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八話:朝の日課


「お坊ちゃま、朝でございます」


「……おはよう、ポーシェ」


 日付が変わって朝、今日は何日だったか。

 寝起きで頭がぼーっとする。


「本日は八の月、二の週、農の日でございます」


 俺が寝ぼけているのを察してだろう、ポーシェが卓上カレンダーを差し出して教えてくれる。

 この世界、少なくともこの王国には曜日の概念がなかったのだが、俺が父上に進言して辺境伯領のみで導入する事になった。

 元々暦は決まっていて、一月が三十日、一年間は十二ヶ月、つまり三百六十日で一年となる。

 そこに俺が週の概念を取り入れ、曜日を作った。


 休みは住民がそれぞれバラバラに取っていたものを、休養の日という曜日を作って休む目安とした。

 全ての住民が同じ日に休むのは現実的に難しいので、強制ではない。

 休養の日の次は家庭の日。

 これは正直に言って数合わせで考えた曜日だ。

 新年の一月一日と二日を毎年休みにしたいと考えた結果、二番目の曜日を家庭の日とし、家族を大切にするという日で休んでも大丈夫とした。

 三番目の曜日が農の日。家族で過ごす次の日は農民を讃える日。

 休みではないが、農家ってすげぇよな、と改めて感謝する日。

 四番目の曜日が職の日。大工や鍛冶など、職人を讃える日。以下同様。

 五番目の曜日が商の日。商売人を讃える日。以下同様。

 六番目の曜日が兵の日。兵士達を讃える日。以下同様。


 曜日を設定するだけで、特に今までの生活が変わる訳ではない。

 みんなそれぞれ仕事をしている訳だが、みんながみんな頑張ってるから日々の生活があるんだよね、と実感してくれるようになったらしい。

 これは狙ってやった訳じゃない。

 全ては結果論だ。

 本当は七曜を取り入れたかったのだが、父上を始め文官達の同意を得られなかった。

 何で七つの曜日で一週間とするのか、それだとずれが生じて混乱するだろう、と受け入れてもらえなかったのだ。

 改めて考えるとそうだよなぁ、と思い、六つの曜日で一週間とした。

 だから毎年何月何日は絶対に何曜日、と決まっている。

 俺からしたら違和感だが、元々曜日の概念なんてなかったのだから、この辺境伯領では六曜が当たり前となったのだ。

 六曜になったからといって、この日にお祝い事をしてはならない、などややこしい決まりはないので割と楽だ。


「農の日か、分かった」


「お嬢様はもう起床なさっているとの事です」


 いつもながら早いな。

 夏休みなんだからゆっくり寝ればいいのに。

 まぁ実家にいる時の毎朝の習慣だからな。

 楽しみにしている人達もいる事だし。


「何度用意されてもその服は着ないぞ?」


 ふわふわパステルグリーンのロングスカート。

 俺がすんなり履くと思ったのだろうか。


「こちらはスカートではございません」


 あ、ホントだ。

 ちゃんと両脚をそれぞれ入れるところがあって、ズボンと同じような構造になっているな。

 まぁだからといって履く気にはならないが。

 見た目スカートの時点でダメ。

 いつも通りブラウスとズボンを着る。

 ポーシェがこれだけは、と毎朝絶対に譲らないので髪の毛を櫛で梳いてもらう。

 短ければその必要もないのになぁ。


 ◆


 朝の身支度を済ませた後、エティーを伴ってテラスへ向かう。

 テラスへ続く廊下の途中で飛べない翼を持つ黒猫、ミィチェが俺の足に縋り付いて来た。

 抱き上げて連れて行く。


「アルティスラ様!」

「若様、初陣勝利おめでとうございます!」

「エティーお嬢様!」

「おはようございます!」


 屋敷の二階、テラスからほど近い広場を見下ろす。

 今日は農の日なので、農民が優先的に広場に集まる事が出来る日だ。

 下に向けて手を振ると、一際大きな歓声が沸き起こる。

 まるで芸能人になったかのような気分になる。

 決して悪いものではない。

 ミィチェは羽を広げて俺から飛び降り、ベンチの上で丸くなる。

 いつも最前列で俺達の事を見守ってくれている。


「お兄様、準備はよろしくって?」

 

「あぁ、いつでも良いよ」


 エティーが一歩前に出て、大きく息を吸い、空を見上げる。


「伸びよ 空へ 広がれ 見渡す限り」


 広場にいる者達が、歓声を止めてエティーを見つめる。

 女も男も、エティーの歌声に聞き入っている。

 エティーに続き、俺も大きく息を吸う。


「水清く 大地豊か 空気澄み 実り育む」


 最初は発声練習のつもりだった。

 魔力に感情を乗せて放出する、と聞いた時に、最初に浮かんだのはミュージカルのお芝居だったからだ。


 ロミオ、あぁロミオ! あなたはどうしてロミオなの!?


 このテラスから外を見下ろした時に、叶わぬ恋心を叫ぶジュリエットを想像したのだ。

 厳密に言うとジュリエットが叫んでいたのはバルコニーだったと思うけど。

 でもこの思い付きは自分にとって、とても大きなきっかけだった。

 ミュージカルを生で見た事も、もちろん演じた事もないけれど、感情を歌に乗せて観客に届けるという形態がこの世界の魔法と重なって見えたのだ。


 思い付いたら即行動。

 最初にここで発声練習という名の魔法の練習をしたのが三歳だったか。

 街中を滅茶苦茶混乱させてしまった。

 何の歌詞もないアーとかオーとかの発声に、ただただ大きな声を出して気持ち良いという感情のみが乗った魔法が拡散され、それにあてられた人達が最高にハイってヤツになってしまったのだ。

 それをきっかけに、両親の俺への魔法や感情制御などの教育が強化された。

 街に余計な影響を与えるから止めろ、とは言われなかった。

 逆に父上はこの魔力放出を有効に使えないか、と俺と一緒に考えてくれた。


 その結果、街の住民を労う歌を歌う、という形に落ち着いた。

 時系列的にはだいぶ後になるけど、先ほど挙げた曜日の概念と合わさり、現在はその日の曜日にまつわる人向けの歌を歌う事になっている。


 とはいえ、俺もエティーも十二歳でこの街を離れ、王立学院の寮に入ってしまったから、今は夏休みや年末年始などの大型連休でしか歌えなくなったけど。

 俺がこの街を離れる事になった朝は大変だったものだ。

 俺を乗せた馬車の後を追って走る女の子や、俺を守る為に王都へ行くと家出しようとした女の子、膝を付いて咽び泣く女の子。

 しばらくはその負の感情が街に蔓延し、失業者が増えたり怪我人や病人が異常に増えたりしたとかしなかったとか。

 まぁその後一年間はエティーが一人で歌い続けてくれていたから、すぐに騒ぎは治まったらしいけど。

 俺もこうしてたまに帰って来ていたし。


「実れ 実れ 貯え実れ 大きく 甘く たくましく」


「実れ 実れ 色鮮やかに 強く 濃く 数多く」


 かなり直接的な歌詞になっているが、歌というものに触れていない住民達にとってはこれくらいがちょうどいいと今までの経験から分かっている。

 歌を聞くという習慣がないから、リズムや音程に乗った言葉を理解するのが難しいのだ。


 また、逆に理解し正確に受け取れたとしても、この歌には俺とエティーの魔力が込められている。

 歌詞によっては劇薬になりかねない。

 今朝は農作物についての歌で、選曲理由はちょうど夏野菜が育っている時期だからだ。

 よりおいしくより栄養価の高い物が収穫出来るように、この歌を作った。

 不思議なもので、僅かながら野菜への魔法効果が確認されている。

 植物にも心があるのかもな。地球じゃないから何があっても不思議ではない。


 この歌は直接農民達を歌った歌ではないが、自分達の仕事を子供とはいえ権力者側の人間が理解してくれている、皆の前で声高らかに伝えてくれるというのはとても励みになるらしい。

 元は俺の個人的な発声練習兼魔法の練習兼趣味的な日課だったのだから、人の為になるなら嬉しいもんだ。

 隣に立つエティーが俺の手を握って来た。

 もうすぐこの歌の終わり、いわゆる大サビになる。

 感情が昂ぶり過ぎる傾向にあるエティーが、念の為にと俺に制御を頼って来たのだろう。

 歌いつつ、手を通じて感じるエティーの魔力を、自分の魔力で包み込んでやる。

 さぁ、思い切り歌っても大丈夫だぞ。


「「実れや実れ 大きく 甘く たくましく

  実れや実れ 強く 色濃く 数多く」」


 歌い終わり、エティーと顔を見合わせる。

 少し紅潮した満足そうな笑顔。やっぱり歌って良いよな。


「「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」


 広場の人々が歓声を上げる。

 手を叩いたり、両手を挙げたり、泣いたりしているのが見える。

 大袈裟だが、まぁありがとう。


 皆に手を振り、テラスを後にする。さぁ朝食だ。



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