15歳の夏、脳裏に浮かんだのは朧げな絶望だった。
幼少期や中学時代の話を一端置いておくとして、わたしは中学卒業と同時に一人暮らしを始めた。タイミングも良かった。わたしの父は公務員であり転勤族。そしてわたしの高校合格と同時に札幌から函館への転勤が決まった。
まさか一度合格した学校を転校するわけにもいかず、わたしは15歳にして一人暮らしをすることになった。〝これでやっと家から解放される〟という高揚感と、〝弟をあの家でひとりにしてしまう〟という不安が入り混じった複雑な感情を覚えた記憶がある。
兎にも角にもわたしは家賃29000円のワンルームアパートを借り、1人暮らしを始めた。学費は親が払ってくれ、月に7万円の仕送りを貰った状態であった。
しかし何の知識もない未成年の男が一人暮らしをいきなり開始して上手くいくはずもない。洗濯をしようとしても洗剤と柔軟剤の区別もつかない、料理などしたことがない、ゴミの捨て方も解らない。このとき改めて『ただいまといえばお帰りという人が居て、夕食が用意されており、着る服が次の日にはある』ことのありがたみを痛いほど思い知った。
それにわたしは金遣いも荒かった。月末には一文無しとなり、小麦粉を水道水で溶いた謎の液体を飲んで飢えをしのいだこともあった。パスタや缶詰の備蓄を覚えるなどかなり後だ。
北海道の猛暑日、自宅に戻り高校の制服を脱ぎ、扇風機もない部屋で汗ばんだ布団に寝転がって想起したのは『俺はこのまま死ぬのではないか?』という朧げな絶望だった。
……そこからわたしは、今考えても頭がおかしいとしか思えない発想に至る。
『あ~あ、誰か養ってくれる人いねーかな。』