成長
父上が帰った後は、鍛錬の時間となる。
「カイゼル、今日もよろしく頼む」
「御意」
いつも通り母上達が見守る中、激しい打ち合いが始まる。
「シッ!」
「ハッ!」
剣と剣がかち合い、庭に音が響く。
「むっ……力が増してきましたな」
「成長期だからね。ただ、少し慣れるまで大変かも」
「ならば、ひたすらに鍛錬に励むことです。そして、身体で覚えてまいりましょう」
「ああ、それしかないよな」
俺に忠誠を誓ったカイゼルだが、特にこれといって変わりはない。
相変わらず稽古は熾烈を極めるし、歳をとって鈍るということもない。
ただ、一つだけ変わったことがある……。
「じいたん! おにぃちゃんをいじめちゃめなのっ!」
「い、いや、これはですな……」
「むぅ〜!」
「エリカ様……じゃあ、手加減を……」
「おい? カイゼル?」
「はっ!? ……エリナ様」
「はいはい、わかりました。エリカ〜、お昼寝の時間ですよ〜」
「イヤ! わたしはおにぃちゃんを見てるの!」
「あら〜、残念ねぇ……お母さんが一緒に寝てあげようかと思ったけど……」
「うぅー……ねるゅ……ママと寝るもん!」
葛藤したが、母上とお昼寝が勝ったようだ。
それはそれで、少々複雑である。
「ほっ……行きましたか」
「カイゼルは、エリカには甘いよなー」
「う、うむ……仕方ないのです。あんなに愛らしくては……」
「いや、気持ちはわかる。母上譲りの容姿に、父上からの金髪——間違いなく可愛い」
「それに関しては同意ですな。さて……続きといきますぞ?」
「ああ、よろしく頼む」
再び、剣と剣が激しくぶつかるが……。
「ここっ!」
隙をついて、左手に炎を纏い殴りかかる。
「むっ!?」
「受け止めるか……でも——下がったな!」
左腕で受け止めたことにより、そっちの動きが鈍るはず!
そこを、左側から攻撃する!
「むっ? やりますな……申し分ない魔法拳の威力、鈍った方からの攻撃……いやはや……楽しいですな」
「その割に、随分と余裕に見えるけど?」
攻撃を繰り出すが……決定打が入らない。
「ふむ、戦場では片腕が使えなくなることはよくありましたから。では——防御の方を試しましょう」
カイゼルから剣気が溢れ出す!
「……こい!」
「その意気は良し……一刀斬馬!」
馬を兵士こと斬るカイゼルの技だ!
……が、慌ててはいけない。
「明鏡止水……」
剣と剣が触れ合う瞬間、力の流れに逆らわずに、下へと受け流す。
「むっ!?」
そして、そのまま手首を返し、剣を叩き込む。
これが剣道の技である返し技だ。
俺の受け流す剣技とも相性が良い。
「どうだ!?」
「防御だけでなく、そこからの返し技……お見事です。合格点を差し上げましょう」
「よし!」
これは滅多にないことで、一ヶ月に数回しかない。
ただ、段々と比率は高くなってはいる。
なので、最近は俺自身も成長を感じている。
「アレス様!」
「おっ、セレナか。おはよう」
「お、おはようございます……」
何やら、最近のセレナはおかしい。
俺を見るとモジモジする。
いや、わかってはいるつもりだ。
俺は鈍感系主人公ではないし。
ただ、まだ十二歳の子にどう反応して良いかわからないだけで……。
あと、俺も少々戸惑っている……己の身体に。
「セレナ、ちょうど良かった。カイゼルを治してくれるかい?」
「別に平気ですが……」
「セレナの練習にもなるから」
「そういうことでしたら……」
「は、はい! かの者を癒したまえ——ヒール」
火傷の痕が消えていく……うん、スムーズな魔力の流れだ。
それに伴い、説唱スピードも上がってきたし。
何より……身体の成長が著しい……。
「アレス様?」
「ん?」
「カイゼルさん、行っちゃいましたよ?」
「あれ?いつの間に……」
「ぼっーとして、何を考えていたんですか?」
「いや、セレナのことをね」
「ふえっ!? わ、わたしですか……?」
言葉遣いや仕草に変わりはないが……。
まあ、端的に言うと——発育が良い。
身長こそ150程度だが、年齢の割に胸も大きいしお尻も……。
なので、全体的に女性らしい体型になっている。
これが、俺が戸惑っている原因だ。
和馬としては発育がいいとはいえ、十二歳に反応することには抵抗がある。
しかし、精通もしたアレスとしては抵抗がない。
「成長したね、セレナは。魔法の腕前も、風と水が中級クラスになったし」
「アレス様こそすごいです! 火属性のコントロールが出来てますもん! あの魔法の拳って、相当コントロールが難しいと思いますし」
「まあね、あれは苦労したなぁー」
自分の火で焼かれるわけにいかないし。
なので薄い膜を作り、その上で炎を纏う形になる。
その調整に、二年かかってしまった。
「わたしも負けられないですっ! フンスッ!」
身体と中身がアンバランスな感じだよな……。
いや、それもセレナの魅力の一つだ。
「いやいや、セレナは宮廷魔法士にも選ばれそうだし」
我が国の魔法を司る宮廷魔法士。
その審査は厳しく、最低でも中級クラスを使えることが条件だ。
さらには高い教養に、礼儀作法まで必要となる。
その宮廷魔法士長から、セレナはスカウトを受けたらしい。
もちろん、試験に合格する必要はあるが。
「えへへー、頑張った甲斐がありましたねっ!」
「魔法試験でトップだったもんなー。俺も負けたし」
「剣も極めようとしているアレス様に負けるわけにはいきません。これだけは、わたしの譲れないものです!」
「そうか……うん、俺も負けられないね。それで、ヒルダ姉さんは元気かい?」
貴族の礼儀作法や暗黙のルールは、ヒルダ姉さんが教えている。
当たり前だが、一流の教育を受けてきているからね。
「はいっ! 少し厳しいですけど……アレス様のこともよく聞かれますよ? 本当にこのままでいいんですか?」
俺と姉上は、とある事情により二年ほどまともに会っていない。
もちろん顔を合わせることはあるが、お互いに会釈程度で済ませている。
「良いんだよ、これで。寂しいけれど縁を切ったわけでもないし。今でも視線が合えばわかる、お互いを大事に思う気持ちに変わりはないと」
「むぅ……嫉妬しちゃいますね」
「クク……可愛いな、セレナは」
「ふえっ!?」
「心も強くなったし、単純に強くもなった」
「はいっ! 私がアレス様を守るんですっ!」
「おいおい、それはいくらなんでも……でも、ありがとう」
本当に強くなった……色々な意味で。
俺にも意見をはっきり言うようになったし、貴族達にも臆することもなくなってきた。
更には、クロイス侯爵家がセレナの後ろ盾になってくれるそうだ。
もちろん、セレナの家族も含めてだ。
最早、俺が守ってあげるなんていうのは……セレナに失礼だな。




