一話:初陣
新作投稿開始。当分は毎日更新の予定です。
後書きにて、みにゃ先生( @minyapic )に描いて頂いたイメージイラストを貼り付けていますのでそれだけでも見てって下さい!!!
陣幕から外へ出る。広い草原に吹き抜ける強風で髪の毛が激しく揺れる。
今日の為にわざわざ短めに切らせたのだが、思っていたよりも周りの反発が強くてこれ以上短くする事が出来なかった。
前世で言うところのボブカットくらいの長さだろうか。
元々は背中まで届くくらいの長さで非常に鬱陶しかった。
俺は男の娘じゃない、本当は丸刈りにしたかったくらいだ。
それなのに侍女が言う事を聞かないから……。
「お坊ちゃま」
俺は自分の髪の毛が好きではない。
さらさらストレートなのはいい。
貴族は男女問わず髪の毛を伸ばすという風潮も、まぁいいだろう。
郷に入っては郷に従えと言うしな。
けどこの色だけは本当に嫌だ。
どうして母上の燃えるような赤髪か、もしくは父上の月を思わせるような銀髪のどちらか100パーセントを受け継がなかったのだろう。
きっちり50:50の配合でキラキラピンク。
そんなのないよ!
カミソリで剃ってやろうかと思ったが、俺が持っていたカミソリを取り上げて自分の首筋に当てやがるんだもん、こいつ。
自分の命よりも俺の髪の毛の方が大事かよ。
「お坊ちゃま」
「この場でその呼び方は止めろ」
乱れた俺の髪型を直そうと、懐から櫛を出した侍女の手を払いのける。
戦場までそんな侍女を連れて来るものではないな。
今の俺はあくまで指揮官としてこの場にいるのだ。
父上がどうしても連れて行けと言うから連れて来たが、この戦いのきっちりと成果を出せば次からは不要になるだろう。
「ですがお坊ちゃま」
手櫛なら良いという問題じゃない、俺の髪の毛を触ろうとするな。
これから戦が始まるというのに身だしなみなんぞに気を取られている場合か。
「皆の士気に関わる。
お前も分かっているはずだろう」
「あくまでも前線に立たれるおつもりですか?
後方から魔法で支援するという手もございます」
俺を見つめる金髪碧眼の少女。
表情は努めて無に近く、俺を案じている心中が少し漏れているのみ。
いや、わざと伝わるようにちょっとだけ出しているのだろう。
感情の制御が上手い。
「もちろんだ、何を今さら。
もうすでに前線がぶつかり睨み合っている状況だぞ。
あとはどちらかの指揮官が名乗りを上げ、口上を述べるだけで戦が始まる」
「……分かりました。
ですが、もしも敗戦が濃厚であると私が判断致しましたら、速やかに後退して頂きます」
後退して頂きます、ね。
前線指揮から引き摺り下ろして馬に乗せて連れ帰ります、という意味だろう。
ここは男が最前線に立って戦う世界じゃない。
それは分かっている。
でも、せっかく魔法があるこの世界に生まれ変わったんだ。
この世界の魔法は転移魔法や時間を支配するような分かりやすいものではないが、自分の力を試してみたいじゃないか。
母上の了承は得ている。
当主であり辺境伯軍の最高責任者が良いって言ってるんだ、大丈夫大丈夫。
「若様、全部隊整列完了致しました。
……皆にお坊ちゃまのお声をお聞かせ下さい」
騎乗した副官が俺を呼びに来た。
彼女は武官だから俺の事をお坊ちゃまと呼ぶ機会などない。
立場的には俺の副官、だが戦場での経験で言えば俺は彼女の足元にも及ばない。
だからあえて俺の事をお坊ちゃまと呼び直したのだろう。
普通に考えると、貴族の子供、それも十四歳のお坊ちゃまが場違いにノコノコ戦場に出て来やがって、総大将なんぞ務められるのか? と舐める意図を含めたセリフだろう。
が、彼女から伝わる感情は違う。
期待。
恐らく俺の話を母上から聞いているのだろう。
今回は俺の初陣になる。
彼女も俺の母上が何の根拠もなく息子を最前線に立たせるような愚行を犯す訳がないと信じているはずだ。
だから、お坊ちゃまと呼んでみせたのは煽り。
さぁ見せてくれ、と。
次期当主である長女ではなく、十三歳になった末娘でもなく、お坊ちゃまのアルティスラがこの場に立っている意味を見せつけてくれ、と。
良いだろう、とくと見せてやろう。
「うむ、皆に声を掛けよう」
「では私の後ろへお乗り下さい」
副官が俺へ向けて手を伸ばすが、丁重にお断りする。
今から兵士達へ声を掛けるというのに、女性の後ろに乗せてもらうなんて格好悪いじゃないか。
侍女が俺の馬を牽いて来たのでさらりと騎乗する。
馬に乗る練習もちゃんとしたからな。
こういうのは何事も人に見られている事を意識しなければならない。
人に与える印象というものはとても重要だ。
魔法の掛かり具合が変わる。
副官の先導で陣形の前、中央へ進む。
俺は生前の地球の戦争や陣の形にはあまり詳しくないが、辺境伯軍は横一線を幾重にも列をなしている形で待機している。
俺が皆の前に出て行くと、兵士達が色めき立った。
この場にいる武官達とは何度も訓練を共にしているが、大部分の兵士達とは合同で訓練した事はない。
若様が実戦に出るんですか? 皆がそう言いたげな表情を見せる。
この世界では武官も一般兵も、戦の主力は女性だ。
男性は食料を運んで調理したり、鍛冶をしたりの裏方である事が多い。
馬から降り、副官と共に陣の中央に用意された簡易的な櫓へ登る。
見た目はあれだ、盆踊りの時に中央に置いてあるヤツ。
アレよりも何というか、ちょっとシュッとしているけど。
俺が櫓に登ったのは何も太鼓を叩く為ではない、自軍を鼓舞する為である。
「皆の者、用意はいいか!」
副官が厳めしい顔をして兵士達に怒鳴りつける。
兵士達が背筋をピンと伸ばす。
この副官は本来俺の母上付きの副官で、怒鳴られている兵士達のかなり上の上司に当たる。
会社で言うと特に代わり映えのない仕事なのに、社長の息子である俺と統括本部長が出張って来たようなイメージだろうか。
分かりにくい? まぁ良い、事はもうすぐ動く。
「シュライエン辺境伯家長男、アルティスラである。
此度の陣頭指揮を執る。
初陣ではあるが、相手は度々ちょっかいを掛けに来るユニオーヌの手先に過ぎない。
我々の敵ではあるまい」
副官に向いていた視線が一斉にこちらへ向けられる。
約五百人の視線。
国境の戦において、この規模の争いは日常茶飯事。
だからこそ俺の初陣となる。
いきなり大規模な防衛線など、男に任せられるはずもない。
その通例を今、俺が書き替えてやる。
静かに、語り掛けるように紡ぐ。
「恐れぇるな~、訓練通りにやれぇ~ばいいぃぃぃ♪」
喉を大きく開き腹から声を出す。
低めの音程、ビブラートを忘れず。
息を吐き切った後、再び大きく吸い込み……。
「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!」」」」」
大地を揺るがすかのような女性兵士達の雌叫び。
空気がビリビリと震えているのが分かる。
えっと、さすがに早くないか?
あと何小節か歌い上げるつもりだったんだが……。
皆の目つきが明らかに変わった。
力強い戦士の目。
溢れて来る力を感じ、武者震いをしている。
もう下準備は良さそうだ。
「若様、あちらを」
副官が俺の後方、敵方を指す。
向こうの櫓がこちらへゴロゴロと移動して来た。
向こうも準備が出来たのだろう。
「打楽器隊を」
「先ほどの若様の魔法の効力を思えば、打楽器隊を使うのは過剰戦力になる気がして来たのですが……」
この副官、打楽器隊に関する報告を読んだ上で、その有用性をちゃんと認めているのだな。
過剰戦力になるかもというのは俺も思った。
けど、その実証実験を兼ねての俺の初陣だからな。
「圧倒的戦力で制圧したとなれば、その成果が今後の抑止力にもなるだろう」
「分かりました。
打楽器隊、櫓の前へ!」
十人の男性兵士が鎧ではなく大小それぞれの太鼓をその身に纏って櫓の前に集結する。
両手に一本ずつ握り締めているバチが震えている。
先ほどの俺の魔法を受けても、戦場に立つ恐怖には抗え切れないようだ。
男性兵士には鼓舞するのではなく、安心させてやった方が良かっただろうか。
「お前達、恐れる事はない」
安らぎの感情を込めた魔法を掛けてやる。
安心させ過ぎても力が抜け、油断に繋がってしまう恐れがある。
調節が難しいが……。
「「「「若様と共に」」」」」
問題なさそうだ。
覚悟が決まったならば、先ほどと同じように打楽器隊を鼓舞する魔法を掛ける。
「その意気や良し!
我らはこの日の為に習練に勤しんだ。
我らは守られるだけではない、やる時はやるんだという姿を見せつけてやれ!!
もう一度言う、恐れる事など何もない!!」
「「「「「応!!」」」」」
本来このような戦の最前線に立つ事のない男達。
震えて当然。
怯えて当然。
しかしその恐怖を抑えて、俺と共に戦おうとしてくれている。
その覚悟に俺は、応えなければならない。
すっと右手を挙げ、そして勢い良く下げる。
タンタン♪ ダンダン! ダンダカダカダカダンダン!!
タンタン♪ ダンダン! ダンダカダカダカダンダン!!
スネアドラム風の太鼓のリズムに合わせて打楽器隊が行進、その後ろを俺の乗った櫓が進む。
さらに追従するように辺境伯軍の陣列も前進する。
向こうの櫓の上、敵将の表情が見える位置まで近付く。
ポカンとした表情でこちらを眺めているのが分かる。
打楽器隊に驚いているのか、それともこちらの総大将が男だからか。
ダララララララララ~、ダンッ!! タン、タン♪
上手く決まった。
太鼓を叩きながら行進し、太鼓の音に合わせて足を止めるだけの動作、この訓練にかなりの時間を要した。
今この場で訓練の成果を見せる事が出来て、感無量である。
「若様、口上を」
「おっと……」
一人で感極まってしまった。
いかんいかん、俺の感情が漏れた影響で打楽器隊が頷き合って嬉し涙を流してしまっている。
向こうの指揮官からすれば奇妙な光景だろう。
ほら、こちらを指差して笑っている。
「やいシュライエンの軟弱息子!
こんなところまで出て来て何をしに来た?
お散歩か?
可愛い可愛い箱入りのお坊ちゃまが出しゃばって来るようなところじゃないのよ!!」
滅多に男が前線に立つ事がないとはいえ、さすがに向こうも俺がシュライエン家の人間であると察しが付いているようだ。
ちなみに俺は普段、全寮制の王立学院に通っているので箱入りという言葉は正しくない。
ちゃんとお外に出ているし、同性・異性問わず友達も多い。
遠目でよくは見えないが、整った顔の茶髪の女性。
五百人規模の軍勢を率いている事から、貴族家の人間だろう。
貴族家の娘、ご令嬢である。
しかしこの世界では深窓の令嬢や、儚くか弱いお姫様なんてものはごくごく少数派だ。
多数派なのは、向こうの櫓で俺に向かって指を差し唾を飛ばしているあのような女性だ。
戦えないお嬢様など、何の価値もない世界なのだ。
「どうした、そこに立っているだけで精一杯なのではないか?
今ならヴェーニィである私のつま先をしゃぶるだけで許してやらんでもないぞ!」
ヴェーニィ、第二級魔法使いか。
本格的な侵攻ではない小規模な部隊であれば十分な使い手ではある。
こちらが黙っているのをいい事に、“ペチャラポチャラ”と喚いている。
つま先をしゃぶる、ねぇ。
人にとっては極上のご褒美になるだろうけれど、あいにく俺の趣味じゃない。
「辺境伯軍も人材不足のようね、こんな可愛らしいお坊ちゃまを矢面に立たせるだなんて。
この子をあげるから帰っておくれとでも言う気かい?
後ろに並んでる兵達も恥ずかしくないのかい!
男なんかに受け止められるほど、私の魔法はやわじゃないのよ!!」
向こうの指揮官の罵倒には攻撃性の魔力が込められているはずだが、ほとんど圧力を感じない。
兵士達にも目立った変化は見られない。
もっとも、戦いの前に俺が声を掛けた事により兵士達の魔法耐性も上がっている事もあるだろうけれど。
「どうした、私の魔力に当てられて声も出せないか!?」
あ、俺の番ね。はいはい了解。
すーっと息を吸い込み、目線をくれていた打楽器隊の隊長へ頷いて見せる。
ドーン ドーン ドーン ドーン
先ほどよりも重い太鼓の音が響く。
向こうの兵士達がざわざわと動揺し始める。
バスドラム風の太鼓の音は、初めて聞いた者を精神的に不安定にするのだ。
「えぇい、静まらんか!
こんなものはただの虚仮威しだ」
その通り。
だが、そう言われても一度湧き出た負の感情に拭うのはとても難しい。
「我が名はアルティスラ・ヴィヴァーチェ・シュライエン」
ドーン ドーン ドドーン ドンドンドーン!
ドーン ドーン ドドーン ドンドンドーン!!
「貴様らユニオーヌの者共を打ち払う、王国の盾である!」
タンタンタンタン♪ ダンダカダカダカダンダン!
タンタンタンタン♪ ダンダカダカダカダンダン!!
「ヴィ、ヴィヴァーチェだと!?
その若さで特級、それも二つ名持ちだと……。
男の身でなど有り得ん!!」
有り得るとも。
前世地球で音楽というものに触れていた俺にとって、魔力に感情を乗せて相手にぶつける事など造作もない事。
強い感情を制御し、魔力に込めて相手にぶつける。
それがこの世界における魔法という武力である。
「愚かなる侵入者よぉぉぉ。
ここは誇り高き王国ぅぅぅ。
貴様らの踏み入ってよい場所ではなぁぁぁぁぁいぃぃぃ~~~♪」
櫓の上、つま先しゃぶれ女が大きく仰け反るのが見える。
自分達の指揮官が気圧されているのを目の当たりにし、兵士達の腰も引けていくのが見て取れる。
ここまではただそれっぽく抑揚を付けて発声をしていただけの事。
ぼちぼち本腰を入れて歌おうか。
さらに打楽器隊へ合図を送り、本格的な演奏に移らせる。
ズンチャン ズズチャン ズッチャンズズチャン♪
ズンチャン ズズチャン ズッチャンズズチャン♪
「俺のぉぉぉ~~~ 前にぃぃぃ~~~ ひれ伏せぇぇぇ~~~↑↑↑」
高い音程、裏声を使ってのシャウト。
思い切り目を見開く。
俺の中のイメージとしてはヴィジュアル系バンドのヴォーカルだ。
舌をちょっとだけ出す事で放出される魔力量がグンと上がったのを実感する。
俺の感情が昂ぶればそれだけ魔法の威力が上がるのだ。
さぁここから俺の快進撃が始まる!
さらに息を吸い込んで空高く天まで届けと叫ぶ!!
「敵勢力の無力化を確認、ただちに拘束に向かいなさい!」
……え?
俺が続きを歌い上げる前に、副官が兵士達に指示を出した。
指示を受けた兵達が敵方へ向かって走って行く。
敵勢力の無力化だって?
向かいの櫓を見ると、さっきまでキャンキャンと吠えていたつま先しゃぶれ女が立っていられず、へたり込んでいる。
櫓の向こう、敵の兵士達もバタバタと地面に倒れているのが分かる。
五百人が横たわっている光景はなかなか壮絶なものだな。
……死んでないよな?
「ここまでとは……」
副官も想定外だったようだ。
あー、その、何だ。
やり過ぎた。
俺が思っていた以上に、俺の魔法ってすごいのかもしれない。