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六話:お坊ちゃまと侍女

 この世界の常識は、俺をとても驚かせて来る事が多い。

 ただでさえ日本という国は島国、そして鎖国をしていた事から、他国との常識や当たり前というものがかけ離れている事があった。


 今は世界そのものが違う。

 そして俺は貴族という特殊な立場に生まれた。

 俺が慣れていかなければならないのは分かっているが、ちょっと今回はさすがに面食らった。

 父上が出て行った部屋で一人、横になって先ほどの会話を思い出す。


 父上が俺にあの娘は好みのタイプだったか確認した理由は、そろそろ初体験をしたらどうだ? という提案だった。

 自分でもたまに忘れる事がある。

 精神年齢は別として、アルティスラという男の子は十四歳なのである。

 背もこの数ヶ月でぐんと伸びできたし、もちろん精通もしている。

 常に人目がある環境にいるので、自家発電の機会はとても少ないが……。


 俺としては少々自分の身体に疑問を抱いている。

 精通はしているが、髭が生えてこない。

 声変わりもまだ。

 そして、このくらいの年齢の男の子が朝起きた時に非常に困る生理現象が見られない。

 毎朝スタンダップしてるヤツも、月に一回くらいの確率で自爆してしまうヤツも。


 前世で十四歳だった時には毎朝存在感を主張していたし、家族に隠れて洗濯した経験だってある。

 それに比べてこの身体はあまりに大人しいと感じてしまう。

 だが、何度も言うように地球での常識がこの世界では通用しない。

 焦る必要などないし、なるようになるんだろうと思っていた。


 そこに来ての父上からの提案。

 簡単に言うと、恥ずかしい思いをしても問題ない女なんだから練習台にしちゃえばどう? という提案なのだ。

 貴族の性事情はお家を残す為には絶対に避けて通れない複雑で繊細な問題である、らしい。

 母上や父上、そして屋敷内の侍女やメイド、執事達の俺に対するやや過剰な気遣いからそう感じる。

 俺がどこぞのレディとファーストナイトにベッドをトゥギャザーする時、何かショッキングなサムシングがハプンする事で、マイサンがインポテンツになる事をベリベリウォーリーしているのだ。

 そこまで繊細な扱いを受けた事がないので正直放っておいてほしいと思っている。


 正直に告白すると、俺は前世でもそのような経験は致していない。

 この世界においてももちろんまだだ。

 好きだとか恋だとか、ましてや愛など知らん。

 学生時代は男同士バカみたいな話題で盛り上がっていただけの坊やだったし、女っ気のない浪人生活の末に死んでしまったし。

 だからと言ってこの先、恋愛をしてあんな事やこんな事をしちゃう、という期待もあまり持っていなかった。

 だって俺貴族子女だし。

 そのうちどこかの貴族家に貰われて行く身だし。


 変に今のうちに彼女だ恋人だと作ったら、親に引き離されたりするかもだし。

 そもそも俺の周りの女の子、前世で言うところの中学二年生だ。

 手を出したら犯罪だという常識が俺に歯止めを掛ける。

 みんな妹だとか親戚の子だとか、そんな目でしか見ていない。

 実際血の繋がった、妹のエティもいるし。


「何かお困り事ですか?」


「いや、それほど困っている訳ではないんだがな……」


 父上が退室ししばらくした後、侍女が俺の部屋へ戻って来た。

 彼女はこの部屋に待機するのも仕事のうちなのだ。

 ベッドで横になり、ため息をついている俺を気に掛けているのだろう。


 家事や育児的な役割をしているのがメイド。

 俺の仕事上の補佐や秘書的役割をしているのが侍女や執事。

 メイドは街から雇う事も多いが、侍女と執事に関してはほぼ縁故採用。

 シュライエン辺境伯家の配下にいる貴族家の子女や、友好関係にある貴族家の子女などから選ぶ。

 この侍女は父上のご実家のリトゥアール侯爵家、その分家の娘だったはず。

 俺が幼い頃から付いてくれていて、本来メイドがするような俺の就寝と起床、着替えの世話などを甲斐甲斐しくしてくれている。

 そう言えばこの娘も十七歳だったな。五つ上のお姉さんだ。

 生真面目で感情の起伏を表に出さず、いつも無表情なので掴み所のない子だ。

 けれど俺は結構この子の事を信頼している。


「ではそろそろ休まれた方がよろしいかと。明日収容所へ向かう予定になったのですから」


 そう言って、俺にフリフリのレースがあしらわれたピンクのワンピースを寄越す侍女。

 こういう所は未だに信頼出来ない。

 このような寝間着が貴族階級で流行しているらしいと侍女は言う。

 それが本当なのか俺には判断が付かないし、そもそもこんな寝間着を着たくない。

 ピンクのワンピースで寝るくらいなら裸で寝た方がマシだ。

 浪人生活をしていた時はTシャツにトランクスで寝ていたのだから。

 自分で鎧の下に来ていた厚手の衣類を脱ごうとすると、仕方なさげにいつも着ている丈の長いガウンのような寝間着を出してくれた。


「夕食のお時間になりましたら、また覚醒の魔法で起こさせて頂きます」


「あぁ、頼む」


 両親からの言いつけで、俺の就寝と起床は魔法で管理されている。

 昼寝であってもだ。

 侍女がベッドに横になる俺の傍に立ち、安らぎの魔力を放出する。

 それにあてられて俺は夢の世界へ……、いや夢は見ないからこういった場合は何と表現するものなのだろうか。夢を見ないから夢精しないのか。

 そんなしょうもない事を考えているうちに思考は闇の中へ沈み、俺は眠ってしまった。



「お坊ちゃま、そろそろお時間です」


「……分かった、ありがとうポーシェ」


 自分で思っている以上に疲れていたようだ。

 身体全体の反応が鈍く、意識の覚醒に少し時間が掛かる。

 腰もじんわりと重い気がする。何となく気だるい。


 侍女、ポーシェの手を借りてベッドを出て、身支度をする。

 家族と夕食を採るだけでもそれなりに身なりを整えておかなければならないというのは本当に面倒だ。

 が、ポーシェが世話をしてくれるのだ。

 あれは嫌だこれはしたくないとわがままを言うと罰が当たるというものだ。


「ちょっと待て、何で髪の毛が三つ編みになっている?」


 前髪の左側が三つ編みにされている。

 寝ている間にやられてしまったようだ。

 全く油断も隙もないな!

 寝惚けたまま夕食へ行っていたら家族全員に見られているところだった。


「お坊ちゃまにはもう少し身嗜みに気を配って頂きたく」


「不要だ、この三つ編みを解かぬというなら根本から切り落とす」


 これが本当に貴族子息の身嗜みなのだろうか。

 最先端なのだとしても、俺はこんな格好したくない。

 またポーシェは渋々といった感じで俺の三つ編みを解いた。


「では参りましょう。ご案内致します」


 自宅なのに案内が必要とか、本当に貴族は面倒だな。



 家族用の食堂ではなく来客用の食堂へ案内された。

 特に領外からの来客があった訳ではなく、普段は離れに住んでいる姉とその配偶者……、面倒だから姉夫婦で良いか。

 アヴェルス姉上とシェルツ義兄上は捕虜の様子を見に行った結果を母上に報告しに来て、その流れで一緒に夕食を、となったのだろう。


「アルティスラ、よく戻った」


「ありがとうございます、姉上」


 次期当主として俺をねぎらってくれる姉上。

 本来そんなお言葉を頂けるような大した仕事ではなかったんだけどな。

 わざわざ次期当主からお褒め頂くなんて仰々しいな。

 初陣だから特別対応してくれているのかもしれない。


「もうっ、お姉ちゃんって呼んでくれと言っているだろう!」


 次期当主の仮面はすぐに外された。

 ただの弟大好き姉さんに早変わり。

 こんなダメ姉も普段はしっかりと次期当主として母上の補佐を務めているのだから、人というのは分からないものだ。


「アヴィ、あまり構うと嫌われるよ」


 苦笑を浮かべる義兄上。

 義兄上も上に姉がおられるので、俺と同じ経験があるのかもしれない。


「そんな事ないぞ!

 アーちゃんはいつまで経っても私の可愛い可愛い弟なんだからな!!」


 さすがにこの歳でアーちゃんは止めてほしい。


「はいはい失礼致しますわ。

 さぁお兄様、こちらへいらしてっ」


 弟への愛を語る長姉(ちょうし)の脇を抜け、末妹(まつまい)が俺の手を取り食卓へ誘導する。

 ちゃっかり隣の席に座るエティー。


「あ゛あ゛―――!!」


 来客用の食堂ではあるが、今回は身内しかいないので席次やマナーなどはあまりうるさく言われない。

 それを良い事に毎回俺の隣に座ろうとし、毎回エティーに邪魔をされる姉上。

 もちろん本気で残念がっている訳ではなく、あくまで姉妹のコミュニケーションとして大袈裟に言い合っているだけなので、魔力の漏れなどは起こらない。

 多分。


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