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短慮な鬼とカラス

作者: 西牧 つむぎ


雨が降っていた。

しとしとと。誰かが泣いているようなそんな雨。


恵悟けいごはイラついていた。

「ちっ、傘持ってきてねえっつうの。しっかりしろよ」

予測通りに行かないことが恵悟は大嫌いだった。

雨に濡れるのはもちろん嫌だし、天気予報が外れたのも許せなかった。

「しっかりしろよ」は毎朝天気予報を届けてくれる気象予報士に対してだ。


ため息をつき、仕方なくジャンパーのフードを被る。

華の金曜日。

仕事終わりにいっぱい飲んでから帰ろうと思ったが、めんどくさい。

真っ直ぐ駅に向かおう。

会社を出て、ポケットに手を突っ込んで歩く。

午後7時の今、空はもう真っ暗である。

目の前をカメレオンが通り過ぎた気がした。


オフィス街のため、スーツ姿のサラリーマンが幾度となく横を通っていく。

前から来た2人組のサラリーマンは楽しそうに話している。

「今日の昼課長がコーヒー奢ってくれたんだよ」

「そーなんすか、昨日のミスを三田さんのせいにしたお詫びじゃないっすか(笑)」

「やっぱそう思うよな(笑)」


ドンッ


狭い道で傘をさしたサラリーマンの肩がぶつかる。

「あ、すいません」

黒縁メガネの真面目そうな人が無愛想に言ってくる。

「いえ」

ちょっとは申し訳なさそうな顔しろよ、心の中で毒づきながら歩みを進める。


今日は無性にイライラする日だ。

仕事中は小さなミスを連発し、お昼ご飯のスープには髪の毛が入っていた。

その上、予報ハズレの雨に肩ドン。


「あー、うぜえ」

恵悟は鬼のような形相を浮かべ、早足でズカズカと歩く。


駅に着くと、バックからカードケースを取りだしぶっきらぼうに改札口にタッチする。

タイミングよく来た電車に乗り、端の席に座る。


ひとつ大きな溜息をつき、足を大きく広げ陣取る。

隣には絶対座るなよと全身でアピールする。


アピールしたのだが、すぐに隣に人の気配が近寄ってきた。

カシャっとジャンパーが擦れる音がして、肩には人の感覚が重なる。

スカスカな車内を見渡し、心の中で今日一の舌打ちをするも、仕方なく足を閉じた。


肩に当たる腕は体格の良さを全面に出していた。

仕切りのところに寄りかかり、眠りにつくふりをしてじろりと隣を見る。

どんな奴が隣に座ったのだろうか。


思った通り、胸板がかなりでかい屈強そうな男だった。

筋肉を見せつけるためのピッタリとした黒いスキニーに、上は変な柄のMA-1を来ている。

黒地にカメレオンや魚、恐竜、バッタ。

子供向けのミッケの本に出てきそうなぐちゃぐちゃっとした柄だ。


会社を出た時に一瞬目に入ったカメレオンはこいつだったのか。

てことは、こいつは会社から駅まで同じ道をきたのか。

気持ちわりぃ。


たまたま同じ道だっただけでも、恵悟の荒みきった心は錆のついた刃のように歪だった。

肌に触れ、軽く引くだけで致命傷を与えられるようなその刃は、今は相手を選ばない。


イライラは頂点に達しつつあるが、なぜか隣の奴が気になる。

正確には隣の奴の「服」がか?

結び付きが感じられない様々な生き物が所狭しと描かれている。

よく見ると黒地だと思っていた部分はカラスの羽だった。

敷き詰められたカラスの羽の上に、カメレオンやバッタがいるのか。

見れば見るほど意味がわからない。

視線を顔の方に近づけると、首元にはタトゥーが入っていた。

手のひらの半分くらいの大きさで鋭い眼をした迫力のあるカラス。

そいつは俺には目もくれず、前を見つめている。

今にも動き出しそうだ。


目を離せずにいると、突然カラスがこっちを向いた。

羽を広げる姿に恐怖心を抱いた。背筋が寒くなったところで、カラスは飛び立った。

電車に乗りこんでから2つ目の駅で男が降りたのだ。

疲れているのか。

やっぱり今日は、家の近くの居酒屋で1杯引っ掛けてから帰ろう。

走り出した電車に揺られる恵悟の中にカラスは刻み込まれた。


屈強そうな力強さは持ち合わせず、怒っているのに泣き出しそうな、そんなカラスだ。

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