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九話:父と年頃の息子との会話


「ご苦労様、朝食にしましょう」


 今朝は家族用の食卓で両親とエティーの四人で朝食を摂る。

 姉夫婦は離れで寝起きしているので、これがいつも通りの光景だ


 朝食の献立は食パンとサラダと牛乳。

 それとは別にフルーツが置かれていて、食べたければメイドが切ってくれる。

 家族だけで摂る朝食なので、貴族とはいえこんなものだ。

 ちなみに庶民の朝食を見た事はないので、これでも特別なのかそうでもないのか、判断は出来ないけど。


「二人が帰って来ている時は、牛の乳の出がとても良いと報告があったわ」


 家族のみの場では、口調を必要以上に丁寧にしなくて済む。

 母上を当主と見て交わす会話には慣れてはいるけど、窮屈な事に変わりはない。


「やはり歌というのはすごいものだ。

 アルティがテラスで歌い始めてからというもの、住民達の意欲は上がり収穫は増え、仕事も増えて経済は上昇を続けている。

 王都の文官達が虚偽の報告ではないかと疑ったくらいだ。

 王都へ送る税が増えているのに虚偽も何もないだろうにな」


「お父様、またそのお話ですの?

 もう聞き飽きましたわ」


 口調は対寧に聞こえるが、言っている事は失礼極まりない。

 しかしエティーが咎められる事はない。

 だって本当に聞き飽きるほど聞かされているのだから。


「そうは言ってもだな、エティーは当たり前だと思っているだろうがこれはとてもすごい事なんだぞ。

 誰に教わった訳でもないのにたった三歳から歌い始めたお前の兄上は天才なのだ!」


「そんなのそれこそ当たり前だと思っておりますわ!

 お兄様は天才ですもの!!」


 あー、このやり取りも飽きるくらい見てるので反応せず食事を進める。


 この世界の食事で困ったのは、熱い食べ物や飲み物はあるけど、冷たい食べ物や飲み物がない事だ。

 特に今朝の牛乳、常温で(ぬる)くてねっとりする。

 冬場はホットミルクにすればいいだけだが、今のような夏場にホットミルクなんて飲めたものではない。

 魔法があるからといって、牛乳を冷やすような便利な魔法はないのだ。


「そうそう、エティー。

 せっかくこの屋敷にいるんだから、今日は私の執務室で仕事を覚えてもらおうと思うの」


「そうですの、分かりましたわ」


 澄ました顔で母上に答えるエティーだが、きっと嬉しく思っている事だろう。

 上に二人の姉がおり、三女であるエティーは今後どのような役割を果たすのかまだ決まっていない。

 次期当主は決まっており、王城とのやり取りをする業務もすでに埋まっている。

 とりあえず王立学院で学んではいるが、自分の将来はどうなるのだろうと不安を抱えていた事だろう。

 良くて新たに設けられる分家の当主、家を出て婚家の当主。

 悪ければ放り出され、平民と同じ生活を送る。

 まだはっきりと道が決まった訳ではないだろうが、母上の仕事に触れる機会が出来て、一歩前進なんじゃないかな。


「アルティは収容所へ行く予定だったわね」


ずーーーん


 場の空気が重くなる。

 エティー、不機嫌な感情をわざと漏らさないでくれ。

 仕事を教えてもらえる事への喜びの感情はどこに行った?


 今の母上の発言を聞いただけで不機嫌になるという事は、エティーは俺がカーニャと会う事の意味を理解しているという事だろうか。

 十三歳で?

 まさか、いや、でも。

 女の子って男より心の成長が早いんだもんな。

 特にこちらの世界ならなおさらか。

 お兄様、不潔ですわ! なんて言われたらショックだろうなぁ。


「はい、お義兄様から話は伺っています。

 特に問題はないかと」


 まぁ考えても仕方ない。

 収容所へ行ってカーニャと面会する。

 それ以上でもそれ以下でもない。今のところ。


「そう、出掛ける前にもう一度お父様と話をしておきなさいね」


「分かりました」


 母上も当然父上から聞かされているんだろうな。

 何か変な感じだ。

 貴族人生は初めてだから、流れに身を任せよう。


 ◆


 朝食後、父上の書斎で再度詳しい打ち合わせをする事になった。

 昨日はとりあえず俺がカーニャと会う事に対する拒否感を持っていないかの確認だったのだろう。

 そして、俺が特に嫌がっているようではないと確信し、姉夫婦からの報告も受けて、俺とカーニャを会わせても問題ないだろうと父上は予想した訳だ。

 そして今、具体的にカーニャと会う際の注意点を聞かされている。

 ちなみにポーシェはまた外してもらっている。


「収容所全体が魔力の強い貴族を捕らえておく為、堅牢に出来ている。

 通常、強力な魔法でも崩壊する事はない」


 強力な魔法で崩壊、何か聞いた事があるな。


「ちなみにアルティの私室は全体的にその収容所と同じく堅牢な作りになっている」


 何それ怖い、初めて聞いた。


「まだお前が生まれて間もない頃、オムツが気持ち悪いと泣いた時の事だ」


 何か昔話が始まったぞ?

 父上が懐かしそうな表情を浮かべている。


「大きな声で泣いたんだ。

 もうそれはそれは大人顔負けの大絶叫だった。

 お母様が何事かとお前を抱き上げると、聞いた事もないような泣き声を上げ、そしてお前の部屋が吹き飛んだ」


 聞いた事もないような泣き声?

 あぁ、あの時は確か日本語で叫んだような気がする。

 もちろん赤ん坊だから言葉にはなっていなかったと思うけど。


「生まれながらに才能の片鱗を見せる赤ん坊は少なくない。

 魔法の素質、魔力量の多さ。

 教育や訓練で伸ばしてやる事は出来るが、持って生まれた者には敵わない。

 問題は例え女の子であったとしても、生まれてすぐに部屋を吹き飛ばすほどの魔法を使う赤ん坊など聞いた事がないという点だ」


 腕を組み、俺を見つめる父上。

 俺にそんな事を言われても困るんだけど。

 もしかしてお前、前世の記憶でもあるんじゃね? って聞かれたら何と答えようか。


「その日からお前の育て方を変えた。

 男の子は乳母を雇って育てさせる事が多いが、上の二人と同じく直接お母様が母乳を与え、私達の寝室で寝かせるようにした」


 乳母か、この世界でもいるのね。

 男兄弟がいないから、他の男がどのような育て方をされているのか気にもしていなかった。


「……貴族の寝室、特に夫婦が共にする寝室は魔法に耐えるような素材と作りになっている。

 理由は分かるか?」


 理由、つまり俺が一番恐れているあれか。

 性的興奮による感情の増幅で、魔力が制御出来なくなるのではないか。

 もし魔法を暴発させてしまったとしたら、また赤ん坊だったあの時のように部屋が吹き飛ぶんじゃないかという恐怖。

 それを防ぐ為に貴族の寝室は堅牢な作りにしてある、という事だろうか。


「もし感情が昂ぶり、魔力が抑え切れなくなったとしても、部屋が吹き飛ばないようになっているという事でしょうか」


「その通りだ。

 だが、実際にそういう行為中に部屋が吹き飛んでしまったという話は聞いて事がない。

 もちろんそんな事が起こったとしても、ベラベラと他人に話す事はせんと思うがな。

 しかし、もしそういう事があったとしたなら、建築関係者が知らない訳がない」


 確かにそうだ。部屋が吹き飛んでしまったなら、大工さんや建具屋さん達に来て直してもらわなければならない。

 と、ちょっと待てよ。


「あの、お父様」


「何だ?」


「僕がこの部屋を吹き飛ばしたという事ですが、誰もそんな事信じないのではないでしょうか?」


 赤ん坊、それも生まれたての男の子にそんな魔力があるとは普通であれば思われない。


「お前の言う通り、誰も生まれたてのアルティが魔力を暴発させたなどと信じない」


 でも部屋を修復したのは事実。実際職人達が屋敷に出入りするから誤魔化しようもないのではないだろうか。

 つまり、部屋を吹き飛ばす可能性が高いのは母上と父上。

 そしてこの部屋は子供に与えた部屋である。

 あの夫婦は子供部屋でイチャコラして部屋を吹き飛ばしたらしいぞ、という噂が……。


「だから私はこの部屋に火を付けた。

 魔法で吹き飛んだのではなく、失火が原因で燃えてしまったという事にしたのだ」


 なるほど、お父様頭良い~~~。


「お前が想像した通りの噂が立つなど、お母様の、いやシュライエン辺境伯家の沽券に関わるからな」


 仰る通り。後ろ指差されて家族全員笑いものになるところだな。

 しかし母上の為とはいえ自分の屋敷に火を付けるという発想がすごい。

 俺ではとても思い浮かばないだろうな。


「少し話が逸れたな。

 何が言いたかったかと言うと、収容所もこの部屋も、魔法が暴発したとしても吹き飛んだりしないという事だ。

 だからだな、その……。

 心配せず心のままに行動するように」


 あぁ、それが言いたかったのか。

 つまり、これから俺は収容所へ行き、もしカーニャの事を気に入ったとしたら、思いっ切り抱いて良いよと。

 そういう事が言いたかった訳だ。

 感情が昂ぶっても部屋は吹き飛んだりしないから安心しろと。


「しかし気を付けろ。

 アヴィもシェルも、お前に会わせても特に問題はないだろうと言っているが、あの娘の態度が偽りである可能性もあるのだ。

 しきりにお前に会わせてほしいと口にしているとか。

 面会時は最大限警戒するようにな」


 心のまま行動し、最大限警戒をしなさいってか。

 どうしろってんだよ。それに俺に会いたがってるなんて聞いてないんだが?


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