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十三話:帝国子爵の陰

 ……ふむ、これはこれは。この書状を出す前に、何故添削してやらなかったのかと思うくらい稚拙な内容だ。

 貴族間のやり取りをする書状は必ず文官の確認が入る。

 この書状は貴族言葉も何もあったもんではない。

 字もかなり汚いし。

 エティーが怒っている理由は、兄である俺の事を馬鹿にした内容だったからか。


「お兄様、書いてある事など気にしてはなりませんわ!

 無礼な物言いに教養を疑う雑言、品のない恥辱、挙句の果てに戦場へ呼び出そうなど……、許せませんわ!!」


 俺を気遣ってくれていたはずのエティーが、途中から拳を握り締め怒りに震え出した。

 俺の為に怒ってくれてありがとう。

 でも魔力は抑えて、またティーカップが割れてしまう。


 妹はこうして怒ってくれるけど、俺は特に何も感じないな。

 大事に育てられてきた貴族のお坊ちゃまが、愛してやまない婚約者を連れ去った悪者に対して、「何人のモンに手ぇ出してくれとんじゃ殺すぞワレ」など思い付く限りの罵詈雑言を並べて送って寄越しただけの事だ。


「書いてある内容は酷いものだが……、つまりその書状の主はアルティを再び戦場へ誘い出して戦場で決着を付けるつもりだ。

 その際にカーニャを無傷で連れて来いとも言っている。

 もしかするとエテピシェ伯爵は息子を愛するあまり、上手く制御出来ないでいるのかもしれん。

 どうしても出陣すると言って聞かないから、帝国の子爵へ口添えを頼んで穏便に事を済まそうと考えたのではないかとも思えて来る」


 うーん、そうなんだろうか。権力がありそうでそんなにない前皇帝の姪に頼んで、うちとエテピシェ伯爵家との間を取り持ってもらおうと?

 そんな遠回しな事するだろうか。

 素直にごめんなさいすれば済む問題ではないのは俺にも理解出来る。

 いや、エテピシェ伯爵家は特に我が家と問題になった訳ではないから謝る必要すらないんだ。

 伯爵の息子が愛するカーニャを奪われたと癇癪を起こしたから出て来ざるを得なくなった、と。

 そう考えると辻褄は合う、のかな?

 自信はないが。


「そしてこの書状の一番憂慮すべき点は、ユニオーヌ連合所属エテピシェ伯爵家の家人が、モナルキア王国所属シュライエン辺境伯家の家人へ宣戦布告したと受け取れる内容である事だ」


 あっちの馬鹿息子が俺に対して喧嘩を売っているのは間違いない。

 父上が憂慮しているのは何だ?

 子供の喧嘩に親が出るべきかどうか迷っているのか?

 いや、ちょっと待て。

 カーニャの即時解放と軍勢を伴って迎えに行くという内容は、馬鹿息子の書状にしか記されていない。

 ヴォワザン子爵からの書状にも、サルトスクロ子爵からの書状にも書かれていない。


「もちろんこの書状の内容はエテピシェ伯爵も目を通している事だろう。

 もしかするとこの内容を読んだからこそサルトスクロ子爵を頼った、という順番かもしれない」 


 馬鹿息子が怒りに任せて書いた俺への宣戦布告の書状を、親であるエテピシェ伯爵は目を通した上でこちらに寄越して来た。

 つまり、これは子供同士の喧嘩ではなく家対家の問題、戦争だな。うん、戦争。

 考えるのが面倒だから戦争で良いよ。


「もっとも、サルトスクロ子爵も明確にこうしろという内容は書いていない訳だが」


 帝国の子爵が何を言おうが知らないが、カーニャの実家からの書状についての対応はどうするつもりなのだろうか。

 ヴォワザン子爵は書状を通じて正式に停戦の申し込みをして来た。

 娘を返してほしいから賠償金を支払う準備はあるとも記している。


「当事者であるヴォワザン子爵家はどう動くでしょうか」


 ヴォワザン子爵が停戦へ向けて動くのが遅かったのが原因でこんなにややこしい状況になったんじゃないかとも思えて来た。

 そもそも向こうから手を出して来たのを返り討ちにしただけ。

 この程度の小競り合いなんてしょっちゅうあるものなのだから、もし万が一娘が捕虜として捕らえられたらどう動くべきか、考えておくべきだったはずだ。

 指揮官だからといって殺す訳ではない。

 金か領土か、両家の折り合いが付けばすぐに終わる話だ。

 伯爵家の馬鹿息子がしゃしゃり出て来る前に対応していれば、カーニャをすぐに返しただろうに。


「ヴォワザン子爵家は動かなかったのではなく、動けなかったんだろう。伯爵家の息子の耳に入るのが早かったのだろうと思うんだ。

 親として娘の事を思い、結婚して家から出る前にひと手柄挙げて来なさいと国境へ送り出したら捕虜として捕らえられた。

 エテピシェ伯爵の息子という婚約者がいて、伯爵家分家の次期当主が内定しているのにも関わらず、だ。

 普通だったらそんなケチが付いた娘、切り捨てられるよね。

 後はエテピシェ伯爵に謝って何とか許してもらえるよう誠意を見せるしかない」


 切り捨てられるのか。男と女が逆として考えるのならば、何となくではあるが理解出来た。

 義兄上の話を父上が引き継ぐ。


「婚約者を奪われたと聞いて我慢ならず、ヴォワザン子爵を呼び付けて事情説明でもさせていたのだろう。

 それがヴォワザン子爵の初動が遅れた原因ではないか?

 そしてシュライエン辺境伯の息子が戦に出て来たのならば自分も戦って婚約者を奪い返してやると、そういうつもりだろう」


 俺に出来たのだから自分にでも出来るはずだと考えたのだろうか。

 安易だな、普段から兵士達に交じって訓練しているんだろうか。

 俺は魔法だけでなくちゃんと剣術指南や基礎訓練なども受けている。

 いざと言う時に女性に守られているだけの身ではいたくないからな。男として。


「付き合ってやる必要などございませんわ!

 何があってもお兄様は私がお守り致します。

 どうか向こうの思惑に乗せられず、屋敷でアヴィ姉様の報告をお待ち下さいませ」


 そう言ってくれるのはありがたいけど、そうもいかないよね、という話。


「エテピシェ伯爵が出張って来ただけならそれでも良かっただろうが、帝国子爵が一枚噛んでいる以上そうも言っておれん。

 前線で戦うかどうかは別として、戦場へは向かってもらいたいと思っている」


「でしたら私もお兄様と共に参りますわ!」


「エティー、あなたはこの街の防衛の為に残ってもらわなければなりません。

 アヴィがいない以上、不測の事態に対応出来るようにしておかなければ。

 全ては帝国が書いた筋書き通りなのかもしれないのですから」


 俺を誘い出せれば上々。

 家人の誰かがついて来ればなおよし。

 待ち構えていた連合軍と帝国軍による大軍により取り囲まれて全滅、という想定も必要だという事か。


「それならなおさら私が一人で出陣し、お兄様がこの街にお母様と残るべきではございませんか!?」


「それとこれとは話が別だ。アルティが喧嘩を売られた以上、アルティが相手をするのが一番良いのだ。

 だがな、昨日戦から帰って来たところだ。

 出陣するかどうか、一晩よくよく考えなさい。

 明日の朝に返事をしてくればいいのだから。

 面子があるとはいえ、アルティがどうしても行きたくないと言うならばその時は……」


「え? 明日の朝の出陣で間に合うのですか?」


 収容所に伝令を寄越して早く屋敷へ戻って来いって言ったじゃん。

 それなのに何で明日の朝でいいよってなるんだ?


「あぁ、アルティが考える時間を稼ぐようアヴィに頼んである。

 一日程度なら両軍睨み合いの状態を保てるだろう」


 えーっと、そんなに考える為の時間なんて必要ないんだよな。

 俺が行くか行かないか悩む時間より、俺が連れて行く兵士達の移動時間を気にすべきじゃないか?

 俺や武官は馬に騎乗して向かうからいいけど、兵士達全員が騎乗する訳じゃない。戦場へは歩いて向かうのだ。


「そうそう、アヴィがアルティの兵達を先に連れて行っているからね。

 もしアルティが出陣すると決めたなら、こちらで待機している武官数名を連れて馬で行けばいいから」


「昨日帰還したばかりの兵達をまた戦場へ連れて行ったのですか?」


「そうです。

 アルティの魔法だけで勝った戦でしたから、兵達は戦闘していません。

 疲労も負傷もないのですから問題ないでしょう?」


 あら、この子ったら何か気に障ったのかしら? とでも言いたげな母上。

 いや、別にあの五百名の兵士達は俺の直属の部下じゃないから、いちいち俺に確認なく動かしてもらって結構だ。

 三日掛けて戦場へ行き、また三日掛けて街へ帰って来たばかりでまた同じ往復をしろって、とてもキツイと思うんだけどな。

 肉体的にも精神的にも。

 下々の者に対してのそういった細やかな気遣いというものを考えないんだよな、上に立つ人達って。

 ほら歩け、ほら戦え、はいご苦労。

 それじゃいつか人は離れて行くと思うよ。


 何にしても、先に戦場へ向かったのならすぐに向かおう。

 そして、また俺の魔法で敵を全滅させてやればすぐに帰してやれる。


「分かりました。それでしたら今から姉上を追いかけます。

 すぐに出立の準備を……」


「ちょっと待て、アルティ。

 結論を急ぐ必要はない、よーくよーく考えてから行動すれば良いのだ」


 父上から待ったがかかった。

 行かせたいのか行かせたくないのかどっちかにしてくれませんかねぇ。


「そうよ、アヴィが戦場へ出て来たと知ったらユニオーヌ側も恐れをなして引き返すかもしれないし」


 母上までも。実戦経験が少ないエティーではなく、すでに周囲の領主達から恐れられている姉上を向かわせたのはその狙いもあるのか。


「姉上を見て引き返すのであれば、私が着いた頃には敵がいなくなっているという事ですよね?」


「いや、それとこれとは話が違う。お前が戦場へ向かったという事実は大事だ。

 そしてだな、その……」


 また何か言いにくい事を言いたいけどなかなか言えない、みたいな雰囲気の父上。

 はっきり言ってくれないと分からない。

 言葉の奥にある想いを汲み取って相手へ声を掛ける、みたいな芸当は俺には出来ない。


「私は構いませんので、はっきりと仰って下さい」


 そう言うと、父上がチラッとエティーの方を見てからおずおずと口を開く。


「一晩あれば、色々と考える事が出来るだろう?

 例えば、手に入ったモノが自分に合うかどうか試す事が出来る。

 本当に手放してしまっても後悔しないか、一晩ゆっくりと考えられるだろう」


 何だよ、この期に及んでまた下ネタかよ、好きだなエロ親父。

 幸い、父上が何を言いたいのか理解していた母上が、エティーの気を逸らしていたのでティーカップは割れていない。

 しかしその問題があったな。

 俺を戦場に呼び出そうという書状の主は、カーニャも連れて来いと言っていたんだった。

 あの犬娘は任せろとポーシェが言っていたが、今はどうなっているだろうか。

 部屋の端で待機しているメイドへ声を掛ける。


「ポーシェが屋敷へ戻ったかどうか、確認して来てくれ」


コンコンコンッ


「失礼致します。

 お坊ちゃま、私に何か御用でしょうか?」


 メイドが確認するまでもなく、部屋へ参上するポーシェ。さすが有能な侍女。

 扉の向こうで待機していたのか。


「あの娘はどうなった?」


「ご報告致します。

 実戦経験は少ないながらもヴェーニィであり、カーニャは使い方次第では非常に有効な駒となり得ます。

 また、戦場でお坊ちゃまの魔力にあてられ、すっかりお坊ちゃまに心酔しております。

 私の聴取にも全て素直に応じ、少しでもお坊ちゃまのお役に立てるようにと敵の戦略や内情など、こちらにとって非常に有益な情報をもたらしました。

 さらに生娘である事を確認致し……」


「よし分かった! もう分かったから止めてくれ!!」


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