第四十一話 霜の巨人
第四十一話 霜の巨人
サイド 矢橋 孝太
「オオオオオオオオオオオオオオオオ―――――ッ!」
巨人の咆哮。魔眼が次の瞬間ここにいる全員が氷漬けになる姿を予知する。
「紅蓮!」
しかし、そうはさせない。紅蓮とはすでに視覚の共有は済ませてある。
紅蓮がハルバートを振るい、炎の壁を作る。それでも迫りくる冷気は防ぎきれないが、一瞬しのげれば十分。
「結界班!」
隊長の指示で防御系の使い魔達が前に出る。各々スキルを使い、冷気を防ぎきった。
「結界班はそのままハンドラーの守りを固めろ!壁役は奴の注意をひけ!それ以外は全員攻撃だ!あのでかぶつを跪かせろ!」
「了解!」
自衛隊の使い魔を中心とした壁役が巨人の前にでる。そしてその脇を通るように紅蓮を含めた近接組が切りかかり、魔法主体の使い魔達が壁役の後ろで砲撃に徹する。
総勢五十を超える使い魔による猛攻。いかにランク差があれど、覆せない戦力差だ。
だが、それをこの理不尽の塊は粉砕する。
「オオオオオオオオオオ―――――ッ!」
雄叫びを上げながら振るわれた斧が前衛組を蹴散らし、振り下ろされた槌が壁役の一部をつぶした。
一瞬で崩れる前線。それを逃してくれる相手なはずもなく、巨人は跳びあがり武器を構える。当然のように標的はハンドラーたちだ。単純に弱い者から狙っているのか、それともハンドラーが弱点だと知っているのか。
だが、『好都合だ』。
「『ブーステッドツリー・スプリンター』」
一筋の流星が、空中の巨人を貫く。
とっさに武器を盾にしたようで、貫かれたのは心臓ではなく右肩だった。だが、今の一撃で右腕は辛うじてつながっているだけで、今にも千切れそうだ。
白銀の流星が隣に戻ってくる。
「はぁ、はぁ……思っていたよりきついかも」
頭からつま先まで白銀の鎧をまとった東条選手が、唯一露出している顔の部分に大粒の汗をかきながら息を荒げる。
「『ブーステッドツリー』、頑張ってください。貴方がうちの『主砲』なんですから」
「ま、任せろぉ」
彼が融合しているのはユニコーンだ。そして、あの避難所からこっち練習の結果十秒間のみ、融合している使い魔のステータスから自分より上回っている部分を再現することに成功していたのだ。
更に、彼は政府からの作戦準備金でカードを買いあさり、『火事場の馬鹿力』と装備カード『狂人の突撃槍』を自分に融合させていたのだ。
スキルの方は稔で効果を知っていたが、装備カードの方は東条選手から説明を聞いて正気を疑った。まさか自傷を前提に筋力と敏捷をワンランク引き上げるなど。
だが、これにより彼は紅蓮に匹敵する膂力と、それすら上回る速さを手に入れたのだ。
そして、融合している間は対象の使い魔のスキルが使える。毒と呪いがこのボス部屋にもあるが、それはユニコーンの力で防げる。なら、世界樹の加護は全てバフに回せるというわけだ。
「好機だ!責め立てろ!」
隊長の声が出るよりも早く、使い魔達は攻撃している。とりわけ紅蓮は味方からの魔法が魔眼で見えているとはいえ、巨人の足元に滑り込んで鎧の隙間に次々とハルバートを突き刺していく。
五本のハルバートを突き刺すと、そのまま至近距離で起爆。巨人の右足を吹き飛ばした。
「ガアアアアアアアアアアアア――――――ッ!?」
巨人が遂に悲鳴をあげる。まあ見るからに炎が弱点みたいな顔しているし。
さて、東条選手が使い魔の能力を引き出し切るのが十秒間で、その後インターバルを置かねばならないのは、『肉体へのダメージ』であってスキル事態の問題ではない。『狂人の突撃槍』もそうだ。
つまり、世界樹の加護で治せばまた発動できる。
「じゃ、東条選手お願いします」
「お前、言っとくけどあれめちゃくちゃ痛いんだからな」
「東条!矢橋!チャージだ!」
「はい!ほら、隊長も準備しろって言ってますし」
「くそが、男は度胸!」
その時、魔眼がとんでもない光景を予知する。なんと、巨人が斧を壊したと思ったら氷でできた巨人が十体現れるというものだった。
そして、既に巨人は斧をまともに動かない右手から手放し、槌で粉砕する機会を使い魔達の攻撃に耐えながらうかがっている。
「隊長!このままだと巨人が増えます!」
「東条!発射ぁ!」
こちらの声に隊長が間髪入れずに判断を下す。
「『ブーステッドツリー・スプリンター』!」
「やったらぁ!」
東条選手の両足が白銀に輝き、両手で構えた突撃槍が妖しく光る。
「とっかん!」
衝撃波で吹き飛ばされそうになりながら、それでも見た。
白銀の流星が、巨人の顔面に風穴を開けるさまを。
使い魔達の攻撃がやみ、遅れてハンドラーたちも巨人の姿に気づく。振り上げられていた左手から槌が滑り落ち、同時にその巨体もゆっくりと倒れていく。
地響きと共に舞い上がった氷の粒から顔を守る。そして、ゆっくりと顔を上げると、そこには力なく倒れる巨人の王がいた。
「やったのか……」
思わず口をついてそんな言葉がでてくる。一瞬後、巨人の姿が粒子となって消えてなくなった。残るのは、人一人入りそうなほどの巨大な魔石のみ。
「か、勝ったんだ!」
「本当に倒せたのか?」
「やべえ、実感ねえ」
口々に声をもらす一般組をよそに、自衛隊員は周囲を警戒しながら魔石を調べる。それを、固唾をのんで見守る。
やがて、判断がついたのだろう。隊長が戻ってきた。
「諸君」
突入組全員が黙り込み、隊長の言葉を待つ。
それに、隊長は不敵な笑みで答えた。
「我々の勝利だ!」
「おおおおおおおお!」
「やったぁあああ!」
「勝ったよ母ちゃん!」
それぞれが雄叫びをあげ、抱き合ったり肩をたたき合ったりしている。
そんななか自分は、とりあえず巨人が消えたあたりの更に奥でダウンしている東条選手に向かった。
「大丈夫ですか?怪我が?」
「いや、怪我は全部治ったんだよ。けど全身痛いんだよ。なにこれ」
「えっと、たぶん幻痛的なものかと。ダメージを負いながら回復するみたいな状態だったので」
「だよな。俺もそんな気がしてた」
東条選手が手を出してきたので、握って立ち上がらせる。まだ鎧を着ている状態なので地味に重い。
「よっと。ああー、やっと痛みが引いてきた」
「本当にお疲れさまでした、東条選手」
彼がこの作戦に参加していてくれて本当によかった。
結果だけ見れば、完勝と言っていいだろう。使い魔以外は被害がなく、戦闘時間もおそらく五分なかった。
だが、実際は薄氷の上の勝利だ。五分で片がついたのではなく、『片を付けなければいけなかった』戦いだ。
東条選手がいたから、一撃で巨人を倒せるだけの火力があった。それがなければ、まずハンドラーの護衛にもっと使い魔を回す必要があったから攻撃力は落ち、時間と隙があれば巨人が増えるという状況に、対応できるだけの余裕もなかった。
長期戦は最初から無理だった。まさに東条選手様様というやつだ。
「二人とも」
後ろから隊長が話しかけてくる。
「あ、えっと、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「いいや、こちらこそお疲れ様」
作戦が終わったわけではないからか、まだピリピリした空気の隊長が突然頭を下げてきた。
「えっ」
「二人とも、本当にありがとう」
驚いているうちに、頭を上げた隊長がこちらの目を見てくる。
「矢橋孝太君。君がいなければそもそもこの作戦は成立しなかった。毒と呪いの対策で、突入できる人数は半分以下だったかもしれない」
「い、いやぁ」
凄いのはスキルなのだが、少し照れる。
隊長が東条選手のほうにも体ごと向き直る。
「東条正樹君。君がいたから、我々はあの巨人に致命傷を与えることができた。君無しでは、長期戦が余儀なくされ、犠牲が多く出ていただろう」
「ど、どうも」
東条選手も珍しく照れている。まあいうほどこの人の事知らないが。
最後にも一度隊長は頭を下げ、他の一般組のもとに向かう。けが人の有無などを確認しているらしい。
「それにしても、この後が憂鬱だな」
「え?なんでですか?」
東条選手の言葉に疑問符を浮かべる。たしかに予定されている全てのダンジョンが攻略されたわけではないが、今日は勝利の凱旋をするだけだと思うが。
まあ、マスコミとかいそうなのでそれは勘弁願いたいが。
「いや、帰りも行きと同じ道通らなきゃじゃねえの?」
「あ………」
失念していた。普通、ダンジョンはボスモンスターを倒してはい終わりではない。帰りも含めてダンジョン攻略だ。
なるほど、たしかにこれは気が重い。
だが、勝ったのは事実だ。
「まあ、今日を生き残れたことを喜びましょうよ」
「そうだな。下手したら死んでたわけだし」
「ええ、死んでましたね、下手してたら」
そう考えると、気が抜けてきた。というか、突然腰が抜けた。
「おわ」
転ぶと思った時、いつの間にか後ろに控えていた紅蓮が受け止めてくれた。
「ありがとう、紅蓮」
礼を言うと、紅蓮は首を小さくふって返してくれた。
「怪我とかはないか?なにか体に異常は?」
それにも紅蓮は首を横にふる。
「そっかぁ………」
完全に脱力して紅蓮に体重を預ける。
「勝てたな、紅蓮」
自分達は生き残ったのだ。
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