第三十八話 作戦準備
第三十八話 作戦準備
サイド 矢橋 孝太
次の日、自宅に菓子折りを持って小沢さんがやってきた。
「まず、部下の井沢の件。誠に申し訳ございませんでした」
そういって小沢さんが頭を下げる。両親は事情を知らないので、困惑した様子でこちらをうかがうが、僕はただ静かに小沢さんの後頭部を見下ろす。
「あの命令は、金崎大臣がだしたものですか」
「おそらく、そうでしょう。私も後から井沢の行動を知りました。あいつは、進んでそのような事をする男ではありません」
「それを、信じろと」
「どう思われても仕方がないと思っています。今後の行動で判断していただければと考えています」
「………本題に入りましょう。顔をあげてください」
「はい」
「言っておきますが、納得したわけではありません。僕は貴方達を信用できていません」
「ごもっともです。こうして会って話していただけるだけでもありがたい」
ここまでへりくだられると、かえってやりづらい。
だが、ここで引くわけにはいかない。これからする要求を通すには優位に立っていた方がいい。
「それで、作戦に参加する場合、そちらは何をしていただけるんですか?」
「はい。まず一つ目。準備金として一億。成功した場合報酬として二億をおわたしする用意があります」
その金額に両親は驚いているが、口にはださない。今回は自分に任せてほしいと頼んである。
その金額に、自分はどこか冷めた目で見てしまう。それが自分の値段か。第一、もし作戦に失敗したら紙切れに早変わりしそうなものだが。
「二つ目に、Bランクの使い魔を支給させて頂きます」
「Aランクのダンジョンに行くのに、Bランクの使い魔をですか?」
「あくまでダンジョン内を移動するための足です」
「なるほど」
ダンジョンはランクが上がれば上がるほど中が広くなる。Aランクがどれぐらいかはわからないが、移動手段は大事だろう。
「三つ目に、今後Bランクのダンジョンへの立ち入りも許可されます」
「それは、どちらかというとそちらに都合がいいのでは?」
「でしょうね。上はBランクダンジョンの間引きや魔石、カードの確保まで手が回らないから、それを貴方方にさせたいのでしょう」
ずいぶんはっきりと言う。自分からしたら小沢さんも政府側の人間なのだが。
「以上が作戦に参加していただけるハンドラー全員に用意された報酬です。ですが、個々人で他に要望があれば可能な限り叶えさせていただきます」
「ずいぶん太っ腹ですね」
「国が残るか残らないかの瀬戸際ですから。ただし、あくまで叶えられる範囲でお願いします。自分を総理大臣にしろとか、独立国家を作らせろとかそういうのは勘弁していただきたい」
そんな事要求した奴いるのか。それは叶えられたら逆に本人が困らないか?
まあ、自分もかなり無茶に要求をするのだが。そういうもっとぶっ飛んだ事を言い出す人がいたというのは気が楽になる。
「では、僕からの要望を言わせて頂きます」
「聞きましょう」
「金崎大臣。彼は、現総理が辞任し内閣が総辞職しても次のポストが約束されているのは本当ですか?」
今川総理の会見の後、近いうちに内閣が総辞職するとニュースでやっていた。そのニュースの中で、一部の大臣は今後も大臣職で活動する線が濃厚とされ、その中には金崎大臣の名前もあった。
「確定ではありませんが、おそらくそうでしょう。総辞職が行われ、次の内閣が引き継ぐまでの間に『不祥事』がなければ、ですが」
どうやら、小沢さんもこちらの言いたいことを察しているらしい。
「その『不祥事』が世間にでたら、どうなりますか?」
「ものによりますが、彼の政治生命が終わる可能性もあるでしょう」
小沢さんはニヤリと笑う。どうやら、最初に言っていた井沢さんを勝手に使われたのは本当かもしれない。
避難所を見捨てるような要請。後から来た自衛隊の対応から見て高確率で金崎大臣はクロだ。彼は、職権を乱用した。
大臣にあるまじき行為だ。だが、クロだと自分は思っているが、物証はない。状況証拠だ。あの馬鹿孫は嫌いだが、それで人一人の人生を壊すのはどうしてもためらわれる。
だから、その判断は『国民』に決めてもらいたい。ぶっちゃけ大臣の首をどうこうなんて責任取れきれないので、ぶん投げたい。
「金崎大臣の孫の件を、出来るだけ客観的に報道することは可能ですか。それも、僕の事を省いて」
「矢橋君の事を省いて、ですか」
「はい。実は、要望は二つあります。一つは、今言った事。もう一つは、僕のスキルについてです」
現状、自分のスキルについてはそこまで広まっていない。口コミでこの辺一帯に知られているぐらいだ。というのも、ダンジョンの一件や総理の会見があったからだが。
世間の目がそちらにいっている今はいいが、作戦が落ち着いたら自分のスキルについて話題になるかもしれない。
そうなれば、日本中。最悪世界中から引っ張りだこだろう。それこそ手足が引きちぎれる勢いで。
一生世界中の病院を回って救急箱をするのはごめんだ。目の前で大けがしている人がいたら助けようとは思うが、顔も知らない人たちの為に奴隷みたいな扱いはごめんこうむる。
「……それは、新しい顔と戸籍を用意して、ということでしょうか」
「え、いや、このままの生活ができる感じでお願いします」
うっわ、どうしよう。金崎大臣の事を言っていた時は口元がにやけていたのに、今はめちゃくちゃ難しい顔をして考えている。
「………引っ越すとしたら、どこがいいとか希望はありますか?」
「え、今の高校に通える範囲でしたら」
「ほぼ移動していませんね、それは………」
小沢さんの汗が凄い。
「全力はつくします。ですが、あまり期待はしないで頂きたい」
「ダメそうですかね………?」
「難しい、とだけ。スマートフォンが出回る前でしたら、どうとでも、と言えたのですが………」
マジか。まあ人の口に戸は立てられぬとよく言うけども。
「そうですか………頑張ってください」
「……………………はい」
蚊の鳴くような声で小沢さんが頷く。本当にお願いしますよ小沢さん。
「この二つの要望が通るのでしたら、作戦に参加させて頂きます」
「それは、ありがとうございます。万の軍勢を得たに等しい。これで作戦の成功は約束されたようなものです」
「いや、大げさな」
「いえいえ、それだけ貴方のスキルと使い魔は素晴らしいということです」
言い方ぁ………求められているのはスキルと使い魔って自覚はあるけど言い方ぁ。
絶対わざとだ。明らかにスキルの情報統制をお願いしたことで根に持っている。そんな言い方をして僕が参加を取りやめるとか言ったらどうするつもりだったんだこの人。
「自覚のある方にしかこういう言い方はしませんよ」
嬉しくない。というかナチュラルに心を読まないで欲しい。これだからエリートは。
「あの、話は終わったんですか?」
父が恐る恐る小沢さんに話しかける。それに、彼もにこやかに頷く。
「ええ。一週間以内に書面にして契約書をお届けいたしますので、ご安心ください」
「では、私たちからも少しだけ言いたいことがあります」
「………はい。なんなりと」
両親も小沢さんも真剣な顔で見つめ合う。空気が少しだけ重い。
「貴方の事は、正直嫌いです」
「ええ、そうでしょうとも」
「息子をより危険なダンジョンに潜らせようとしたり、今回徴兵したり。本当なら殴り飛ばしたい」
「ええ、構いません。私も、殴られるつもりでここに来ました」
「だけどっ」
父と母が立ち上がり、深く頭を下げる。
「どうか、息子をお願いします。絶対に生きて帰らせてください」
「私たちの、大事な一人息子なんです。お願いします」
「母さん、父さん………」
小沢さんも立ち上がる。
「確約は、出来ません。息子さん一人を他の参加者と比べて特別に扱う事も出来ません。ですが、この作戦に参加する全員が生きて帰れるよう、全力を尽くさせて頂きます」
そういって、深く頭を下げた。
「息子さんを、お預かりします」
次の日、公園に友人たちと集まっていた。
「矢橋、もしかしてだけどさ」
「テレビで言っていた作戦、参加することにした」
何か言いたげな二人に機先を制し、作戦の参加を告げる。二人とも、目を見開いた後、視線をさまよわせる。
「………本気か?」
「本気だよ。こんなことで冗談は言わない」
「死ぬかもしれないんだろ?Aランクダンジョンなんだろ?」
「ダンジョンは、本来どのランクも危険だよ。まあ、僕も実感したのは最近だけど」
「マジで、行くのか」
「マジもマジ。大マジだ」
二人が視線を合わせた後、頷いて拳を出してくる。
「なら、引き留めない」
「ガツンとやってこい。ほどほどに活躍してこい」
「ほどほどって」
「あんま活躍しすぎると死にそうだからな」
「帰ったら皆でカラオケ行こうぜ。矢橋の奢りな」
あんまりな言い草に、ちょっと吹き出してしまった。
「そこはお前らが奢れよ」
そう言って、二人の拳に自分の拳を合わせた。
そこから更に四日後、契約書類を小沢さんが届けに来たのだが、そのまま市役所まで連れていかれた。
モンスターの一件で未だ人が忙しそうに行き来している市役所の仲をずんずんと進んでいく背中についていくと、四階にある会議室にたどり着いた。
「まず、事情も聞かずについてきてくださりありがとうございます」
「いや、説明しましょうよ。何事だとめちゃくちゃ緊張したんですけど」
「はっはっ」
なにわろっとんねん。
まあ、小沢さんもかなり疲れている感じなのでいいとしよう。目に熊ができているし、頬に絆創膏を貼っている。髪とスーツは整えられているが、それがかえって土気色の顔を際立たせる。突然倒れないか少し心配になってきた。
「矢橋君には、ここにいる彼らとその使い魔を回復させてほしいので来ていただきました」
「けが人ですか?」
「ええ。そして、今回の作戦の要です」
ノックをしてから会議室に入ると、そこにはびしりと整列した人たちが待っていた。だが、それぞれ足を失って椅子に座っていたり、腕がなかったり、両眼を包帯で覆っていたりしている。
「彼らは、政府がAランクダンジョン攻略のため新設していた特殊部隊です。部隊名は現在存在しませんが、作戦が始まる前にはつくでしょう」
「それって」
「はい。彼らこそ四つのダンジョンを攻略した我が国の英雄たちです」
この人たちが。どおりで、ただ立っているだけで圧が凄いわけだ。
「わかりました。早速スキルを使わせて頂きます」
「はい、お願いします」
一人の隊員が前に出てくる。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
「い、いえ」
「我々が不甲斐ないばかりに、国民の皆さんにまで前線に出て頂く事態になった事、今すぐ腹を切りたいほど悔しく思っています」
「そ、そんなことは。むしろ、こっちが今までありがとうございますと言わなければいけないわけで……」
隊員たちは誰一人無事に見える人がいない。負傷者だけを集めたのか。それとも『無事な者などいないほどの激戦を超え続けたか』。
「その言葉だけでも救われます。ですが、先の発言を翻すようですが、お力をお借りしたい。我々に、もう一度戦う機会を頂きたいのです」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
頭をお互い下げてから、スキル使う。
「『ブーステッドツリー』」
光が目の前の隊員を包み込む。亡くなっていた左手が再生し、その光景に後ろの隊員たちが声を上げる。
「……使い魔を、召喚しても」
「どうぞ」
小沢さんが許可を出す。
「『暁』」
その声に従って、一体の使い魔が召喚される。
紺色の全身甲冑。装甲の隙間は濃い茶色の革でおおわれ、その手には一振りの日本刀。頭には、金色の炎が燃えている。
現れたのは一体のエレメントナイト、しかも火属性だ。
「我が剣よ。また、ともに戦ってくれるか」
隊員が差し出した右手を、エレメントナイト、暁は静かに握り返した。
この三日後、日本にある残り三つのAランクダンジョンを踏破する作戦。『天岩戸』作戦が実行に移された。
読んでいただきありがとうございます。第一章も終わりが見えてきました。
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