十四話:犬を飼う事になった
有能過ぎるというのもまた考え物だな。
聞いていない事まで言う必要はないし、そもそも調べる必要ない事もあるんだぞ!
俺が調べておくようにポーシェに命じたように聞こえなくもないからさ、言うにしてもこっそり言ってよ……。
「使い方次第では非常に有効な駒となり得る、と。
ポーシェ、あの娘は当家に反抗する意思はないと信じて良いのか?」
父上はカーニャの現在の異常な様子を知らない。
あの様子を見ればある意味危険であり、息子に近付けない方が良いと判断するのではないだろうか。
「全く危険性はございません。ご当主様、お館様のお許しを頂けるのであれば、私に預からせて頂きたく」
ポーシェの具申を受けて、母上と父上が俺の顔色を窺って来る。
いや、俺がポーシェに言わせている訳じゃないんだが。
カーニャを婚約者の元へ送り返したくないから自分の侍女に代弁させている訳じゃないんです本当です。
「ポーシェがここまで言うのです。
問題ないのではないでしょうか?」
「ありがとうございます、エティーお嬢様」
そして何故かポーシェ全面支持を表明するエティー。
目と目で通じ合っている感が漂っている。二人ってそんなに仲良かったっけ?
「うーん……、ヴェーニィの侍女が一人増えるなら母親としてはとても安心だけれども。
仮にその娘を返さないとするならば、戦で娘の婚約者と全面的に対立するのは確定となるのかしら?」
母上が父上へ問い掛ける。
「返そうが返すまいが、あちらがそれで矛を収めるとは思えん。
自分の物を取られたと思って癇癪を起こしているのだ。
こちらとしてははた迷惑な話だが、ここまで明確に喧嘩を売られた以上、何一つ譲る必要はない。
徹底的にやるべきだろうな」
いや、だからね?
俺は今からでも出向きますよってさっきから言ってんの。
ちょっと待てと言ったのは父上でしょう?
「お坊ちゃまの戦果はご報告させて頂いた通りでございます。
加えて、先行されておりますアヴェルス様と新たに侍女とするカーニャ、そして微力ながら私もご同行致します。
相当な魔法の使い手がいたとしても、こちらに損害なく追い返す事は可能と考えます」
あー、カーニャを侍女として連れて行くのが既定路線みたいになってしまった。
つまりあれだ、奪われた婚約者が敵になって自分の前に立ちはだかるって事だろ?
うわぁ、ご愁傷様……。
「ヴェーニィである婚約者と、それを打ち負かした二つ名持ちのアルティ。
そしてその侍女ポーシェはブリランテ。
それに留まらず二つ名持ちの次期当主であるアヴィまで控えている。
これだけの戦力を相手にしなければならない状況に陥ってしまった。
エテピシェ伯爵は自分の息子を制御出来なかった報いを受ける事になりますね。
連合内での立場も危うくなるでしょう」
義兄上も同情を禁じ得ない様子。
でもまぁ、これも自業自得だからな。
馬鹿息子があんなしょうもない書状を送って来なければ、俺もすんなりカーニャを送り返していただろうに。
全く、余計な事をしやがって。
黙って婚約者が帰って来るのを待っていればこんな事にはならなかったのに。
確かにカーニャは美人だ。
ちょっと狂信的な感じがするものの、犬のように縋り付いて来るのは正直悪い気はしない。
俺が望むのなら手を出しても良いと父上のお墨付きまである。
が、俺はどうしてもその時に魔法を暴発させてしまうんじゃないかという不安があるので、頭空っぽにして飛び付くような真似は出来ないんだ。
カーニャがいる事で余計に早く手を出せ、まだ出さないのか、何で出さないんだと周りから注目されてしまう。
プレッシャーを感じる。
あぁ、考えただけでも憂鬱な気分だ。
「お兄様、やはり戦へ行くのがお嫌ですの……?」
おっと、感情を漏らしてしまったか。
まだまだ感情の制御がし切れていないという事。
余計に夜の初陣が恐ろしく感じる。
「いや、大丈夫だ。今すぐにでも準備をして出立出来るよ。何も問題ない」
◆
自室に戻り、支度をしてから母上の執務室で出立の挨拶を済ませる。
諦めずに俺を引き留めようとするエティーを宥め、屋敷を出る。
「ご主人様、お待ちしておりました」
「俺はお前を雇った覚えはないぞ」
全ての原因、カーニャが玄関のすぐ外で跪いて待っていた。
拘束はされておらず、すぐそばに武官が立っているのみ。
何があってもいいように、念の為だろう。
両親はポーシェがそこまで言うのなら、とカーニャの身柄をポーシェへ与えてしまった。
俺が意見しようとすると、父上が「分かっているみなまで言うな」と聞き入れてくれなかった。
もしかして、俺が十四歳だからいわゆる反抗期で素直になれないお年頃だと思われているんだろうか。
欲しい物が欲しいと言えないんだよな、分かってる分かってる。
そんなノリか。余計なお世話だ全く。
「はい、私はただご主人様に仕えるのみ。
望むのは一つだけでございます」
一つだけ?
何だろう、実家であるヴォワザン子爵家の扱いについてだろうか。
自分が身を持って敗戦についての賠償責任を果たすから、実家への請求を減額してほしい、とかか。
「どうか、捨てないで下さいませ」
お、おう……。
「それは貴女の働きを見て判断する事です。
貴女はただお坊ちゃまへ尽くせば良いだけの事。
弁えなさい」
「申し訳ございません、精一杯尽くさせて頂きます」
さらに頭を下げるカーニャ。
まるで土下座のようだ。
茶髪の少女が地面に土下座する光景。
ちょっとだけ胸がざわめくのは何故だろうか。
もしかして、カーニャが俺に魔法を放っている……?
「お坊ちゃま、ご当主様とお館様のご了解は得ました。
私が責任を持ってカーニャの面倒を見ますので、お坊ちゃまはただ私と同じようにカーニャを扱って頂ければ」
「いや、ポーシェと同じ扱いは出来ないだろ。
昨日まで敵指揮官だったカーニャを信用しろと言うだけでも難しいのに、俺が一番信頼しているポーシェと同じ扱いなんて出来る訳がない」
ポーシェとはほとんどと言ってよいほどの時間を共に過ごし、もう一人の姉と言っても良いくらいに想っている。
主従関係ではあるが、一番身近な女性なのだ。
そのポーシェと同じようにカーニャを想える訳ないじゃないか。
そう考えていると、ポーシェが顔を伏せて眉間に皺を寄せてしまった。
こめかみの動きから奥歯を噛み締めているのが分かる。
もしかして、俺がポーシェの進言を否定するような事を言ったから、怒らせてしまったのだろうか。
表情を隠すのが上手いとはいえ、こんな時もあるんだな。怒っている以上、何らかのフォローを入れておかないと後が怖いかもな。
「とは言え、俺が一番信頼しているポーシェがそう言うのであれば、そう扱うよう努力しよう。
まぁポーシェの事だ、上手くカーニャを育ててくれると信じているよ」
消極的賛成っていうのはこういう事を言うのだろうか。
いずれカーニャが信頼に足るような働きを見せるならばポーシェの功績。
そうでないなら、ポーシェが責任を持ってカーニャの引き取り手を探してもらおう。
犬だけに。
何としょうもない事を考えていると、ポーシェの口角からタラーッと血が流れ出て来た。
えぇ……、余計怒らせたのだろうか。
周りの武官やメイド達がポーシェを見てニヨニヨと笑っている。
何だ、感情が漏れるのを我慢している姿がそんなに面白いか?
まぁ珍しい光景ではあるけど、ちょっと感心しないな。
注意すべき、と俺が判断して口を開こうとした瞬間、ニヨニヨしていた者達の表情が引き攣った。
あーあ、笑ったからポーシェに睨まれている。
俺にも責任があるとはいえ、ポーシェの魔法は俺でもヒヤリとするくらい強力だからなぁ。
これから出立だというのにバタバタと倒れられたら面倒だ。俺が止めに入るとしよう。
「ポーシェ、今回も付いて来るのだろう?
出立の準備だ。
早く姉上に追い付きたい」
前回も絶対に付いて行くと言って聞かなかったからな。
カーニャは連れて行かないと話にならないだろうし。
「……畏まりました。
カーニャは戦で身に着けていた防具をそのまま使用させても構いませんでしょうか?」
「全てポーシェに任せる」
さて、移動は魔法を使って馬を強化すれば早く到着出来るだろう。
ちゃっちゃと終わらせて早く帰って来たいものだな。