お目付役
あれから数週間経過して、いよいよ俺の番となる。
明日から、この家をしばらく空けることになる。
その前に、少し状況を整理してみようと思う。
まずは、俺は自分の力を見せることで、母上の立場を改善しようとした。
それは何とか成功したと言ってもいいと思う。
民の間でも、貴族の間でも、母上の悪口を言う人は減ってきた。
それところが、一部の方からは人気が出るくらいだ。
元々美人の踊り子さんだし、性格も良いから変な話ではない。
ただ、今まではそれを言える空気ではなかったと言うことだろう。
次に信頼できる友や、大事な方達のために強くなろうとした。
その中で、カグラとセレナと婚約したことは計算外だったけど……。
それ自体は嬉しいことだし、結果的にそれも成功したと言っていい。
Sクラスに入り、大会でも優勝を果たしたのだから。
次に虐げられている、又は成果を挙げているのに報われない方達の力になろうとした。
下級貴族や、一般兵士など達の立場改善を図っていた。
父上に進言しつつ、それも着実に進んでいっていると言っていいだろう。
ただ……少しやりすぎたらしい。
オルガの実家であるアラドヴァル家を擁護したのが決め手だった。
頼まれていたこともあるが、俺自身が仕事をしている人が報われないのが嫌だった。
だから父上に進言しつつも、自分でも発信していった。
俺が留学して、これからの政治に関わらないことを条件に……。
それで済んだはずなのだが、ここで俺が2人の女性と婚約をした。
かたや、今では平民の星と言われ絶大な人気を誇る宮廷魔道士見習いのセレナ。
かたや、学生時代から絶大な人気を誇る侯爵令嬢のカグラ。
その人気が、卒業を期に婚約したことで俺にまで伝播してしまった。
結果的に、これがお偉い方達の危機感を煽ってしまった。
このままでは、俺が皇太子になるのではと。
ならないまでも、何かしらの要職につくのではと。
その結果、あちこちから色々な意味で大変なことになった。
俺を担ぎ出そうとする者、新たに婚約者を差し出そうとする者。
俺を排除しようと動き出す者、自分の勢力につけようとする者。
どうやら、様々な方面に刺激を与えてしまったようだ。
なので、俺は早めにここを出立していくことを決めた。
癒着を疑われないように、オルガの領地にも寄らないことにした。
流石に、婚約者であるカグラの実家には寄ることにしたけど。
なので、当初の予定では半年くらいのんびりして……。
そっから半年留学だったんだけど……。
ほぼ、一年の留学が決まってしまった。
そうしないと、ほとぼりが冷めないということらしい。
俺がいなくなり、完全に忘れさられるように。
「……こんなところかな」
自室にて、この内容を書いている。
書くことで頭の中で整理ができ、これからのことを考えられるからだ。
「いや、しかし……やっぱり、俺もまだまだガキだな」
前世から合わせて、四十年は生きているつもりだが……。
人の心の動きや、自分の行いが与える影響を予測しきれなかった。
もしかしたら、俺自身が《《出来損ない皇子》》というのを一番感じていたのかもしれない。
だから、俺が何をしようとも大した影響はないのだと……。
「まあ、実際はわからないけどね。ただ、やってしまった過去は変えられない」
あとは、この後の変化や状況を予測して、臨機応変な対応をしていくしかない。
と思っていたのだが……早くも予想外の出来事が。
「こんにちはー。アスナです、よろしくです」
「はい?」
俺の目の前には、元同級生のアスナ-ルーンがいる。
以前の地味な装いとは違い、すっかり綺麗な女の子に様代わりしている。
以前は長い髪も目にかかっていたし、地味な茶髪だったのに……。
長さこそ変わらないが、前髪を切って顔を出しているし、何故か金髪になっている。
その顔は整っており、十分に美少女と言っていいだろう。
ただ、その覇気のない表情はまるで人形のようだ。
「あれ? 誰かわかりませんか?」
「い、いや、わかるけど……何しに来たんだ?」
「実はですねー、めんどくさいんですけど……貴方につくように言われてしまいましてー」
「はい?」
ますます意味がわからん。
誰か説明をしてくれ!
「アレス様」
アスナの後ろで待機していたカイゼルが、ようやく口を開く。
「カイゼル、どうして通したんだ?」
そもそも家の前にいるのがおかしい。
カイゼルが通した人だから、安心して出てみれば……。
「いえ、殺気や悪意を感じなかったので」
「な、なるほど」
カイゼルはそういった者には敏感だ。
何故なら、今まで散々撃退をしてきたからだ。
「あとは、何かしようものなら斬るだけです。それに、ラグナからの手紙を持っていましたから」
「何? 父上から?」
「あーそうでした……これです」
「いや、一番大事なことだから! というか、くしゃくしゃじゃないか!」
手紙を受け取り、内容を確認する。
『アレスよ、旅の準備は万端か? 明日は会うことはできないが、お前の旅の無事を祈っている。さて、この間会ったし、面倒な前置きはこれくらいにして……実は、ルーン家が俺の陣営についた。原因は間違いなくお前だ……アラドヴァル家のことで、お前は正当な評価をしてくれると考えたらしい。ルーン家も、その能力は高いが軽んじられていた。なので、その立場を向上するために、お前に付くついでに俺についたと言った方が正しい。とりあえず下調べは済んでいるから、その辺は安心して良い。その証として、また使えるに値するか確かめてもらうため、その子を側付きとしてご自由にお使いくださいだそうだ。後の判断は、お前に任せるとしよう』
……はい? なんか、情報量が多いんですけど。
「えっと……つまり、まずは味方になりました?」
「はあ、そんな感じです。正確には、元々どっちの味方でもなかったですけど」
「まあ、確かに。俺たちの情報をあっちに流している形跡もなかったし、かといってうちらにもあっちの情報は流れてこなかったね」
「ええ、ただ静かに目立たないようにと言われていました。あとは、貴方の観察をすることも言われていました」
「なるほど、それで卒業式の後のセリフか」
「そういうことです」
「そして、俺に家の立場を上げて欲しいと?」
「そうらしいですねー」
「だが、それなら応えることはできない。俺はこれ以上目をつけられなくないし」
「すみません、私の言い方が悪かったですねー。別に立場を上げたいわけじゃなくて、然るべき使い方をしてくれたら良いらしいですよ?」
「うん? どういう意味だ?」
「えっとー、同じ国の人同士なのにお互いの弱みを調べたりとかが多いんですよー。そういうのではなくて、他国だったり民のことだったりに使ってほしいんです。というか、退屈なんですよー、浮気調査とかどうでもいい調査ばかりで」
まあ、あの腐った貴族共の考えそうなことだ。
そして……多分、最後のが本音だな。
「つまり、やり甲斐のある仕事がしたいと?」
「そんな感じですかねー」
「それを俺が与えてくれると?」
「ええ、そういう感じです」
「だが、俺にどうやってねじ込んだ? 奴らは俺を警戒しているはず。情報を担う家がつくことを許可しないはず……もしや、俺を監視するという名目でか?」
「へぇ……」
表情のない顔に笑みがこぼれる。
「どうやら当たりか」
「ええ、他国に行く貴方を監視するいう任務ということになってます」
「なるほど……」
「で、どうしますかね? いります? いらないですか?」
……さて、どうするのが正解だろうか?




