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正露丸の匂い

作者: なと

正露丸の匂いと虫下しの匂いが

布団に沁みついてます

段々と此の世から消えてゆく病

時折蟻のように陽炎のように

消えてしまいたいときがある

便座のぽっかりとした闇の中から

白い顔が見えています

ぼっとん便所の張り紙に

覗き女にご注意をと、と

背後に憲兵さんが

近づいてきている

逃げるんだ



あの赤い提灯を持つと

ニコンカメラで撮った写真に

誰か見知らぬ人が写っている

琥珀糖をころがした部屋に

足が三本ある猫

片腕が失われて

洗面台のところに転がっている乳歯

物言わぬ大黒様は

運命論を信じぬ

恵比寿様の背中の小物入れに

小判が隠されていた

夢を見ているのですか?

草原に尋ねられる





亡くした人に逢いましょう

今年もお盆の季節に

精霊流し

あの時聞けなかった言葉は

一体何だったんでしょうね

はにかんだときに見える犬歯

今宵は泊って行ってください

家人の顔が福笑いに見える病

知ってるんだぞ

二階には祖母の残したマムシ酒が

壺の中には仏舎利が

線香の匂いに紛れ

赤い紐を踏んだ



招き猫は福と災いを齎す

家人が猫に噛まれたという朝

洗面台の顔が福笑いみたいになってた

空には入道雲が忘れていた暦の様に

お盆には帰省します

そう言い残して旅だった殺人犯

歯形の残った林檎が

教室の机の中に

夏休みは校庭で鼠花火を打ち鳴らします

次第に追い詰められる精神

モルヒネはあったか





丑三つ時に今晩は

その蔵屋敷では

蠍がこそりと隠れていて

金の大黒様を守っている

宿場町って不思議

風の噂で

通りに赤い眼をした常世様が

出没するらしい

ひいふうみいよお

何度数えても

指が一本足らない

味噌汁の中には

小さな盗人が隠れていて

君の悲しかった記憶を

盗んでいくからと

風の盆




街には掟があって

夢幻を灰燼に帰すべからず

どこまでも緩やかな坂に

妖しい黒頭巾の女が一人

蔵の中では妖しく

歯形の残った蛸の置物

ちょっと降られたんです

そう云って巳の女現る

二階にはマムシ酒や人間の生き胆が

覗くなと言われると覗きたくなるんです

万華鏡を逆さにしてみたら

あの世への旅



そうですか

其方では雨が降ってますか

アメフラシが辻占いを飲み込んだ頃

万華鏡は赤子に夢を見せる

紫陽花が夢人を案内して

宿場町の蔵屋敷の床へと

旅はお好きですか?

燐寸の燐光は緑色で

ひとしずくの絵の具が

壁に描かれた

謎の呪文を消してしまう

お風呂のたらいの中に

珊瑚が転がっている





遠き過去を旅して

禍根を絶つ

泡沫に忘れよう

凡ての負の連鎖

宿場町は只静かに

夕陽に黒ずんでゆく

夜になり

炎が立ち

旅人はコートの中から

林檎をとりだし

一口齧る

その姿も消えてゆく

此処は誰も住んでいない土地

家の中に棲むのは亡者か死人か

夜は外に出てはいけないよ

聞きなれた言葉

凡ては妖




蔵の隅に消えましたね

あの鬼…闇の化物

暗きまなこが赤く朱く

あれに捕まったら死人になる

そんな噂をこっそり耳打ちしてきた老婆

何故か宿場町には

鬼が棲み

迷い込んだ人々を喰らうのである

心に灯った鬼のたましひ

人を喰らうか穴に落ちるか

凡ては闇多き古き町並みに居座る

怪しき昔物語





此処は何処だろう

地獄の傍か天国近し

古びたトタンの屋根に赤い花が咲いて

夢人は人のいない通りを

寿限無の呪文を囁きながら通りすぎ

白粉花は咲きましたか

七五三の写真だけは美しく見え

どこまでも風来なのさ

旅人の心に灯が燈る

街角には誰もゐない

嫌な事ばかりだから

独りでいるのが好きなのさ





お隣さんは何してる人なんだろう

開かない窓にぶら下がったてるてる坊主

雨がしとしと降ってきて

世捨て人になってから

ようやく息ができる人が居る

玄関から覗く妖しい眼差し

紫陽花の花を一輪

あの子に添えてあげよう

もう数年前に亡くなった

娘が、雨の通り道で

待ちぼうけ

を唄っている






街角に逢いたい

独りぼっちがお得意なのさ

道端の黒猫も同じだろう

さういう風に出来ているのさ

車掌さんが切符を切り

旅人は雨の中を風の中を行く

真っ黒な天然温泉に浸かって

真っ黒の鬼を泡でこすり落とす

街角では老婆が

じっと動かないまま

八百比丘尼の様

ならない電話の前で

ずっと待ち人知らず






懐かしさというものは

ある意味

孤独なのかもしれない

誰もゐない道

誰もゐない教室

誰もゐない墓参り

町並みの影は

物を云い

背後に髑髏を感じる

お前ももうすぐ死んでしまうのにな

そうしたら自分も

郷愁というものになれるのかもな

燃える手紙の炎に

運命だとか因果だとか

ああ厭だ

影になる




蔵屋敷に眠る小金の財宝

鬼瓦が泥棒を睨んでいる

探し物は何処へ行ったのでしょう

嫁に行った姉様の声がする

蔵の中には誰もゐない

只、遠くに見える海がキラキラ輝いていて

蔵の中の謎の手鏡に

髑髏が移りこむ

慌てて振り返ったが

背後には誰もゐなかった

此処には秘密が眠っている





苔むした岩が並ぶ通り道

お地蔵さまも緑色に

風が吹いてきて

竹藪がざわめいて

影が色を増す

貴方、お忘れかしら?

誰の声だろう

幻の過去

酷い頭痛がしてきた

ああ、もうすぐ雨が降る

通り道には木漏れ日が

地蔵尊を優しく包む

輪廻と回帰は混合す

南無阿弥陀仏釈迦如来

何処からか

遠き声





昔の路地

渡り行く昔の人々

此処はマヨヒガの土地

常世の神が電柱の向こうから

此方をじっと見ている

雲は湧き立ち

西日は強い

おうい、夢人よ

魔訶の実と食べると

不老不死になって

永年彷徨うことになるのだぞ

だから気を付けて

あの黒いコート姿の旅人を

彼らはあのコートに中に

風を隠しているから



夢も幾ばくか

錆びれてゆくが

万華鏡の中は

綺羅めきで一杯

爪のはがれた指先で

林檎を食んだ唇から

病の匂いがする

それと樟脳の

蜉蝣の羽化した姿を

見ようと

人魚が背を伸ばして

もうすぐ嬰児が生まれると云うのに

父御はキマイラの厨子を背に

草原に漂う

ただ幽玄に

そっと柔らかい土を

踏むやうに



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