第二話 変わりゆく世界
第二話 変わりゆく世界
サイド 矢橋 孝太
使い魔が現れて、一か月がたった。その中で個人的に一番の変化が『ダンジョン法』である。
デマだと思って流していたダンジョンの噂は本当だったらしい。世界中の各地に出現したそれは、いかにもな入口があり、中の空間は時空が歪んだのか外観からはありえないほど広いらしい。現在確認されているもので一番小さいダンジョンでも、見た目掘っ立て小屋なのに中は東京ドーム四個分らしい。東京ドームに行ったことがないのでどれぐらいかわかりづらいが、凄く広いのはわかった。
しかも、ダンジョンの中には魔物がわいているのだ。使い魔と違うのか、意思の疎通はできず、大変危険らしい。これにより民間人の一切の立ち入りを禁止したのが『ダンジョン法』だという。
ダンジョンの魔物の件から使い魔も危険な存在であるとあちらこちらで議論されているが、紅蓮を見ているととても危険なものに見えない。まあ、ダンジョンはやばいところとは思っているが。紅蓮みたいなのに襲い掛かられたら秒で死ぬ自信がある。
使い魔の危険視については、海外で使い魔を使った犯罪が多発していることも原因の一つらしい。
銃で武装した警官でも、ゴブリンやコボルトなどの比較的弱い使い魔にも苦戦するらしく、強盗や殺人、テロにまで使われて対応に困っているとニュースで言っていた。
ちなみに使い魔は死ぬと消えてしまうらしく、蘇生方法は今のところ見つかっていない。噂ではダンジョンで倒した魔物はアイテムを落とすので、それを使うと蘇生できるといわれているが、どこまで本当かわからない。
ただ、庭にできたダンジョンを警察に通報せず、カメラを持ったまま入った動画投稿者『ウイチューバー』がいた。彼はガルムという強い使い魔を連れており、次々と魔物を倒していった。
その際思わず凄いと呟いたら、隣で見ていた紅蓮が勢いよく首を横に振って自己アピールをしていた。自分の方が凄いという意味だろうか。
ともかく、彼は次々と魔物を倒していった。倒された魔物は黒い靄になって消えたかと思うと、ごくまれに宝石のような小さい石や、倒された魔物が書かれたカードを落とすのだ。そして、ダンジョンの奥までつくと主と思しき魔物が待ち構えており、それを倒すとその主も消えてカードと大きな宝石になった。
動画はもう消されてしまい、投稿者も捕まったらしい。しかし、この動画は世界中で再生され何度も視聴された。皆ダンジョンの事を知りたかったのだ。
自分専用のダンジョン。漫画で定番だし夢があると思うが、現在は普通に犯罪である。ダンジョンの存在を知っていながら隠していた場合、状況次第では一発で実刑だ。
ダンジョン法以外にも使い魔の私有地以外での召喚禁止。使い魔の人権について。スキルの使用について。使い魔持ちの健康への影響など。国会は今日も騒がしいことになっている。
今のところ、使い魔の影響で体調に変化はない。ただし、スキルはいい方向に効果が出ている。『世界樹の枝』の効果で常に万全の状態が維持される。つまり、どれだけ食べても太らないし、紙などで指を切ってもすぐ直り、ニキビもなくなった。世の女性が知ったら殺しに来かねないスキルだ。
そして、使い魔とスキルを市役所に申告するよう義務付ける法律が先週きまり、この前の休みに父と登録にいった。その際紅蓮の身長体重を測られたのだが、身長二一〇センチ、体重二〇〇キロという驚きのサイズだった。鎧の中炎しかないのに何故そんなに重いのか。
この体重と鎧の体では床が大変な事になる。そう悩んでいると、なんと紅蓮が膝から下を消して宙に浮かんだのだ。そういえば種族に『エレメントナイト』とあった。エレメントという事は、精霊なのだろう。おかげで家の床がズタズタにならずにすんだ。
今日は佐藤の家に勉強会ということで集まっている。もっとも、勉強の内容は『魔法』についてだ。マリー、いやマリー先生に魔法について習うのだ。
「では、まず『生活魔法』について話をさせていただきます」
「「「よろしくお願いします!」」」
結論からいうと、無理だった。
別にマリー先生の教え方が悪かったわけではない。ただ、魔力の流れを感じろとかまでならまだわかる。召喚やスキルの使用の時勝手に動いているのでなんとなくだが把握している。ただその先の魔術理論とやらがわからない。
五大属性の相互関係やら陰と陽、心臓と魔力の関係、チャクラと魔力の違いなど、インチキ商法以外では現実に聞くことのない単語が大量にでたうえに、感覚をつかもうと思ったら五年は修業が必要と言われた。来年には受験なのに無理な話である。というか現在でも普通に塾に通い始めていてそれどころではない。
ちなみに、紅蓮にも魔力の扱いを聞こうと思い子供用の何度でも書いては消せるボードを上げたが、そもそも文字の読み書きができないという問題に直面した。現在小さいころ読んでいた絵本を引っ張りだして夜な夜な読み聞かせをしている。
勉強会の次の週、突然滝沢に相談があると彼の家に佐藤と集められた。
「なあ、俺たち友達だよな……?」
滝沢の部屋に集まって十分ほど。長い沈黙を破ったその言葉に、二人で静かに頷く。
「ありがとう……リザ、来てくれ」
リザが現れ、彼の隣に座る。
「俺たち、付き合うことにしたんだ」
…………?
「そうか、おめでとう!」
佐藤が満面の笑みを浮かべて祝福する。
「ありがとう!お前らなら応援してくれると思ってたぜ!」
滝沢が目にうっすら涙を浮かべて礼を言う。
「クェ」
リザが小さく鳴き声を上げる。リザードマンだけあって、その表情から感情を読み取れない。
「ほら、矢橋も祝福ぐらいしてやれよ」
「あ、うん。おめでとう?」
「ああ!」
どうしよう、脳の処理が追い付かない。
「……二人のなれそめをうかがっても大丈夫でしょうか?」
「なんで敬語?」
ようやく開いた口からでたのは、経緯の説明を求める言葉だった。本来は友人として心から祝福してやるべきなのだろうが、自分の許容範囲をあまりにこえている。
「最初はさ、全然恋愛対象に見えてなかったんだ」
でしょうね。
「けど、ずっと過ごしているうちにこう思ったんだ」
ふむふむ。
「あ、こいつエロイなって」
んんんん?
「それからはもうずっと意識しちゃってさ。一つ一つの動作がかわいくって」
どうしよう、わからない。
「思い切ってこの前、告白したんだ。それでOKもらえたんだ」
「ソウデスカ。オメデトウゴザイマス」
理解をするのは諦めた。今はもうただ祝福してやろう。そうしよう。
「俺、決めたんだ。リーザードウーマンハーレムを築こうって」
「いやお前それ愛でも恋でもなく性欲では?」
つい本音がポロっとでたがスルーされた。解せぬ。
「長く険しい道かもしれないけど、絶対成し遂げてみせる!」
「ああ、がんばれ!」
「ガンバレー」
リザの肩を抱きながら宣言する滝沢に、二人で拍手を送る。
「けど、これで矢橋だけになっちゃたな」
いつの間にかマリー先生を横に侍らせた佐藤がそんなことをいう。
どういう意味だ?わからないが、妙に胸騒ぎがする。
「ああ。正直、相談したのもそれが不安だったからだ」
滝沢がそんなことを言う。いやお前はまず自分の今後を心配しろ。ご両親への説明とか。
「彼女いない歴=年齢なのは、お前だけにしてしまうな……」
「なん、だと……!?」
それぞれ自分の使い魔の肩を抱きこちらを見てくる二人。脳が理解を拒絶する。
馬鹿な、モブ顔三銃士たる我々のなかで、彼女がいないのが自分だけ?いやお前らその彼女は特殊過ぎない?
やめろ、そんな目で僕を見るな。お前たちが、仲間であるお前たちが僕をそんな溺れるガチョウを見るような目で見るんじゃぁない!
「矢橋、いい出会いがあるといいな」
「応援してるぜ。お前の春が来ることに」
「嘘だぁー!そんなことぉー!」
そこから先の記憶は曖昧だ。滝沢の部屋を飛び出して家まで走って帰った。涙が止まらなかったのは変わってしまった友人に対してか、それとも、敗北感からか。それは自分にはわからない。ただ、部屋にこもっている時、背中を優しく撫でてくれる紅蓮の手がとても暖かく感じた。
「世界が変わったよ、彼女ができたから」
そんなことを教室の窓を眺めながらほざく滝沢。同じセリフをもう今週で三回言っている。
「ああ、理想の相手と添い遂げられる。これ以上の事はない」
したり顔で同意する佐藤。こいつら奥歯折りたい。
「おい、聞いたかよ!?中島が警察に連れてかれたって!」
教室の入口からそんな声が聞こえる。騒いでいるのはAグループのお調子者だ。
中島って誰だっけと思い、そういえばサッカー部のイケメンの苗字がそうだった。氷のスキルを使える。
クラス中が一気にその話題で持ちきりになる。聞こえてくる話をまとめると、他校の女子生徒を強引に誘って、拒否されて逆上。割って入った他校の男子にスキルを使って怪我をさせたらしい。中島はその男子の使い魔にケーオーされた後警察に連れていかれたとのこと。
元々性格のいい奴とはお世辞にも言えなかったが、スキルを使えるようになって傲慢さが顕著になっていた。これは彼だけでなく、スキルや使い魔を手に入れた一般人が問題を起こすのは最近よく聞く話だ。
いじめっ子たちを使い魔に襲わせた。むかつく上司をスキルで燃やした。使い魔同士の闇試合。そんな話題が連日ニュースで騒がれている。
自分達が使い魔を連れているとは言えなくなったのは、クラスで目立たないためだったが、今はご近所さんからの目もあっての事になっている。使い魔を連れている=危険人物というレッテルが定着しつつあるからだ。
世界は段々息がしづらくなってきた。
「どうした童貞、そんな物憂げな顔して」
「そんなに独り身がつらいか童貞。同情するぞ童貞」
キ レ ソ ウ。
その日の夕方、テレビで自衛隊と警察が使い魔を連れた専門部隊の結成を宣言した。
昨今の使い魔持ちによる犯罪への対応と、なによりダンジョンの攻略を目的とする組織だ。野党からの批判は意外過ぎるほどに少なく、あっさり過ぎる可決にテレビもネットも大騒ぎだ。賛成派と反対派が激しい討論を繰り返す中、似たような決定は世界各地で行われていった。
どう考えてもおかしい。保守的で有名で、しかも自衛隊を動かすのに慎重な日本が、ダンジョンという未知の領域に突き進んでいる。
言いようもない違和感に襲われながら、その理由がうかぶことはなかった。




