ひと時の安らぎ
無事に婚約をした俺は、自分の家へと帰宅する。
「ただいま」
「おにぃちゃん!」
「おお、エリカ! 待ってたのか?」
「うんっ!」
「そうかー、偉いなー、嬉しいぞ」
エリカを抱き上げて、頭を優しく撫でる。
「きゃはー」
「少し会わない間に大きくなったんじゃないか?」
小さい子供だから一週間も経てば成長するかも?
……半年も他国に行ったら、大きくなっちゃうんだろうなぁ。
「アレス様、お帰りなさい」
「アレス、お帰り。無事で何よりよ」
エリカごと、母上に抱きしめられる。
「ちょっ!?」
「ふふ、大きくなって。もうすっかり頼れるお兄ちゃんね?」
「あいっ!」
「そうなれてると良いですけど……」
今度こそ、兄としてこの子を悲しませたりしない。
理不尽が襲うなら、その全てを粉砕してやる。
「アレス様、どうやらまた強くなられましたな」
玄関の後ろから、カイゼルが現れる。
「カイゼル、ただいま」
「父もいるぞ」
「父上!?」
普段着の格好で父上が、カイゼルの後ろから現れる。
「私もいますよ」
「ゼトさんまで!?」
近衛騎士団長のゼトさんもいる。
まあ、皇帝陛下がいるから変じゃないんだけど。
「あらあら、たくさんいるわね。さあ、まずは上がってちょうだい」
「エリナ様、私は結構ですから。今日は陛下の護衛と……師匠を家に上げるために来ました」
「ゼト」
カイゼルがゼトさんに厳しい目を向ける。
「もういいじゃないですか、師匠。貴方の不貞など、一部の馬鹿を除いて疑いなどしませんよ。それに皇帝陛下と一緒なら、疑うもなにもないでしょう」
「しかし、護衛が……そういうことか」
「ええ、そのために私が来ました。陛下及び、その家族を護衛しに。それとも、私では不足ですか?」
「いや……お前の実力は、すでに俺を超えている。まだ俺の全盛期には至ってないが」
「それはご容赦ください。ですが——いずれ抜かせて頂きます」
「ククク……そうだな、お前なら可能かもしれない。しかし、俺は……」
「カイゼル、上がってください。息子のお祝いに、貴方も参加してほしいのですよ」
「そうですよっ! もうこんな機会ないですから!」
「エリナ様、カエラ嬢……」
「ほら、上がってくれ。俺達が揃うなんて滅多にないことだ。ましてやゼトまでもいる。なんなら、皇帝命令出すぞ?」
「いや、俺はもうラグナの臣下では……」
「じゃあ、俺からだね。カイゼル、お前には家の中の警備を命ずる」
「アレス様まで……」
むむ、この頑固者を崩すのは容易ではない。
……こうなったら最終兵器投入だっ!
「じいたんも一緒!」
「え、エリカ様……」
ふふふ、これにて終了だ。
エリカの可愛さには勝てまい。
「俺の勝ちだね、カイゼル」
「……ええ、参りました」
こうして、俺が生まれてから初めて……カイゼルが家に上がる。
「おい、落ち着けよ」
「しかし、ラグナよ……」
「わぁーい!」
「あらあら、嬉しいのね」
「ふふ、お相手してくださいね?」
ソファーでは父上と俺が並んで座っている。
キッチンでは母上とカエラがいる。
カイゼルはどうしていいのか分からず立ち尽くしている。
エリカは嬉しいのか、カイゼルの周りを走り回っている。
「……嬉しいな」
……俺が長年望んでいた光景の一つだ。
俺たちは普通の家族ではない。
当たり前だが父上は皇帝陛下だし、俺と母上も少々特殊だ。
カエラとは血が繋がってないし、カイゼルとも繋がっていない。
それぞれに立場があり、中々一堂に会することもできない。
「わかるぞ、アレス。俺もこんなに心が休まるのは久々だ。可愛い息子と可愛い娘、愛する妻に可愛い妹分、信頼する兄貴分、信頼できる友……良いものだな」
「父上……はい、そうですね」
普通の家族ではない俺たちが、こうして普通の家族のようにいられることの幸せ……。
俺は今、それを噛み締める。
きっと、これから先に起こる出来事の力の源になるだろうと信じて……。
◇◇◇◇
~ターレス視点~
さて、そろそろ本格的に動くとしようか。
敬虔なる使徒である私に、あの方から連絡があったからな。
どうやら、結界の揺らぎも頻度が増えているようだ。
ますます教会への信者が増えていくことだろう。
貴族は腐敗し、民は頼る物を失くす……そして、女神に祈るだろう。
それが女神の力に、そして教会の力となる。
「ターレス様」
「むっ? どうした?」
「いえ、そろそろお呼びかと思いまして」
「クク、出来た奴よ。では、少し話し相手になってもらうとしよう。私にも整理が必要だ」
「では、まずは第二皇子についてはどうですか?」
「うむ、狙い通りに奴を駄目に出来たな。あのまま育っていたら、賢しい厄介な者に成長していたやもしれん。思春期を利用し、上手く歪ませることができたな」
「ええ、ですが……それも元々、第一皇子に対して思うことがあったからでしょう」
「あやつか……どうやら、私に逆らうつもりらしいが」
「如何しますか?」
「今はまだ良い。むしろ、そのくらいの気概がある方が良いこともある。国のバランスを崩しすぎるわけにはいかないからな」
「そうですね、言いなり人形では使い道も限られますし」
「そういうことだ。もしやり過ぎるようなら——すげ替えるだけのこと」
「まあ、そういうことですね。あとは、皇帝陛下の周りですか?」
「どうやら、この二年ほどで地盤を固めてきたようだな。直情的で扱いやすいと思ったが……そう上手くもいかないか」
「ええ、よほど妻を愛しているのでしょうね。上手く楔となり、抑え込んでいます」
ラグナは本来は手のつけられない気性の荒い男だった。
槍を片手に戦場を駆けるような奴だった。
貴族らしからぬ奴で、貴族としての地盤もなかった。
だから《《私が皇帝につけた》》というのに。
そうすれば貴族共を操ることなど容易なこと。
「どうやら周りに恵まれたようだな」
前に私に詰め寄った時、あれがあやつの本来の姿だ。
しかし愛する妻、信頼できる友や師……何より。
「ええ、特に息子ですかね」
「ああ、アレスか。あの時も奴がいなければ、ラグナは暴走していたかもしれんな」
「さらには、大会で優勝まで……良いのですか?」
確かに奴の人気は高まっている。
元々貴族に嫌われ、民には知られていなかったが……。
本人の活動により、徐々に知れ渡るようになっていた。
そして、きわめつけは……。
「うむ……侯爵令嬢と婚約することで、一部の貴族の支持を。平民と婚約することで、民の支持を得るだろう。奴にその狙いがなかろうと」
「早めに摘むべきでは?」
「しかし、利用価値も高い。何より、己を弁えておる」
「それは……一理ありますね。今回の留学も、自ら望んだことだと」
「そうだ、己の影響力と立場をわかっている証拠だ……しかし、何もしないのも考えものか」
「他国に行くということですから……干渉しますか?」
「そうだな……幸いまだ時間はある。少々考えてみるとしよう」
さて……少し楽しみにしている自分がいる。
あの小僧がどんな手を使って切り抜けるのかを……。
相手のいない戦いほどつまらないものはないからな。




