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十一話:捨てられそうな犬

 俺の言葉には答えるが、ポーシェの事は完全無視。

 いや、ポーシェだけでなく俺以外全員いないものとして振る舞うカーニャ。

 そんなカーニャを前にしてもまた、ポーシェはいつも通りの無表情・無感情な態度を崩さない。


「お坊ちゃまはあなたを所有したつもりなどありません。

 身の程を弁えなさい」


 ポーシェの言葉には何の反応も示さないカーニャ。

 じぃっと俺を見つめ、俺の一挙手一投足を全て見逃すまいとしているように見える。


「んー……、カーニャ。

 俺の侍女が言うように、俺はお前を所有した覚えはない。

 お前の実家も婚家も返還するよう言って来ている。

 いずれ近い内に家に帰れるだろう」


「いえ、私は家に帰るつもりも結婚するつもりもございません。

 私はご主人様の物、お捨てにならないで下さいませっ!!」


 喜びの次は悲しみの感情か。

 室内がカーニャの垂れ流す負の感情で満たされ、職員達を苦しめる。

 これだけ間近に魔力を放出している魔法使いがいるのだ、

 影響を受けて当然だろう。

 俺にとってはこれくらいの魔力、何の問題もないが。


ピィィィィィーーーン


 空気が張り詰める。

 室内の温度が急激に下がったかのような錯覚を覚える。

 職員達は先ほどと比べられないほどの圧力を受け、奥歯を噛み締めて抗っている。

 しかしこれはカーニャただ一人へ向けられた魔法の余波に過ぎない。

 カーニャは胸を押さえ、呼吸すら出来ず苦しそうに喘いでいる。

 さすがにこのレベルの魔法にあてられたら、俺でもさすがにちょっとくらい苦しくなるかもしれない。


「ポーシェ、止めろ」


 俺の声と共にカーニャが椅子から崩れ落ちる。

 苦しみから解放され、力が抜けたのだろう。

 職員へ指示してカーニャを介抱させる。

 癒しの魔法を掛けてある程度落ち着かせてから、再びカーニャを椅子に座らせる。

 これで分かっただろう、ポーシェを怒らせるべきではないと。


「さてカーニャ、落ち着いて聞け。

 質問には正確に答えよ。

 俺の侍女の言葉は俺の言葉だと思え。

 二度は言わん、理解したか?」


「承知致しました」


 よし、とりあえずこれで話が進められるだろう。

 もう一度最初から名乗らせた方が良いだろうか。

 いや、さすがにもう必要ないだろう。

 ちょっと精神的に参っているようだからさっさと終わらせて実家に帰らせよう、そうしよう。

 何なら熨斗(のし)を付けてもいい。


「名乗りなさい」


「カーニャ・ヴェーニィ・ヴォワザンでございます」


 あー、ポーシェさん始めちゃったよ。


「跪いていた理由は、戦でお坊ちゃまがそう仰ったからですね?」


「その通りでございます」


 え、そういう事だったの?

 そういうノリだったのか、ちょっとしたジョーク?

 分からなかったなー。


「家を捨てた、お坊ちゃまの所有物である、と言ったのは、身も心もお坊ちゃまに捧げたいという気持ちから、お坊ちゃまの許しも得ず先走ってしまったという事ですね?」


「その通りでございます。

 面目次第もございません」


 ちょーっとそのノリはどうかと思うなー。

 さすがにやり過ぎじゃない?

 もうだいたい分かったからさ、もう終わろうぜ。

 僕疲れちったなー。


「実家の屋敷どころか、二度とユニオーヌの地を踏む事はなくなっても良いのですか?

 両親は、兄弟は、婚約者は、そして伯爵家の分家当主になるという話は。

 全て捨てても良いという覚悟は出来ているのですか?」


「覚悟は済み、すでに過去は全て捨て去っております。

 今はただのカーニャでございます」


 話をしているうちに苦しそうな表情をしていたカーニャが先ほどのらんらんとした瞳を見せるまでに回復した。

 ポーシェとの会話中も、カーニャは俺から目を逸らさない。


 ちょっとポーシェ、勝手に話を進めないでくれるか!?

 くそっ、こんな事になるならポーシェの言葉は俺の言葉だと思えなんて言わなければ良かった!!

 うっすらと背中が寒くなるのは何でなんだろうか!?

 カーニャの魔法は俺には効かないはずなんだけど、これは動物的な防衛本能かってヤツ?


「どうされますか?」


 ちょっと待ってよポーシェさん。

 ここまで話を勝手に進めておいて、はいこれから先はお坊ちゃまが決めて下さいねって無茶振りじゃない?

 俺にだけ聞こえるように耳打ちで、っていう配慮はありがたいけど、この話の流れだったらだいたい何言ってんのか想像出来るってば。

 ほらカーニャが俺の方を何て答えるんだろうってめちゃくちゃ食いついて見て来んじゃん。

 魔法以上に圧を感じてるんだが。

 うちは猫を飼ってるから、犬は飼えないんだよねぇ、めんごめんごー。

 って言ったらどんな顔するかな。言ってみたいな。


 ……ヤバイ、犬が期待する顔見せるから俺の中に秘められていたSっ気が沸き上がって来た。

 ダメだ、ここで変なスイッチを入れてしまうと俺が今まで歩んで来た平穏な貴族生活が崩れてしまうかもしれない。


「準備させましょうか?」


 所長、入って来ないで。

 今そんな話してないから。

 ほらカーニャが何か勘付いたような顔してる!

 また喜びの感情垂れ流し始めた!!

 って何で喜んでんの?

 おかしくね?

 何か怖い、耐えろ。

 落ち着け、決して感情を漏らすな俺。


「何なりとお命じ下さい!!」


「カーニャ、黙れ!」


 反射的に怒鳴ってしまった。

 カーニャは今までで一番の飛び切りの笑顔を向けて来る。

 怒られてるのに何でこんなに嬉しい感情を爆発させているんだ?


「ご命令なされましたから」


 ……そういう事か。

 お命じ下さいの後の黙れで、俺がカーニャに対して命令した事になってしまった、と。

 えっと、これで主従関係が成立してしまった、とかそんな展開にはならないよな?

 この世界には契約魔法などと言うややこしいもんは存在しないから大丈夫なはずだ。

 大丈夫だよな?


コンコンコンッ


「何事だ!?

 今とってもいい所なんだ、邪魔するんじゃない!!」


 所長が内心をぶちまけてノックの主を怒鳴る。

 俺が困ってる状況を楽しんでんじゃねぇよ!


「失礼致します!

 お館様より伝令です。若様、至急お耳に入れたい事が……」


 伝令役の女がカーニャの方を見ながら言いにくそうに伝える。

 カーニャの前では出せない話題、つまり彼女の実家に関する事で何か問題が発生したのだろう。

 俺がここに来た理由を知っている父上が、伝令を使ってでも俺に聞かせたい内容。

 すぐに聞く必要があるな。


「分かった、応接室へ戻ろう」


 俺が椅子から立ち上がると同時に、カーニャも立ち上がり俺と彼女を隔てている鉄の檻を握り何かを訴えようとしている。

 寂しい・悲しい・苦しい・孤独など、負の感情がこれでもかと放出される。

 何だ? 言いたい事があれば言えよ。


「お坊ちゃまが黙れとご命令なされたからでございます」


 あー、なるほど!

 俺の命令を守っているから話せないと。

 ポーシェはカーニャの事を手に取るように理解してるな、すごいわ。

 あと、さっきからちょいちょい俺の心読まないで。恐怖。


「カーニャ、手短に言いたい事を話せ」


「私を置いて行かないで下さいっ!!」


 マジで捨てられそうな犬だな。

 飼った覚えもないけど。

 カーニャの負の感情にあてられた職員の中にもポロポロと涙を流す者やぐじゅぐじゅと鼻を鳴らす者が出る。

 カーニャは第二階級魔法使いのヴェーニィだからな、影響を受けても仕方がない。

 しかしこの状況をどうしたものか。

 早い事父上からの伝言を聞きたいが、この場をこのままの状況で離れるのは危険かもしれない。


「待て、と一言お命じになればよろしいかと」


 あー、そうなるのかー……。


 ◆


 ワンちゃんに待てをし、それでもくうんくうんと鳴くので収容所を出る前にもう一度顔を見に来ると言って宥め、応接室へ移動した。


「エテピシェ伯爵から追加で特使が遣わされました」


 ソファーへ座る間もなく伝令内容が告げられる。

 本当に急いでいるらしい。


「内容については捕虜の即時解放要求。

 すでに迎えの軍勢を手配した、との事」


「迎えの軍勢、つまり奪ってでも取り戻すという事か」


 エテピシェ伯爵の思惑が分からない。

 カーニャを取り返したいのは理解出来るが、この街へエテピシェ伯爵軍が攻めて収容所を襲い、捕らえられた捕虜を救い出せると本気で思っているのだろうか。

 いや、あくまでこれは攻めてでも取り返す所存! というアピールでしかないだろう。

 別に何らかの事情があると考えるのが普通だ。


「さらに詳しいお話は屋敷で。ご当主様とお館様がお待ちです」


 そうだな、ここであぁでもないこうでもないと想像しても何にもならない。

 となれば、一刻も早く屋敷へ戻らないと。


「お坊ちゃま、カーニャの処遇についてですが」


 うん、忘れてた訳じゃないんだ。

 ちょっと棚上げしようかなって思ってただけで。

 顔を見てから帰るって言ったから、ちょろっと顔だけ見ようかな、うん。


「私に一任頂けませんでしょうか」


「ポーシェが? どうするつもりだ」


「時間がございません。

 私はここに残り、責任を持ってあの者の面倒を見ます。

 お坊ちゃまは急ぎ屋敷へお戻り下さいませ」


 面倒を見ますって、犬じゃないんだから。

 いや犬か。

 いやいやそういう問題じゃない。


「若様、玄関に馬をご用意しております。

 何卒お早く」


 えっ、ちょ待てよ!

 何か嫌な予感がするんだよ、このまま屋敷に戻ったら面倒な事になりそうな気がするんだよ!!


「馬車は私が屋敷へ戻しておきます、お早く」


 そんな事気にしてる訳じゃない!

 くそっ、職員達に囲まれた。

 玄関から追い出すようにお早くお早くと俺を急かす。

 ポーシェめ、俺が気付かないようこっそりと焦燥感を射出してるな!?


「それでは後ほど」


 収容所の玄関から俺を見送るポーシェ。

 いつも通り無表情だから、何を企んでいるのか全く分からない。

 馬が鼻息荒く、早く乗れと俺へ擦り寄って来る。

 分かった分かった、乗るから落ち着け。


「面倒な事にならないようにな!」


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