三話:音楽のない世界
魔法は心の動きを魔力に乗せて体外へ放出する、いわば心の叫び。
これはあくまで前世日本人の頃の知識を元にしているが、女性は男性に比べて感情の動きが激しいらしい。
男は原始時代、群れて獲物を狩る為に、感情ではなく合理性を優先して進化させたので感情の動きが女性に比べると少ないという説を聞いた事がある。
俺が生まれ変わったこの世界においてもそれが当てはまるのかどうか分からないが、男性よりも女性の方が圧倒的に魔力を操るのが上手く、その結果、戦いは女性の役割となっていったようだ。
身体の作りは多分地球人とそう変わらないと思う。
男の方が体格が良いし、女は丸みのあるラインがとてもセクシー。
力仕事は男の仕事。
ただし、魔力の少ない平民に限った話。
魔法による身体強化を使えば、自分よりも大きな岩を持ち上げる事が可能。
魔法ってすごい。
そして、男の優位性はさらに下がり、社会的地位は女性によって埋まっている現状が出来上がった訳だ。
だからといって男が家庭を守るという逆転現象になる訳ではない。
身体の構造上、どう頑張っても男は子供が産めないからだ。
そして、物事を自分の感情や好き嫌いではなく、損得を合理的に考える事が得意な男は内政的な職業に就くようになる。
権力は女性、実務は男性。
この世界の歴史はそのようにして紡がれてきたようだ。
あと、女性が権力者だからといって男性が媚びへつらっているとか、女性が男を侍らせるだとかいう事はない。
いや、前世の記憶を持つ俺からすると、女性はより強くあろうとしているように見えるし、男性は中性的な傾向が見られるような気もする。
総合的に考えると、上手く社会が回っているんだからこういう形もありなのかなと思っている。
ただ、不満はある。
インターネットどころかパソコンもスマホもない。テレビもないしラジオもない。
自動車ももちろんないが、馬車はよく見かけるし、実際俺も小さい頃から乗っており、慣れ親しんでいる。
文明レベル的にはどれくらいなのだろうか。
十四になった今でも俺は実家のあるロンタナと王立学院のある王都、その間にある村や街くらいしか見た事がないが、煙をもくもくと吐いている工場などは見掛けない。
それとなく情報収集した結果、蒸気機関はまだ開発されていないと思われる。
電気という概念もまだないかも。日が沈めば就寝する家庭がほとんどで、夜道を照らすのは月明かりか松明くらいだ。
そういえば火薬も聞いた事がないな。
この世界における戦の武器は剣や槍。銃はまだ登場していない。
弓矢も主に狩猟では使われるが、戦場でピュンピュンと矢を飛ばす事はない。
戦の場であっても、この世界の人々は極力殺生を避ける形で争っている。
相手を負かせても命までは取らない。
捕虜を取っても最後は返す。
もちろん、時と場合によってはその限りではないが。
これも女性優位社会だから、と言えるだろうか。
そして地球との大きな違い、ピアノもギターもハープも太鼓すらなかった。
楽器だけではない、音楽という音楽が全く聞こえて来なかった。
赤ん坊を寝かし付ける際、必ずと言っていいほど子守唄を歌うだろう。
しかし俺が夜に寝かし付けられる時、俺付きのメイドが魔法を使って眠るよう促すのだ。
気付いたら朝になっているので、子守唄歌わねーなーなんて気付く事もなかった。
昔話はあっても童謡はないし、詩はあっても曲はない。
曲がないからリズムもないしダンスもない。
そしてもちろん、カラオケもない。
音楽がないと気付いてから、その理由を知ろうと色々観察した結果、皆が音を楽しまないようにしているのでは、という仮説が浮かんだ。
それは何故か。
魔法が存在する世界だからだと俺は考えた。
音楽により感情が昂ぶると、意図しない形で魔力が放出される。
魔法の暴発だ。
大人達は常日頃から感情を漏らさないよう気を付けて生活している。
だから無意識的に音を楽しまないような文化・生活になったのではないだろうか。
あくまで俺の仮説に過ぎない。
あと、俺の周りの人間はほぼ例外なく音痴。
そしてリズム感がない。
スキップすら出来ないレベル。
音楽がない世界だから音痴なのか、音痴でリズム感がない種族だから音楽が発生しなかったのか、そこまでは分からない。
一つ下に生まれた妹、エティーに対して、生まれた時から付きっきりで歌を聞かせたり、肩をトントンしてリズムを植え付けたりしていた結果、上手に歌えるように育った。
それを見ていた上の姉達や母上もある程度歌えるようになったし、人種的に音痴でリズム感がないという訳ではないようだ。
歌う事で感情が制御出来なくなるという難点は、俺が手を握って相手の魔力を抑制する事で払拭した。
慣れれば一人で歌えるようになるのだ。
ただ、この訓練方法は俺にしか指導出来ないという難点がある。
しかしだからと言って困る事でもないんだけど。
音楽というものに慣れ親しんだ記憶のある俺は、この世界において優位な魔法使いであるという事。
訓練方法や指導方法は俺がいないと真似出来ないものだから、特にシュライエン辺境伯家の重大な機密という扱いはしていない。
父上からは、俺が不特定多数にペラペラと話さなければ問題ないと言われている。
むしろ父上からの指示で、うちと付き合いのある家へ指導したりしている。
音楽を技術として秘匿するのではなく、公にする事で政治的や軍事的に優位に立てるそうな。
うちと仲の良い王家や貴族家へは恩を売ってさらに繋がりを増し、そうでない勢力には牽制する事が出来る。
技術を教えてほしいが為に擦り寄ろうと画策する家もあるとかないとか。
そういう外交的な方針を決めるのは辺境伯家当主である母上ではなく、その伴侶である父上の仕事。
シュライエン家だけでなくだいたい男性貴族がその役割を担っているので、俺も将来的には結婚相手の家の外交を任されるのだと思う。
今までの流れでだいたい分かるだろうけど、貴族家の当主は女性。
そしてそれを支えるのが男性。
嫁ぐ、と漢字にすると女性が生まれた家を出て結婚相手の家に入るイメージだが、この世界では嫁ぐのは主に男だ。
もちろん例外はあるが。
俺にはまだ婚約者がいないので、どんな家に入る事になるかまだ分からない。
一番上の姉はすでに結婚しており、次期当主としても指名されているので、男である俺がこの家に残る事はないと思う。
二番目の姉はこの国の王子様と結婚し、王城で生活している。
王家へ嫁いだ訳ではなく、住んでる場所が王城なだけ。
王都議会へシュライエン家の代表として出席する議員のような役割だ。
父上の指示の元、王家との折衝や外交的な仕事も任されている。
俺の通う王立学院から王城はすぐの場所なので、割と頻繁に顔を合わせている。
俺が王都へ戻れば、今回の戦について詳しく話を聞かせろと呼び出される事だろう。
血の気が多いからな、リオ姉さんは。
自分的には不完全燃焼だった戦を終え、三日かけてようやくロンタナの街へと帰って来れた。
城門のさらに向こう、小高い丘に建つ我が家が見えてきた。
その屋敷からひしひしと焦燥感の込められた魔力が放たれている。
俺が跨っている馬がそわそわし出した。
どうどうどう。
妹よ、街の人達を巻き込むんじゃない。