四話:「おにぃぃぃ~~~さぁぁぁまぁぁぁ~~~~~~♪」
「お坊ちゃま、お館様から真っ直ぐ屋敷へ戻ってほしいとの事です」
街へ入ってすぐ、屋敷からの伝令として遣わされたメイドが神妙な表情を浮かべている。
「だろうな」
この世界の敬称については結構ややこしい。
男性主体で文化形成された訳じゃないから、旦那や奥様、主人という言葉に置き換えると誤解を与えかねない。
俺の母上はシュライエン辺境伯家当主だから、対外的にはシュライエン辺境伯と呼ばれる。
女が当主というのが当たり前なのだから、女伯爵や女主人や女将なんて言葉は相応しくない訳だ。
そこで困るのが父上を指す敬称。
この世界の言葉を直訳すると奥様と呼ぶのが正しい気がするのだが、俺の中でこんがらがってしまう。
ので、母上が外で戦っている時に家を守る役割である父上の事は、お館様とする事にしている。
館を守っているのだからあながち間違いではないだろう。
「せっかく初陣で勝利を収められたのに、申し訳ないと仰っておりました」
本来であれば凱旋パレード的に、住民へ手を振りながら街をゆっくりと回るくらいする予定だったのだろうが、まだかまだかとエティーが焦れているのだ。
父上の考えも理解出来る。
「このまま帰ってエティーを安心させるのももちろん大事だ。
だが、エティーの焦燥感にあてられた街の住民を何とかしてやる方が先だろう。
父上には後で俺から説明する」
「鎧のまま街を回られるのですか?
お召し物をお替えになった方が……」
服装をもっと煌びやかな物に。
髪に櫛を通しませんと。
騎馬ではなく馬車から手を振られては。
など侍女が提案して来たが全て却下した。
戦から帰って来たのだから、鎧を着ているのは当たり前だろう。
それにわざわざ馬車に乗り換える必要もない。
侍女に先に屋敷へ戻って両親へ戦の報告をするよう言いつける。
騎乗したままであればそれほど時間は掛からない。
住民へ顔を見せて回り、声を掛けて魔法で焦燥感を拭ってやるとしよう。
城門を抜けてすぐに見える大通りを、俺と共に戦から戻った兵士達が行進する。
その後ろを馬に乗ったまま、ゆっくりと進んでいく。
馬の周りを、戦でも活躍した男性兵士による打楽器隊に囲ませる。
タッタターン タッタターン タッタターン タッタターン
一定のリズムを刻ませて、太鼓に合わせて行進する。
俺の知識ではトランペットやサックスなどの楽器を再現する事が出来ないので、どうしてもショボい行進になってしまう。
しかしこの世界の住民にとっては関係ない。
マーチングバンドなど知らないのだから。
眉間に皺を寄せ、一様に困ったような暗い表情を見せていた住民達が帰還した兵士達、そして騎乗している俺の存在に気付く。
「若様よ……」
「戦から戻られたのね!」
「ご無事よ!」
「あぁ、尊い……」
「この街を守って下さったのよ!」
まだ魔力を放出していないのにも関わらず、街が色めき立ち始めた。
まぁ良い、エティーの魔法の影響はそこまでなかったという事だろう。
「皆の者、憎きユニオーヌの手先を打ち破り、帰って来たぞ!!」
「「「「「きゃぁぁぁぁぁ!!」」」」」
拳を掲げ、俺の無事をアピールすると共に、癒しの魔力を放出する。
ちなみにユニオーヌとは、街や村々をそれぞれ治める領主達が寄り合って出来た国のようなものである。
ユニオーヌ連合国と呼べば良いのだろうが、明確な王や帝が存在しないので、国とは違う気がする。
ただのユニオーヌ連合とするのが妥当か。
今回俺が戦ったあの指揮官は、戦闘後の取り調べによりヴォワザン子爵家の次女だと判明している。
割とすんなり話したそうだ。
あまりにもあっさり負けたから、無駄な抵抗も出来ないくらいショックを受けたのかもしれない。
大通りを進みつつ、集まって来た住民へ魔法を掛けていると、街を包み込んでいた暗い感情が払拭され、皆が笑顔を見せるまでに回復した。
この様子ならさほど時間は掛からないだろうと判断したのが間違いだった。
大通りと大通りがぶつかり、繁華街になっている十字路を左に曲がろうとすると、屋敷の方から鋭い怒りの感情が飛んで来た。
「若様、どうかこのままお戻り頂きたく……!!」
控えていた先ほどのメイドが震えながら頭を下げる。
反省、ちょっと油断していた。
街の住民を優先した事により、エティーが後回しにされたと感じて怒ってしまったのだろう。
怒りの感情が街全体を覆う。
「若様早くお戻り下さい!」
「姫様の元へ!」
「私達などお気になさらず!」
くっ、皆の者すまぬ! この埋め合わせは後日必ず……。
「おにぃぃぃ~~~さぁぁぁまぁぁぁ~~~~~~♪」
キィィィィィン
街全体の温度が下がる。
先ほどとは比べものにならないほどのエティーの魔法を受け、住民達が肩を抱き膝から崩れ落ちて行く。
屋敷のテラスで歌う妹へ向けて全力で叫ぶ。
「エティー、今帰るから!!」
俺は馬を走らせ、大急ぎで丘を駆け上がり屋敷へと戻った。
◆
先の戦を圧勝という形で終わらせた俺は、敵の指揮官とそのお付き数名を捕虜として連行した。
約五百名の敵一般兵はその場で解散、各自帰郷させた。
実に平和的な戦の終わらせ方に見えるが、武器や鎧などは全て剥ぎ取り、必要最低限の食料のみを残して全て没収。
金も馬も馬車も全て。
自分の手では殺さないが、野生生物に襲われたり、野盗に会ったりしても責任は取らない。
負けた方が悪い。
これがこの世界のお決まりなのだ。
捕虜となった指揮官の名はカーニャ・ヴェーニィ・ヴォワザン、十七歳。
現在、この街の軍事施設の一つに収容されている。
ヴェーニィとは魔法使いの階級を示している。
この世界の人々は少なからず魔力を持っており、最下級としてノルマーレという等級があるが、わざわざ名前と共に名乗る事はない。
その次が第三階級のルヴィド。
一般市民でも魔力がそこそこあれば貴族家へ取り立てられ、メイドや兵士などの職業に就く。
第二階級がカーニャの名乗るヴェーニィ。
魔力の保有量や制御する才能などは、血筋も大いに関わっているようで、この階級からは一般市民ではなかなか到達出来ず、ほぼ貴族関係者となる。
貴族家当主に選ばれるのはヴェーニィ以上の者になる。
第一階級がブリランテ。
貴族の中でも特に上位の魔法使いとなる。
素質を持って生まれた子供を、各貴族家で伝えられている魔法使いとしての育成方法に則って指導された者が至る高見だ。
それ以上の者になると、アノルマールという階級名となる。
特級的な扱いかな。
ちなみに俺の階級名はアノルマールだが、名前に入っているヴィヴァーチェは国王陛下から下賜された二つ名である。
俺が戦の際、名乗った時にカーニャが男で二つ名持ちなんて有り得ないと言っていたが、実際に貰ったんだから嘘ではない。
勝手に名乗って良いものではないからな。
カーニャのような反応を示す者の方が多いだろうけど。
「お兄様、他の女の事を考えてられますの……?」
「そんな訳ないじゃないか、ハハハ」
心を読むなんてそんな怖い魔法、存在しないはずなんだけどな。
大急ぎで屋敷に戻り、母上へ帰還の挨拶をしようとすると父上にいいから早くエティーのところへ行けと怒鳴られた。
テラスで仁王立ちしているエティーを発見。
母上譲りの真っ赤な髪の毛が風になびいてメラメラと燃えているようだ。
おー怖い怖い。
ツンとすました顔のまま、両手を俺へ突き出すエティー。
俺にお姫様抱っこをせがむ時によくやるのだが、決まって素直に甘えられない時にやる。
怒っている、けれど甘えたい。
そういう時に無言で俺に両手を差し出すのだ。
「ただいま、お姫様」
ここで不用意にゴメンなどと謝ってはならない。
あくまで堂々と自然に、エティーを抱き上げなければならないのである。
「その前に私に言わなければならない事があるのではなくって?」
「ごめんなさい遅くなりました!!」
……というやり取りの後、家族用の居間にあるソファーに移動し、鎧を外した後からずーっとお姫様抱っこのままの体勢で座っている。
かれこれ一時間ほど経ったのだが、未だ開放してもらえない。
今回の戦へ向かう際、付いて行きたいと言うエティーを説得して置いて出て行ったのだ。
父上の仰る通りに真っ直ぐに屋敷に戻るべきだったのだ。
後で父上に謝っておこう。
「本当に、本当に怪我がなくって良かったですわ」
機嫌はまだよろしくないが、エティーはずっと俺に癒やしの魔法を掛けてくれている。
気分を落ち着ける効果があり、ちょっとした体調不良であれば治る程度の魔法。
「姉様やエティーが任されるような大きな戦じゃなかったから平気だよ」
兄の俺よりも、妹のエティーの方が初陣は早かった。
いや、男である俺が戦場に立つ方が珍しいんだけど。
うちは王国でも端っこ、国境を治めている。
ユニオーヌ連合は小さな領地を持つ領主達の集まりで出来た寄せ集めの国であり、うちの領地と隣接している貴族家が複数ある。
その中でも特に小さい相手が今回ちょっかいをかけて来たヴォワザン子爵家だ。
あそこが相手なら俺の出陣を認めると母上からの許しが出たんだけど、エティーは自分が護衛として付いて行くとうるさかった。
俺が信じられないのか。
負けると思っているのか。
そんな頼りない兄なのか俺は。
自分一人でどこまでやれるか試してみたいんだ。
などなど思い付く限りの言葉を並べて説得した訳だ。
俺の実力を疑っている訳ではなく、純粋の俺の身を案じてくれていた訳だから、素直に感謝しておこう。
「もう二度とお兄様が戦場に立たなくてもいいようにする。
私がユニオーヌの田舎者共を根絶やしにして差し上げますわ!」
ハハハ、はぁ……。
妹の愛が重たい。
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