒だろう。


「シャンディも馬車で帰るか?呼んでこよう。少しだけ、ここで待てるか?」


 クリス殿下の方がお辛いだろうに、この人はこんな時でも先に人の心配をしている。

 本当に気遣いの人。


「ありがとうございます。でも少し落ち着くために歩いて帰ります」

「そうか。家まで送るよ。そう遠くないだろう」

「でも…」

 

 空を見上げる。

 空はいまにも雨が降り出しそうだ。


「わたしを送っていたら、クリス殿下が雨に降られてしまいます。わたしは大丈夫ですのでクリス殿下は先に馬車でお帰りください」

 馬車を呼びに行こうとすると、止められた。


「今日は雨に降られても良いんだ」

 クリス殿下の長い前髪から見える少しだけの表情が辛そうに微笑むのがわかった。


 雨に濡れても良いと思う気持ちは一緒だ。


 ふたりで無言のまま、歩き出した。

 先ほどより少し風が強くなってくる。


 束ねてこなかった髪の毛がもうボサボサだ。

 クリス殿下の前髪も風に吹き飛ばされそうだ。

 お互いが必死で髪の毛を押さえる。

 目が合い、重い空気で硬くなっていた表情をどちらからともなく思わず緩めた。

 

「クリス殿下はこれからどうされますか?」

「私達の婚約は政治絡みだからね。アドニス嬢や私の気持ちと一番遠いところでみんなの都合の良いように好き勝手に話し合われることになると思うよ。私はどんな結果でもただ受け入れるしかないし、どんな結果でも受け入れるつもりだよ。私からアドニス嬢に何か発言することはもうないよ」


「クリス殿下はそれで良いのですか?」

 いつもなら受け流せたのに、今日はどうも思考がそこまで至らない。

 思わず、感じたことがそのまま口から飛び出した。


「どういうこと?」

 クリス殿下の絶対に触れてはならない逆鱗に触れたようだった。

 それは長い前髪をかき分けて、その綺麗な青い瞳を覗くぐらいにやってはならないこと。

 そうわかっていても、もう止まらなかった。


「貴方の意見や気持ちはどこに向かうのですか?アドニス様の幸せを願っているなら、アドニス様にそのことを直接伝えてあげてください。婚約者としての最後の言葉を他人から聞くほど辛いことはありませんよ。それに今後はクリス殿下はどうされたいんですか?なぜ、そんなに受動的なんですか?時には能動的に発信していかないと、伝わらないことがたくさんありますよ」


 珍しく捲し立てるように喋るシャンディに核心を突かれた思いだった。

 自分ではわかっていたけど、絶対に人に触れられたくない部分。


兄達の王位継承争いに巻き込まれることのないよう、第3殿下という立場は何も主張することなく、ただひたすら目立たずに生きるのが良策であると思っていた。


 「こいつはなにを考えているかよくわからないから使えない」


 私には最高の褒め言葉だ。

 だから、ずっと前髪を長いままにし、さらにメガネまでかけ、その表情や瞳から私の思考を他人に読み取れないようにしていた。


 それでも最近は、このままではいけないと、まずはアドニスに対してはこれからもっと私から気持ちや思いを伝えて行こうと行動した矢先だった。



「そうだな。シャンディのいう通りだ。私はなにもしてこなかった。アドニスに対しても自分の人生にもだ。すべて「受動的」だったな。シャンディは今後どうするんだ?」


 私の核心を易々と突いてきたシャンディは私の気にしていることを言ってしまったのではないかと、横で歩きながら、いまにも泣きそうな顔をしていた。


 君は私のそんなことで、そんな泣きそうな表情をするんだ。

 私のことで。どうして?

 私の心が波立つ。


 シャンディは無理矢理に作った上手くない笑顔でニッコリした。


「私はペイトン様のお考えに一任しようと思っています。アドニス様と一緒になられるのも良し、わたしとの婚約を継続されるも良し。政略結婚ですから」


 諦めにも似た、全く彼女らしくない発言だ。


「シャンディ、君にイライラするよ。なぜペイトン殿に怒らないんだ。取り乱さないんだ。どうして、我慢するんだ。嫌なら嫌って言えよ。どうしていま、泣きそうな顔なのに我慢するんだ!泣いたらいいんだよ!」

  

 自分でも驚くぐらい激しい感情が湧き上がってくる。

 かつて、こんな感情になったことはあっただろうか。


 空がもう限界だったのだろう。

 小粒の雨がポツポツと顔に当たり出した。


「クリス殿下なら分かると思っていた」


 シャンディが立ち止まって、私の方を向き、私を見上げてくるその瞳には涙がいっぱい溜まっていた。


「誰が辺境の地に来たい?戦争に怯えて、平和から程遠い地に誰が好き好んでくるの?しかも政略結婚よ」

 シャンディの頬に涙が伝う。


「クリス殿下の王都で暮らせる政治的な結婚とは違い、辺境の地に来る政略結婚よ。わたしのことが好きでくるのとは訳が違うの。婿になる人は好きでもない女のところに死を覚悟してくるのよ。そんな人を怒れる?」

 涙を拭もせず、真っ直ぐに私を見てくるシャンディ。


 この前髪が初めて「鬱陶しい」と感じる。


「少しでもわたしのことを好きになって、辺境の地に行っても良いなって思ってもらえるようにしたかったの。たったそれだけだったのよ」

読んでいただき、ありがとうございます。

がんばって、毎日更新予定。


★「続きが早く読みたい」と思われた方や面白いと思われた方、ブックマークや下記の評価をどうぞよろしくお願いします!

作者のモチベーションが上がります。



☆お知らせ☆

コミカライズされました。

「幼馴染は隣国の殿下!?〜訳アリな2人の王都事件簿〜」

まんが王国さんで電子配信中。

作画は実力派の渡部サキ先生!

個性豊かなふくよかキャラさんも必見です!

(渡部先生が発見。ふくよかキャラ出現率が高い!)

なぜ!?笑 これ、事件ですね笑

溺愛&事件&ほっこり系です。

原作はなろう、ノベルバで投稿中。

(現在、第2章真っ只中です。時々更新してます)

マンガも原作もお楽しみ頂ければ、幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ