平民の私が高慢な悪役令嬢に絡まれているのですが、どうすればいいですか?【コミカライズ】
私、ティアは稀有な光系統魔法を持っているだけで平民ながら有名貴族の巣窟である王立魔法学園に特待生として通うことになった。
将来的に安定した職につくためとはいえ、全体的にお上品な貴族の人たちに囲まれての学園生活は大変なのよね。
しかも、
「おほほ! 相変わらずみすぼらしい格好をしていますわね、ティアさん!!」
「げっ、シンシア様……」
好きに着飾りたい貴族に合わせて学園指定の制服が存在しないせいで貴族目線では安っぽい服しか着ようがない私に突っかかってきたのはシンシア=ゴールドリリィ公爵令嬢。
豪快な金の縦ロールに宝石のように輝く碧眼、一目で高そうだとわかる真紅のドレスや煌びやかなブレスレットやネックレスで着飾った令嬢に絡まれる毎日なのよ。
「貴女も女であればもう少し自身を磨くことを覚えたほうがいいですわよ? 女とは美しくあるべきなのですから。まーあー? 生まれながらに究極の美を纏い、公爵家の財力を注ぎ込んで磨き上げたわたくしに敵わないにしても!!」
「は、はぁ、そうだね」
腹立つなぁ。
最初のほうこそ貴族らしくお上品だった気がしないでもないけど、気がつけばこんなだもんね。
確か私に対して楽に話していいって提案した辺りからだったかな。
「そうそう、最近『クリスタル衣服店』のドレスを百着ほど買ったのですが」
とにかく自慢が多くなった。
今日の自慢はあの高級店で有名な『クリスタル衣服店』のドレスを百着も買ったんだって話かぁ。どうせ一、二回着たら飽きるんだから適当なものにしておけばいいのに。もったいない。
「どうでしょう。みすぼらしい格好をしているティアさんに高貴にしてお金持ちであるわたくしが何着かドレスを差し上げてもよろしくてよ!?」
「いやあ、別にいいかな。そんな高級店のドレスもらったって申し訳ないし」
かたっくるしいのは苦手だもの。
つーか庶民の給料換算で何ヶ月だの何年分だのするお高いドレスなんて着ても緊張してろくに身動き取れなくなるだけだし。
「そうですか? 遠慮することはございませんのよ。ティアさんのような貧乏な庶民では一生かかっても縁のないドレスなのですし、素直に施されるべきですわよ」
「本当いいって。お気持ちだけいただいておくよ」
施されるほど落ちぶれたつもりはないし。
と。
シンシア様はぐっと顔を近づけて、のけぞって息を呑む私に気づいていないのか熱心にこう言ったのよ。
「それにティアさんはただでさえわたくしが見惚れるくらい可愛らしいのですから、ふさわしいドレスを着るべきですわよっ!」
「っ……」
「もちろん美を司る女神さえも裸足で逃げ出すほどに美しいわたくしには敵いませんけどっ!!」
ああもうっ。
口を開けば自慢を挟まないと気が済まないわけ? 腹立つわねっ。
あんまり腹が立つからか、さっきから心臓がバクバクうるさいんだけど!?
ーーー☆ーーー
中庭のベンチに腰掛けて、(貴族向けのお高い学食なんて利用できるわけもなく)手作りのお弁当を摘んでいた私の耳に高笑いが届く。
「おーっほほほっ! ティアさんご機嫌よう!!」
この声は、まあ、うん。
「はいはいご機嫌よう、シンシア様」
認めるのは悔しいけど、いくら着飾ったって彼女本来の美に高価な装飾のほうが霞んじゃっているシンシア様は『わたくしの周囲に侍る者もまた美しくなければいけませんわ!!』とわざわざ公爵家とは関係ない自前のお金を使って衣服はもちろん美容のための諸々を手配して磨かれたメイドたちを伴ってやってきた。
高慢ではあるけど、一般的な貴族に比べて自分に尽くす人には手厚く接するシンシア様に仕えるのは憧れにさえなっているらしい。
まあ腹立つことに変わりはないけど。
「あらあら、庶民にふさわしい食事ですわねっ」
「そういうシンシア様は……ええっと、わざわざこの場で調理させているわけ?」
「わたくしの口に合うものが作れるのは一握りの料理人だけですもの!!」
だからって公爵家のお付きっぽい料理人を連れてきて、中庭で調理させる普通? いやまあ口に合う合わない以前に公爵令嬢ともなれば毒殺とかなんとかあるから信頼できる人の食事しか口にできないって理由もあるのかもだけど。
本来は毒見なんかも必要なんだろうけど、シンシア様のことだから『その程度見抜けないはずありませんわ』って感じで毒見役は必要としなさそうだなぁ。高慢だけど、腹立つくらい優秀なのも確かなんだし。
「ティアさん、そのような質素な食事では足りないのではありませんか? まーあー? 貧乏な庶民では仕方ないのかもしれませんが!!」
「別にこれだけあればお腹は膨れるから問題ないよ。同じようなのばっかで飽きてきたのは否定しないけど」
私、不器用だから簡単な料理しか作れないし。
「あら、あらあら! お腹に入れて栄養を摂取するためだけの食事しかできないとはおかわいそうなこと!! 食事とは本来味覚を磨き、楽しませ、人生に彩りを与えるものですわよ?」
「って言ってもね。シンシア様の言う通り私は貧乏だからさ。自分でお弁当作ってやりくりするしかないんだよ」
「そ、それは、つまりティアさんの手作りということですか……!?」
ん?
食事は料理人に用意させるのが普通の公爵令嬢には自分でお弁当を作るってのは目を見開くくらい驚くことなのかな?
「ど、どうでしょう。食事に楽しみを見出すことのできないティアさんのために公爵家が誇る料理人が腕を振るった食事を提供してあげてもよろしくてよ!? 代わりと言っては何ですが、その、ですね、ティアさんのお弁当を……っ!!」
「いや、私はお弁当あるからいいよ。そんな高そうなのもらってもお返しできないし」
「お弁当交換で手を打ちましょうっ」
「いやいや。こんな安物だらけのお弁当と公爵家が用意する料理じゃつり合いとれないって」
「お弁当交換で!! 手を打ちましょう!!!!」
「うおわっ!? なになになんでそんな必死なの!?」
「いいですわね!?」
「わかったわかったってっ。じゃあ交換しよっか」
仕方なく提案を呑み込むと、なぜかシンシア様は嬉しそうに飛び跳ねていた。……必死になるくらい、心配になるくらい質素な食事だったとか?
別に一般的な庶民のお弁当なんだけど、公爵令嬢から見たらありえないくらい質素なのかもね。
というわけでお弁当を差し出すと、シンシア様はまるで宝箱でも扱うくらい慎重に持ち上げていた。まさか新手の嫌味?
「んっ!? なにこれすっごくうまい!!」
やっぱりお高い食材を公爵家が抱えるくらい一流の料理人が調理しているからなんだろう。お弁当交換として差し出されたお肉が口の中で溶けて、それに旨みってのが爆発して、とにかく半端ない!!
「……はっ、はふ、ぁ……っ!!」
と。
私のお弁当の中から卵を薄く焼いてくるくる巻いたヤツを口にしたシンシア様が口元を手で押さえて、涙さえ浮かべてプルプルしていた。やっば。ご令嬢の口には合わなかったんだね!!
「ああもう無理して食べなくていいよっ。不味かったんだよね? もう吐き捨てちゃっていいから!!」
そんなに震えるほど不味くはないとは思うんだけど、それは庶民の感覚だもんね。あんな、口の中で溶けるようなお肉をいつも食べて舌が肥えているシンシア様が不味く感じても当然だって。
……ちょっと胸が痛むけど、当たり前なんだから仕方ないよね。
「ちがっ、違うのですわ。これがティアさんの手作りなのだと思うと……っ!!」
「?」
「とても! 美味しいですわよ!!」
「っ……!!」
ああもう。
どうせお世辞だって、わかっているのに!
なんで、こんな、シンシア様が満面の笑みを浮かべているのが嬉しくて仕方ないのよ。
「まあ安っぽい食材をつかっているのは残念ですがね。わたくしのようにお金持ちでないから仕方ないのでしょうが!」
それ言う必要あったかな?
やっぱり腹立つ!!
ーーー☆ーーー
それは孤児院のシスターのお手伝いのために子供たちの相手をしている時だった。
「おーっほっほっほお!! ティアさん、ご機嫌よう!!」
「うわっ。どうしてシンシア様がこんなところに!?」
「この孤児院はわたくしの出資で成り立っているのですわよ。その運用状況をこの目で確認するのは当然ですわ」
そういえば公爵家とは関係なく商店を立ち上げ、絶賛大成功しているとか何とか。生まれが高貴なだけじゃなくて、何でもできるハイスペックなシンシア様は公爵家に頼らずに儲けた一部を様々な慈善事業に注ぎ込んでいるんだったっけ。孤児院への出資もその一つってことか。
「まーあー? わたくしほど優秀であれば、持たざる者に施しを与えてもあり余るほどの財を築くことも簡単というわけですわね!!」
はいはい自慢自慢。
とはいえ、よ。
高貴な生まれで、自他共に認めるしかない美人さんで、複数の国家を跨ぐほどに商店を発展させ、しかも貴族として当然だとして様々な慈善事業にさえも余念がないってのは、なんていうか、隙がない。
あの、その、とにかく腹立つ!!
「ティアさんはここで何を?」
「知り合いのシスターから子供たちのお世話の手伝いを頼まれてね。まあ私も子供は好きだから大歓迎だったんだけど」
「そうなんですわね。わたくしはどうにも幼い子供は好きになれませんわ。騒がしく、不安定で、扱いに困りますもの」
と。
シンシア様に気づいた子供達が『わぁっ、シンシアさまだー!!』と殺到していった。
「ま、またですの!? どうしていつもそうやって集まってくるんですわよ!?」
そんな風に言いながらも、追いかけっこしようだの絵本読んでだの子供たちからの言葉に仕方がないと付き合うシンシア様。
言葉とは裏腹にその表情には楽しそうな色が乗っていた。
「素直じゃないんだから」
「ティアさんっ。子供たちのお世話をお願いされたのでしょうっ。ならば貴女もこちらに来て手伝いなさいな!!」
「はいはい、わかったよシンシア様」
不思議なことに高慢なシンシア様は子供たちに人気があった。月に何回かは孤児院に顔を出している私よりもなんじゃって思うほどに。
くそう、やっぱり腹立つ。
ーーー☆ーーー
それは学園で偶然シンシア様を目にした時のこと。
「あら、そんなに熱心に視線を注いで、もしやわたくしに見惚れていました?」
「うっ!?」
「まーあー? それも仕方ありませんわ。何せわたくしはこんなにも美しいのですから!!」
「う、ううっ、うるさいばーか!!」
「ば、馬鹿ですって!? 学園首席にして学者さえも教えを請うわたくしに馬鹿とは何事ですか!!」
本当腹が立つ!!
確かにシンシア様の顔を見ていたかもしれないけどそれは別にそういうあれじゃなくて違うもん見た目通り高慢だけど意外と優しいとか思ってないし胸が高鳴ってなんかいないし顔がいいとか思ってないしとにかくあれだよ本当違うんだから!!
ーーー☆ーーー
そんなこんなで、シンシア様はゴールドリリィ公爵令嬢でありながら毎日といっていいほど平民の私に突っかかってくるものだった。
腹立つ。
何が腹立つって私はあれだけ突っかかってくるシンシア様のことが──
「おおっ。昨日ぶりだな、ティアよ」
学園の廊下に響くその声に私は嫌な顔をしそうになるのを全力で我慢した。
バジラ=ザックバースト。
この国の第二王子よ。
第一王子が優秀で、そもそも生まれた順番からよっぽどのことがないと次代の王にはなれない野心家と噂の彼はなぜかここ最近私に声をかけてくるのよね。
誰かに嫌がらせを受けているなら助けになるなんてしつこく言ってくるけど、心当たりはないって返しているのに、そんなに怯えて可哀想にだの信じてもらえるまで言葉を尽くすとしようとかこちらにも都合があるというのにとか漏らしていたっけ。
向こうがどう思っているかは知らないけど、魔法の副作用なのか身体能力の高い私には丸聞こえなのよね。
「何やら辛そうな顔をしているが、やはり何か悩み事でもあるのではないか? 例えば、そう、嫌がらせの首謀者が高位の貴族だから報復が怖くて相談できないようなことが」
いつものようにごちゃごちゃ言っていたけど、何も残らなかった。
だって、薄っぺらいんだもの。
そう、シンシア様の言葉とは全然違うんだから。
「もしも暇であるならばこの後お茶でもどうだろうか? ゆっくりと、話をしようではないか」
腹が立つまでもない。
何も感じない。
とはいえこんなでも王子様で、私はただの平民。いかに同じ学園に通っているとはいえ身分の差は明らかだから無理に突っぱねることもできない。
はぁ。
今日もこんなのに付き合うしかないのかと思ったその時だった。
「おほほ!! バジラ様、残念ですがティアさんにはわたくしとの約束があるのですわ」
凛とした声が響く。
熱く、心惹かれる声と共に彼女はやってきたのよ。
「そういうわけで、申し訳ありませんが今日のところはご遠慮願いませんでしょうか?」
そう言ってシンシア様は私を庇うように第二王子と向かい合った。約束なんてなかったはずだけど、つまり私を助けるための嘘ってことよね。ああもう、腹立つくらい格好いいんだから。
「ハッ! シンシア=ゴールドリリィ公爵令嬢か。貴様、王族に楯突くつもりか?」
「そのようなことは決してございません。ですが約束を大事にするのは貴族として、いいえ人として当然のこと。ここは王族として先客を優先する寛大さをお見せしてほしいところでございます」
「哀れだな、よもや僕が知らないとでも思っていたのか?」
兄上の戴冠も時間の問題だし、言質は取れていないが事実は明らかだし、最悪平民の一人や二人言いくるめればいいと私の聴力の良さに気づいていないのか呑気に呟き、第二王子は高らかにこう言ったのよ。
「シンシア=ゴールドリリィ公爵令嬢よ、貴様がティアを虐めているのはとっくに判明しているのだぞ!!」
…………。
…………。
…………、は?
「財力をひけらかしティアに嫌がらせをしていること、僕が知らないとでも思ったか? 第一王子派閥筆頭のゴールドリリィ公爵家の令嬢が希少な光系統魔法持ちの女を虐げているとは嘆かわしい限りだ!!」
「ちょっと待ってよ!! あんまりふざけたこと言っているとぶん殴──」
カッと頭に血がのぼった私が動く前のことだった。
学園の廊下、つまりは周囲に貴族の令息令嬢がいる中で──そう、第二王子はこの話をわざと聞かせているとしか思えない状況でもシンシア様は冷静にこう返したのよ。
「そうやってわたくしの評判を地に落とし、ゴールドリリィ公爵家にまで悪影響を与えたいのですよね? 随分とまわりくどいですが、やれることは何だってやりたい気持ちはわかります。何せ貴方様はあくまで第二王子、正攻法ではどうやっても王にはなれないのですから」
「なっ!?」
ええと、つまり、あれよ。
私を可哀想な被害者枠に押し込め、シンシア様を加害者として攻撃することで最終的にはゴールドリリィ公爵家に悪影響を与える。そのためだけに私に近づいていたって感じ?
だったら、まあ、うん。
第二王子の言葉が薄っぺらいのも当然か。
いつだって。
他ならぬ私に声をかけてきていたシンシア様の言葉とは違うのも当然よね。
「ふ、ざけ、るな。僕は完全なる善意でもって貴様の悪逆を白日のもとに晒そうと……ッ!!」
「ちなみに貴方様がわたくしを糾弾した後、ゴールドリリィ公爵家に責任を追求するように手を回していた証拠がこちらにあるんですよね。……あることないこと、貴方様の都合のいいように事実を捻じ曲げるよう指示していることもですね」
そう言ってシンシア様は何枚かの手紙をばさっと勢いよく投げ放った。そこにはお偉いさんと第二王子とのやりとりが刻まれていて、内容はさっきシンシア様が言っていた通りだった。
魔法の中には筆跡から誰が書いたか調べられるものがあるから、まあ、うん。これが本物なら第二王子の企みは失敗かな。
しかし、なんか変な陰謀に巻き込まれていたんだね、私。良かった。私のせいでシンシア様を傷つけるようなことにならなくて。
「き、貴様、これをどこで!?」
「あら、わたくしを誰だと思って? この程度の陰謀、究極なる美と絶対なる頭脳を持つわたくしに暴けないはずがありませんわ!!」
当然だと、当たり前だと、そう言いたげだった。
その一切の隙もない自信満々で高慢な笑みに腹が立つ。
見惚れてしまうことが、どうしようもなく腹立たしい。
「ふ、ふざけ……」
「わたくしに攻撃を仕掛けようとしたこと、ゴールドリリィ公爵家を貶めようとしたこと、そして何より──わたくしの大好きなティアさんをくだらない陰謀に巻き込んだことを後悔することですわ!!」
「ふざけるなよ、クソアマがァああ!!!!」
咆哮。
そして、第二王子は拳を握りしめてシンシア様に突っ込んで──ゴグシャアッッッ!!!! と凄まじい轟音と閃光が炸裂した。
シンシア様が殴られた音じゃない。
光系統魔法。っていうか私の光り輝く拳が第二王子の顔面に突き刺さった音よ。
っていうか。
シンシア様に殴りかかろうとするとか何を考えているわけこのクソ野郎!?
「ぶべばぶはっぼおーっ!?」
そのまま廊下の壁をぶち抜いて吹っ飛んでいく第二王子。魔法が発動している間は身体が光るから光系統魔法と呼ばれてはいるけど、その本質は肉体強化。そう、完全脳筋な物理系なのよ。
「……、ハッ!? やばい王族殴っちゃった!! これかんっぜんに不敬罪ってヤツじゃん!!」
「問題ありませんわ。第二王子の『価値』は消失しますので不敬罪など適用されなくなります。今回の件だけでなく、杜撰な『陰謀』をいくつか巡らせていたので近いうちに処理しようという話が国家上層部でも出ていましたので」
「本当に? 首切り落とされないかな!?」
「ですから問題ありませんよ。最悪、不敬罪が適応されそうになったとしてもわたくしが何とかしますから安心なさいな!!」
「まあシンシア様がそこまで言ってくれるなら心配ないんだろうけど……私のせいで迷惑かけたらごめんね?」
何を言っているんですか、と。
呟き、あの高慢なシンシア様が頭を下げて、って、は!?
「ティアさん。わたくしを守ってくださってありがとうございました」
「え、ええっ!? シンシア様が頭下げてお礼言っているう!?」
「……何ですか、その反応は? ありがたいと思えば感謝するのは当然でしょう」
「いや、そりゃあそうなんだろうけど、あの高慢極めたシンシア様が、ふっへえ」
「何なんですか、もうっ!」
驚いた。
すっごく驚いたのはそうなんだけど、それはそれとしてさっきから気になっていることがあるんだよね。
「ねえシンシア様」
「何ですか?」
「さっき、大好きなティアさんとか言ってなかったっけ?」
と。
尋ねたら、シンシア様はぶっ!? と令嬢らしくもなく噴き出し、わちゃわちゃと両手を暴れさせ、やがて大きく深呼吸をしてからこう返してきたのよ。
「今、それを指摘します? ふさわしい時と場所と状況できちんと想いを告げようと思っておりましたのに!!」
「え、っと」
ふんっとそっぽを向いて。
それでも堂々と、当然のように、従うのが当たり前だと言わんばかりにシンシア様はこう続けたのよ。
「確かにわたくしはティアさんが大好きですわ! ティアさんだって同じでしょう!?」
──ああもう腹が立つ。
同じだと決め込んでいるその態度が本当に。
だけど。
腹が立つ以上に私はシンシア様のことが……。
「ティアさん? 返事は、あの、できれば早めにしてくださると嬉しいのですが!!」
「はいはい、私も同じだよ」
「何だか軽くありませんか!?」
仕方ないじゃん。
真っ直ぐに想いを伝えるのは、認めるのは、まだ勇気がいるんだからさ。
ーーー☆ーーー
「そう言えば第二王子を敵に回すのってあんなに簡単にやっていいことだったの? その辺の権力云々に詳しくない私でも色々ありそうだってわかるくらいなんだけど」
「そうですね。普段であればここまで早急に事を進めることも、表立って王族の一角と敵対することもありませんわね」
ですが、と。
シンシア様は不愉快そうに表情を歪めて、
「くだらない政治的闘争にティアさんを巻き込むのは嫌だと少々感情的になってしまい、後先考えずに突き進んでしまったことは否定できません。とはいえ、結果良ければ全て良しですわ!!」
ああもう。
「そんなことより、先程の話なのですが、もう時も場所も状況もあったものではないのできちんと双方の気持ちに差がないか確認させていただきたいのです! その、ティアさん……」
弱々しく。
そう、不安からかシンシア様らしくもなくこちらを伺うように、それこそ怯えさえ滲ませてこう告げたのよ。
「わたくしのティアさんに向ける好きは恋人や伴侶に向けるものなんです」
いつもは自信満々で、さっきだって堂々としていたくせにこんな時だけそんな、もう、もうもう!!
「あっ! 先に言っておきますがもしもティアさんがわたくしに抱く好きが違うものであれば断ってくれて構いません! そのことでティアさんが何か不利益を被ることはないと約束します!! ですが、もしも、ティアさんも本当に『同じ』であれば……わたくしの伴侶として一生を一緒に生きてくれませんか?」
「ああもう! 腹立つくらい可愛いなぁっ!!」
「え、あの、ティアさん!?」
思いきり、感情のままに抱きしめる、
たったそれだけで王族の一角さえも軽くあしらったシンシア様が真っ赤になっているんだから卑怯にもほどがある。
もう降参よ。
こんなの認めるしかないじゃん。
「うん、うんっ。一生一緒にいようねっ」
「あ……。お、おほほ!! そこまで縋り付くように懇願されては仕方ありませんわねっ。究極的に美しいわたくしと一生を一緒に生きることができる幸運に感謝することですわ!!」
さっきまでの弱々しい態度はどこへやら、自分から提案してきたくせに堂々と仕方ありませんって、本当腹立つなぁ!
でも、だけど、それよりもずっと──
「大好きだよ、シンシア様っ!!」
その後。
あの高慢極めたシンシア様が泣き出したのは流石にびっくりした。
我慢できなくなったって言っていたけど、つまりそれだけ私のことが好きってことで、あの、その、シンシア様ったら本当にもう!!
続編『平民の私が高慢な悪役令嬢に絡まれているのですが、どうすればいいですか? その後と前のお話』を公開しています。是非下のリンクから読んでいただければと思います!
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