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七話:義兄上とお風呂

 夕食は終始和やかかに進み、誰かの食器が突然割れたりする事はなかった。

 料理や食材など、地球と特に大きな違いはない。

 日本食が恋しくて涙が出そうになる時があるが、こればかりは仕方がないと半ば諦めている。

 今のところ米も味噌も醤油も見つけられていない。

 俺に一から作り出すような知識があれば良かったんだけど、出来ないものはどうしようもない。

 上下水道が整備されており、入浴の習慣がある世界であるだけ十分だと思おう。

 そう言えば、屋敷に帰って来てからまだ風呂に入っていない。

 昼寝するまでに入っておけば良かった。


 という事で、屋敷の風呂場へ向かう。

 食後の雑談時に入浴する事を話すと、義兄上も一緒にという事になった。

 父上はまだ執務が残っているとの事で不参加。

 女性・男性共に異性に裸を見せる・見られるのに羞恥心を覚えるというのがこの世界での当たり前だ。

 女性優位の社会だからといって、性欲も女性の方が特別強いという事にはならないらしい。

 ちょうど同じくらいの割合かなと思っている。

 つまり、前世を覚えている俺の感覚では、男は性により大人しく、女はより積極的と言える。


 母・妹から一緒に入りたいコールがあったが、姉上が抑えてくれた。

 これは主に姉上が夫であるシェルツの裸を母と妹に見られたくないが為の事だ。

 恐らく母と妹がいなければ、俺達と一緒に入るとゴネていただろう。

 だからこの世界では男だから裸を見られて何とも思わない、という感覚の俺は割と珍しい部類に入る。

 さすがに母上や姉・妹と一緒に風呂に入るのは色々と困ってしまうのでお断りするし、当然義兄上も母が一緒に入るのは抵抗するだろう。父上も止めるはずだ。


 そんな、俺からするとややこしい倫理観があるので、貴族だからといって入浴の世話をしてくれるようなメイドはいない。

 少なくともうちの屋敷には。

 この世界では、自分の夫や息子が他の女の手で体中触られるというのを女性当主が忌避するので、基本的にある程度の年齢になれば自分で洗うようになる。

 小さい頃はとても恥ずかしかった。

 ポーシェが頭からつま先まで全て手ずから洗ってくれるもんだから嫌がって抵抗し、最初の頃は風呂嫌いなのかと思われていたくらいだ。

 ならば男性の執事などが入浴担当に代わりそうなものだが、最近までずっとポーシェが担当のままだったな。

 ポーシェがある意味意地になってしまったのかもしれない。


 ◆


 大きな浴槽に義兄上と二人で浸かる。

 もちろん先に身体は洗ってある。


「さて、捕虜の娘についての話なんだけど、良いかな?」


 敵の指揮官、カーニャ・ヴェーニィ・ヴォワザンの事だ。

 夕食時は話題に上がらなかったので、いつその話をされるのだろうと思っていたら今だったか。

 男同士二人きり、ゆっくり話が出来るタイミングというのはなかなかないもんな。


「実はあの娘の処遇について、エテピシェ伯爵家からの特使が来てね」


「ユニオーヌの伯爵家からですか」


 ユニオーヌ連合は、我がモナルキア王国とアンピライヒ帝国の間に位置する緩衝地帯のようなものだ。

 かつてそれぞれの大国に属していた家や、独自勢力などが寄せ集まって出来た小国である。


「どうやらあの娘には婚約者がいたらしくてね。エテピシェ伯爵家の分家の当主に据えられる予定だったみたいなんだ」


 婚約者がいて据えられる予定だった、という過去形が気になるのだけれど。


「分家とは言え、外から招かれる当主だからね。

 処女性が求められる」


 女性にしても男性にしても、結婚するまで清らかな体でいるよう求められる訳ではないが、別の家の当主になる予定の女性については話が変わる。

 迎え入れる家からすれば、その女性が処女でなければ、どうしても本当にうちの血筋の子供が生まれるのかどうか不安に思うからだ。

 当然DNA鑑定なんてものはないし、結婚してすぐに出来た子供が本当に夫の子供であるという確実な保障が欲しくなるのも頷ける。

 だから俺が捕虜として連れて帰って来てしまったので、慌てて特使を送って来たのかな。

 別にあの子に固執するつもりはないが、そっちからちょっかい出して来たクセに取られたら返せって厚かましいもんだな。


「戦に負けるとしても、まさか指揮官を逃がす間もなく全滅させられるとは思ってもいなかったんだろうね」


 結婚して別の家の次期当主に指名される前に、戦での功績を作っておきたかったとか、そんな感じだろうか。


「特使があの娘を速やかに無傷で返還しなければ、連合としても考えがあると言い出した」


「それはまた物騒ですね」


 エテピシェ伯爵家があの娘を返してほしいのなら、直接うちに言って来る前にヴォワザン子爵家へ協力するなり圧力を掛けるなりするのが先だろう。

 うちとヴォワザン子爵家との協議で金なり土地の分割なり、敗戦後の交渉をするのが普通だろ。

 特使が捕虜に拘っているのを見抜いた父上から強気な条件を突き付けられて、逆上したのか?


「いや、うちとしてはすぐに返してもいいんだけどね……」


 義兄上が苦笑を浮かべる。

 義兄上も一般的な貴族と同じく髪の毛を伸ばしている。

 湯船に髪の浸からないようタオルで巻いているから、パッと見は幸薄そうな女性に見えなくもない。


「お母様とお父様はどう仰っているのですか?」


 父上は俺に初体験の相手としてカーニャはどうだと提案して来たが、それはあくまで俺が望めばという前提がある。

 外交上の戦略としては、すぐに返しても特に問題のない存在だ。

 もちろん面子的にすんなり返すのはよろしくないのだろけど。


「お義母様はお義父様に一任すると仰っていてね。

 ……お義父様からお話はあったよね?」


「ええ、好きにして良いと言われました」


 昼寝した後、目を覚ましながら少し考えたが、カーニャに手を出すのは少し怖い。

 前世・今世を含めて初めて誰かと致すという事に対して及び腰になっているのもあるが、それとはまた少し違った悩みというか、不安があるのだ。


 俺、ベッドの上でも感情を制御し切れるかどうか、不安なんだよな……。

 あぁいうのってさ、無言で無表情無感動にするもんじゃないじゃん?

 やった事ないから分からないんだけど。

 激しく求めるが故に、魔力が暴走して部屋が吹き飛んだりしないか?

 赤ん坊の時のように。

 それだけが本当に不安だ。

 普段からあまり股間が存在感を主張しないので、いざと言う時にどんなパッションが(ほとばし)るのかが想像出来ないでいる。

 いや、もちろん今後の人生においては避けて通れない事ではあるんだけど。

 だから、悪い言い方ではあるが今のうちにカーニャで予行演習しろ、という事なんだけど……。


 この世界の男性はどういった性生活を送っているのだろうか。

 両親はもちろん姉達にも家庭教師にも王立学院の教師にも教わらなかった。

 男友達でさえ話題に挙げない。

 だからこそ余計にとても繊細な問題なのだろうと思って誰にも聞けないでいる。


「好きにして良い、か。そう言われてもなかなか難しいよね」


 おっ、義兄上も俺みたいに思春期があった訳だ。

 俺は純粋な思春期ではないけど、参考までにどのような事を考えていたのか聞いてみたいな。


「お義兄様は、初めての時どんな感じだったんですか?」


ちゃぽーーーん


 何故何も答えない。

 薄く笑みを浮かべて、義兄上は天井を見上げている。

 あれか、色々とあったのか。

 相手は誰だ?


 おっと、もしかするとそこが問題なのかもしれない。

 初めての相手が姉上でなかったとして、それを俺に言うのが憚られているのか。

 姉上は嫉妬深いからなぁ。

 大丈夫、誰にも何も言いませんとも。


「……そうそう、あの娘の話だけど」


 話題を変えて来たな。

 いや、元々その話だったのだ。

 思い出して話を戻した、と言う方が正しいか。


「アルティは犬は好きかい?」


 えーっと、戻ったはずの話の流れが急に飛んで跳ねてスベって転んだな。

 義兄上、お湯に浸かり過ぎて(のぼ)せましたか?


 この世界の犬は地球の犬とほぼ同じなのだが、狩猟犬や軍用犬のような強力な犬種がほとんどで、チワワなどの愛玩犬は見られない。

 対して、この世界の猫の背中には翼が生えている。

 しかしその翼をはためかせて空を飛ぶ事は出来ない。

 ムササビのように滑空出来なくもないが、ムササビに比べて身体が大きいのでほぼ落ちるに近いものだ。

 おそらくだけど、猫は元々空を飛べていたが、人間に飼われる事でその必要性が下がり、進化の過程で飛べなくなったのだろう。

 俺は魔法のある世界だからなぁ、何があるか分からないよなぁ、と納得する事にしている。

 そもそも猫と表現しているだけで、地球の動物とこちらの動物の生態が同じであるかどうか、俺には分からん。

 犬と違い、人間の役に立つような存在ではない。

 主に愛玩用のペットという扱いなんじゃないだろうか。


 この世界にはゲームでよく出て来るような分かりやすい魔物はいない。

 動物にも感情があるので、知能が高い動物ほど魔力が高く、身体強化の魔法を使うのでとても危険だ。

 馬や犬のように、長く人と共に生きているような動物にも、もちろん魔力が備わっている。

 ついでに挙げておくと、火を噴き空を飛ぶ竜は存在するらしい。

 あれだ、魔法のある世界だから仕方ない。


「僕は猫派ですね、ご存じの通り猫を飼っていますから」


 うちの屋敷で飼っているのは、地球の猫の種類でいうとロシアンブルーだろうか。

 色は限りなく黒に近いグレー。

 翼はそれほど大きくなく、滑空すらままならない。

 地球の猫と同じく、あまり人に愛想を振りまくようなタイプではない。

 来客のある際など、どこかに隠れてしまう事が多い。

 名前はミィチェ、とても可愛いメス猫だ。


「猫派か、面白い表現だ。

 ミィチェが一番懐いているのはアルティだったね」


 犬派だ猫派だという議論は、この世界ではあまりないのだろうか。

 元々父上が飼っていたらしいミィチェ。

 母上と結婚して連れて来られた形になる。

 今では父上よりも俺にばかり擦り寄って来る。

 他の家族が構えば構うほど嫌がられ、余計に俺ばかりに懐くという悪循環。

 いや、俺にとっては好循環とも言えるけれど。


「あの娘だが、見た目は猫で中身は犬だ。

 そういう意味ではアルティは気に入るかもしれないな」


 そこでまたカーニャに話題が戻る、と。しかしやはり意味が分からない。

 敵の指揮官であり、婚約者の家の次期当主に内々定されていたカーニャが、見た目は猫で性格は犬、と。

 可愛らしい外見だけど、攻撃的でよく吠える、とかだろうか。


「まぁ、明日会えば分かるよ」


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