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二話:魔法のある世界

 俺の前世、最期の記憶はカラオケである。

 現役で志望する大学に受かる事が出来ず、浪人をしていた俺。

 朝から晩まで勉強漬けの毎日。

 身体を動かす事なく常に同じ体勢で机に向かい、睡眠時間もしっかりとは取らず、意地になって受験勉強だけをしていた。

 そんな俺の二ヶ月に一回の楽しみが一人カラオケだったのだ。


 声を出す、汗を流す、感情を発露する。

 体内から何かを出すというのはとても気持ちの良いものだ。

 フリータイムで入り、気が済むか声が枯れて出なくなるまで歌い続けた。

 入試本番まで残り僅か。

 最後のお楽しみのつもりが、本当の最期のお楽しみになってしまったらしい。

 立ち上がり、拳を握り締め、腹の底から声を出し歌っていたら突然目の前が真っ暗になり、そこで記憶が途切れた。

 多分あの時脳内の血管が破裂したんだろうな。

 かなり不規則で不摂生な生活をしていたからな。

 両親、そしてカラオケの店員さんには申し訳のない事をした。


 そこから少し時間の感覚が飛ぶ。

 自分がボーッとしていた事にやっと気付いた、と言う表現が近い気がする。

 俺は天井を見上げていて、手と足が何だか動かしにくくて、お尻が何だかむずむずしていた。

 お米を炊いたようなふんわかした匂いを感じて、無理矢理に動かした手の指先、爪で頬を引っ掻いてしまって、何だか突然悲しくなって。


 俺は大声で泣き叫んでしまった。


『どこだよここは!?

 何で手と足が動かないんだよ!?

 んでケツ気持ち悪いし!!

 ついでにほっぺた痛てぇ!!』


 いくら叫んでも自分の声が聞こえない。

 聞こえるのはフニャフニャという情けない声だけ。

 それが自分の声だなんて、すぐに気付ける訳ないじゃないか。

 そんなフニャフニャな情けない声を聞き付けてか、上品そうな女の人が現れた。

 ゆったりとした白いドレスを来た赤毛の綺麗な白人さんだ。

 そんなか弱そうな人が俺をひょいと抱き上げたんだ。

 超ビビった。

 俺を軽々と抱き上げるこの女の人。

 綺麗だけど、俺との体格差を考えると巨人と言って差し支えない。

 殺される、最悪食われる。

 恐怖が心の中を染め上げた。


『いやいや、えっ!? 怖い怖い怖い~~~!!』


 カラオケで鍛え上げた喉であらん限りの声を振り絞って叫んだ。

 その瞬間、俺が見上げていた天井が吹き飛んだ。

 天井だけでなく壁も家具も部屋ごと全て。

 大丈夫だったのは、俺を抱き上げた女の人だけだった。

 目をまん丸にして驚いているのが分かったが、俺はそのまままた気を失ってしまったのだった。


 俺が死んでしまった事、そして日本ではないどこかで生まれ変わったのだと理解したのは、それから少し経ってからだった。

 俺が無意識に放った魔法で吹き飛んでしまった部屋は、すぐに改修された。

 日中の半分程度をその俺専用に与えられた部屋で、寝る時間は両親の寝室で、その他の時間は居間や庭や姉達の部屋などで過ごした。


 赤ん坊である俺に対して“ぱぺらぽぺら”と気の抜ける声で話し掛けてくる俺の母親や父親、姉らしき二人の少女。

 最初は赤ん坊をあやす為に変な赤ちゃん言葉を使っているのだと思っていたが、どうやら俺が聞いた事のない言語で話し掛けているのだと思い至った。

 それからは割と早かった。

 言語習得において大切なのは文法や記述ではなくひたすらリスニング。

 耳を慣れさせる事。

 同じ音を探して意味を見出す事。

 多分ね。


 母親のお乳を卒業するまでにある程度の家族の会話は理解出来るようになっていた。

 どうやら俺は貴族の家に生まれたらしい。

 それもかなりの大金持ち。

 屋敷なんて滅茶苦茶広い。


 辺境伯、なんて単語の意味を具体的に理解したのはもっと後になってからだけど。

 俺がまだ自分で歩けるようになる少し前くらい。

 生まれ変わるってこんな感じなのかー、でも前世の記憶が消えてないのは良かったのか悪かったのか判断出来ないなーと思っていたところで、俺はもう一つ重大な事に気付いたのだ。


 ここが、地球ではない事に。



 それは俺付きのメイドさんに抱かれ、お稽古をしている姉達を見に行った時。

 庭、と呼ぶにも広い場所で母上自らが姉二人を指導しているのを眺めていた。

 当時六歳だった上の姉と四歳だった二番目の姉が向かい合い、睨み合っている。

 普段は仲の良い姉妹なのに不思議な光景だった。


「あなたなんてキライよ!!」


 薄紫のワンピースを着ているのが長女、アヴェルス。

 母上譲りの燃えるような赤髪。


「ワタシだってねぇさまのこと、キライよ!!」


 黄色のワンピースを着ているのが次女、リオーシュ。

 父上譲りの月光を思わせるような銀髪。

 まだ幼い女の子の言い合い。

 二人ともドレスのお腹らへんを握り締め、怒ってるのよ! と精一杯態度で示そうとしているように見えた。


「もっと心を込めて、想いをぶつけて相手を圧倒させるのよ」


 そんな二人に指導しているのが俺達の母親。

 シュライエン辺境伯家当主、パシュオネ・キラルディアナ・ロンタナ・シュライエンその人である。

 ちなみに一番最初のパシュオネが名前、その次のキラルディアナが魔法使いとしての二つ名、シュライエンは家名。

 間に挟まれているロンタナはシュライエン辺境伯家が治めている地方の名称だ。

 治めている土地を名前の一部に入れて名乗る事が許されるのは貴族家当主か、正式に指名された次期当主だけ。


 で、向かい合っている姉達二人の間には人型の板が立てられていた。

 実際に姉達が睨んでいるのはその板で、板越しに“パーパーポーポー”と可愛い口喧嘩が行われていたのだ。


「きのうおねしょしたでしょっ!」


「はぬけっ!」


「わたしのおさらにおやさいいれてこないでっ!」


「ん~~~! まぬけっ!!」


 ある程度思い通りに喋る事が出来るアヴェルスと、何を言えばいいのかすぐに出て来ない様子のリオーシュ。


「そうそう、良い調子よ」


 何が良いのか分からなかったが、母上は両者の真ん中にある板が僅かに揺れているのを見て良い調子であると言っていたのだ。


「もっと短い言葉で、思い切り気持ちを込めてみて」


「ばかっ!」


「ばーーーかっ!」


「ばかばかばかっ!」

「ばーーーーーかーーーーーっ!!」


 パンッ!!

 二人がバカバカ言い合った結果、真ん中に置かれた板が爆ぜた。

 そして小さな木片がくるくると回転しながら俺の額目掛けて飛んで来た。


「ピャーーー!!」


 幼女がバカバカ言い合って板が割れた事による驚き、理解出来ない現象を目の当たりにした時の恐怖心、そして木片が自分に向かって来た事による防衛本能からか、俺は思い切り泣き叫んでしまった。


「大丈夫、怖くないですよお坊ちゃま」


 ぽわーっと優しい温かさを感じる。

 抱っこしてくれていたメイドが俺を落ち着かせる為に魔法を使ったのだ。


「あーちゃん!」

「あーたん!」


 俺に気付いた二人の姉が駆け寄って来た。

 そしてメイドから俺をひったくり、二人して俺のおでこやほっぺにキスしまくる。


「だいじょうぶよ、こわくないよ」


「だいじょうぶ、だいじょーぶっ」


 じんじんじーんっと頭からつま先まで温泉に入ったような心地良さに包まれて、俺はそのまま眠ってしまった。

 心は大人でも身体は赤ちゃんだから、生理的欲求には抗えない。


 この時俺が泣いたのは姉達から怒りを込められた魔力が放出されたかららしい。

 そして、飛んで来た木片は俺が放出した恐怖が込められた魔力によって文字通り木端微塵になったとか。

 姉達は俺を泣き止ませようと慈しみの込められた魔力を放出したので、俺は落ち着くのを通り越して眠ってしまったという話。

 母上は板を爆ぜさせた姉達ではなく、泣き叫び恐怖の魔力を放出した赤ん坊の俺の才能に改めて驚かされたと話してくれた。

 泣いて部屋が吹き飛んだ事も、よくよく考えると俺の魔法だったという事だ。


 姉達のお稽古を見に行った事をきっかけに、俺はまだ自分の足で歩く事もままならない月齢で姉達に交じって母上から魔法を教わる事になった。

 まだ赤ん坊の、それも男に対して当主直々に指南するとは何たる事だと家中からやいやい言われたそうだ。

 しかし母上はそんな声には耳を傾けず、姉達と変わらぬ指導をしてくれた。母上の教えの中で、何があっても絶対に守らなければならないと言われた言葉がある。


 男である事を理由に何かを諦めたり悲観したりしてはいけない。


 その理由は、この世界において男の魔法使いは非常に少なく。

 一流の魔法使いは、女性ばかりだからだ。


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