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防衛戦隊ディフェンジャー  作者: きり
第1章 普通の(?)の女子高生
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07 カレーなる日常

 カレーの良い香りに誘われる様に台所に入って行くと、そこには既に帰って来ていたらしいお兄ちゃんがカレーになる予定の鍋と格闘しているところだった。

「お帰り」

 顔も上げずに出迎えたお兄ちゃんは、鍋の熱気で額にうっすらと汗をかいていた。

 私の家は、子供の頃から共働きである為、早く家に帰った人間がその日の夕飯の用意をする事になっている。

 近頃の私はディフェンジャーに関わっていたので、かなり生活が変則的になっていた。その為、この食事当番も私は当然の如く免除されていた。

 帰る前に合唱部の皆と、もう一度桜の木の所を覗いてみたが、先程と変わらず満開だった。

 けれど、ディフェンジャーの皆の姿は、もうそこには無かった。

 ま、当たり前か。

「ただ今。……ねぇ、お兄ちゃん、光石って知ってる?」

 カレーが焦げ付かない様に、お玉杓子で掻き回している我が兄に、冷凍庫から取り出したアイスキャンデーを差し出しながら尋ねた。

 お兄ちゃんはありがとうと言いながら袋を歯で引き裂くと、ゴミとなった袋の残骸を私に押し付けた。

「知っていると言えば知っているが……。邪衆魔と鏡異界の人間が今一番手に入れたい思っている物だよな。……で、それがどうした?」

「実は今日、その事を初めて知ったんだけど」

 どういう事なのかなー、何て上目遣いで見遣ると、お兄ちゃんはそうだったっけ、等と惚けて見せた。

 ……ったく。

「ねぇお兄ちゃん、それって一体どういう物なの?」

「さあなぁ。剣の封印を解くのに必要らしいって事くらいしか知らないが、実際、鏡異界の人間にもどういう物なのかよく分かっちゃいないんじゃないのかなぁ」

 と、青の人と同じ様な返事が返って来た。

「ねぇ、それって一体どんな形をしているの?」

 結局、合唱部の皆の事が気に掛かって、掘り起こされた光石の実物を見る事が出来なかった私は、責っ付く様に尋ねた。

「……んー。実は俺も一度しか見た事が無いから一概にこれがそうだ、とは言えないんだがなぁ」

 ガリガリと硬いそれを前歯で噛み砕きながら、思い出そうとするかの様に、目を閉じる。その間も焦げ付かせない様、お玉杓子を回す手は止めない。

「見た目ねぇ……」

 質問の意味は明らかに伝わっているのに、お兄ちゃんはどう表現すればいいのか分からないとでも言う様に唸った。

「光石とは言っても、見た目はただの普通の石だとしか……。名前と違って光っている訳でも無いし……。うーん」

 唸るか食べるかどちらかにすればいいのに、とお兄ちゃんを見ながらこっそり心の中でツッコミを入れる。

 じゃあどうやってそれを見分けるのか尋ねると、笛に聞くんだ、という何とも奇妙な答えが返って来た。

「笛に? 笛って、封神笛だよね?」

「他にどんな驚きアイテムがあるんだ?」

 と、また、何時もの煙にまく様な物言いが返って来た。

「時にお兄ちゃん、聖神域ってのはどういう所なの?」

 それも今日初めて知ったのだけれど、と尋ねてみた。

「ああ、聖神域ね。あそこは……」

 と、今度は光石の時よりは歯切れの良い返事が返って来た。

 そこは、厳密には『封印されし場所』と訳すらしい。

 何処に“聖”やら“神”やら付くのか謎だったけれど、お兄ちゃんに言わせると、「気分だ」という答えだった。

 ……って、またお兄ちゃんが名付けたのか。

 あ、横道に逸れた。

 本題に戻すと、元々はこの世界にあるという伝説の剣の隠し場所が存在する空間を指すという。一種の聖域と言っても良い場所なのだそうだ。

 普通の人間に入る事の出来ないそこは、ある意味光石の隠された場所と同じ様な空間である為、同様にそう呼ばれているらしいのだ。

「確かに、私も変身ブレスが無ければ入られなかったよ」

 と相槌を打つと、それは違うと言われた。

「厳密には、封神笛を持ってたから入れたんだ。今は基本的に封神笛は変身ブレスに内蔵されているからな」

 意外と良い仕事するよな、音が鳴らない癖に、とお兄ちゃんはさりげなく厭味も付け加えた。

 いや、事実だけどさ。

「普通の人には入られないってのはよく分かった。でも夢操我は入られるじゃない」

 疑問を素直に言葉にすると、あっさり躱された。

「ありゃ別。普通の人間じゃないだろう。俺が思うに、あの空間だと光石の効果なのか妙に封神笛の力が増すんだよ。相性がいいっていうのかな。それと同じなんじゃないのか?」

 お兄ちゃんの悪いところは、時々言葉が足りない事だと思う。

 黙っていたつもりが、どうやら口にしていたらしい。

 お兄ちゃんは、溜め息を吐いて続けた。

「詰まり、鏡異界の人間や、邪衆魔達が使う特殊な能力も、あの空間に於いては、より一層、力を発揮出来るという訳だ。ここまではお分かりかな?」

 私が素直に頷くと、お兄ちゃんも鷹揚に頷いた。

「ついでに言うと、未だに聖神域の外で夢操我に遭遇した事が無いって事もその辺の事情に関係しているんじゃないか、と俺はふんでいるんだがね」

 ま、これは俺の勝手な推論だから、絶対とは言い切れないが、と言った。

「じゃあさ、聖神域は、全くこっちの世界と別の場所って事?」

「全く別っていうのは、違うかな。こっちの世界と密接な関係がある場所っていう方が正しいんじゃないかな。……例えばこちらで何か異変があれば聖神域でも何かしらの異変があるって感じかな」

 お兄ちゃんの言葉に、私はあの咲かなかった桜の木を思い出した。

「じゃあ、聖神域で何か変化があれば、こっちにも影響が出たりする?」

「ん? まあ、そういう事もあるだろうな」

 頷くお兄ちゃんは火を止めると、小皿にカレーをすくった。

 そしてアイスの最後の一口をかじり取ると、口から棒を取り出した。

「……あ、当たった」

「当たりだ」

 しばし、二人揃って棒を感慨深げに眺める。

「悪いが、今度交換してきてくれよ」

 と言いながら、棒を手渡された。引き受けてもいないのに、それは既にお兄ちゃんの中では決定事項となっているのは毎度の事だった。

 ちっ。

 お兄ちゃんはお兄ちゃんで、小皿によそったカレーに口をつけ、軽く悪態を吐いていた。

 今まで口にしていたアイスの冷たさから一転、熱々のカレーじゃそりゃ熱かろう。

「何、お前、何か気になる事でもあるのか?」

 冷蔵庫から出した冷えたミネラルウォーターをコップに注ぎ、一気飲みした後、お兄ちゃんは言った。

「いや、別に」

 モゴモゴと口の中で返事をすると、お兄ちゃんは暫く何も言わずに私をじっと睨み付けていた。

 ……って、恐いから。

「もしかしてお前、ディフェンジャーの皆とうまくいってなかったりするんじゃないよな?」

 ギクッ!

 思わず脳裏に漫画の書き文字の様な擬音が浮かぶ。

 家を空けがちの父親に、夜勤もある母親。忙しい母子家庭の様な生活を送って来た私達。

 兄と言うより、実はお母さんなんじゃないのかとしばしば思うくらいに鋭いところがある我が兄に、内心、ディフェンジャーを辞めた――今日は臨時にやったけど――事を伝えるべきか否か悩む。

「まあ、無理してまでやる程の物でもないからな。嫌なら辞めてもいいんだぞ」

 おいおい、何だよ、それ。無理矢理ひとに押し付けといて、どの口が言うかなあ。

 呆れて返事も出来ないでいると、お兄ちゃんは別の小皿にカレーをよそい私に味見する様、促した。

「んー、いいんじゃないかな」

「ああ? 『いいんじゃないかな』あ? 素直に美味いと言え、美味いと」

 鼻を鳴らすと、鍋をコンロから下ろし、今度は水の入ったやかんを火に掛けた。

「今度は何するの?」

「今日は温泉玉子を食いたい気分なんだ」

 カレーに載せるが、お前も食うか、と聞かれ、“食う”と返事をすると頭を叩かれた。

 自分だって“食う”って言うくせに、一々注意するあたり、本当にお母さんみたいだ。

 プリプリと腹を立てていると、今度は膝裏に衝撃をくらった。

 思わず倒れそうになった私を片手で支え、お兄ちゃんは、衝撃の主に声を掛けた。

「こら、膝裏は危ないだろ」

「将美、ディフェンジャー辞めちゃ駄目れしゅ!」

 ヒシと私の膝に抱き着く――と言うよりしがみついてロッカが言った。

「おい、ひとの話しはちゃんと聞きなさい」

 私の膝からロッカを引き剥がすと、お兄ちゃんはロッカに言った。

「孝道様、ごめんなさいれしゅ」

 ロッカは首根っこを掴まれた状態で、身体がぷらぷらとゆれていた。

 ……可愛い過ぎる。

 思わずロッカに頬擦りしたい衝動にかられる。

 が、ちょっと待て。

「前からずっと疑問に思っていたんだけど、どうして私は呼び捨てなのに、お兄ちゃんは“様”付けなの?」

 頬を膨らませて言うと、お兄ちゃんに(たしな)められた。

「将美、問題はそこじゃないから」

「だってぇ」

「兎に角、ロッカ、以降は膝裏に激突するのは禁止、な」

「はいれしゅ」

 しょんぼりとうなだれるロッカをお兄ちゃんから受け取ると、ロッカは一気に私の手から頭の上に駆け登った。

「孝道様、将美にディフェンジャーを辞めない様に言って下さいれしゅ!」

 頭上でロッカがお兄ちゃんに頭を下げているのが、冷蔵庫に写る。

「けどなぁ……」

 言われたお兄ちゃんはというと、困った様に腕組みをした。

「……ってちょっと、ロッカ、頼む相手が違うから」

「じゃあ、将美に頼んだら、辞めないれしゅか?」

 本人、気付いているのかいないのか……。

 冷蔵庫越しに写るその姿は、踏ん反り返っているとしか思えなかった。

 あんた、その態度はどうよ。

「私がやるやらないっていうのは違うでしょ? 私はお兄ちゃんが復帰するまでの繋ぎでしかないんだから」

「でもぉ……」

 頭上で地団駄を踏むロッカに顔を顰める。

「確かに、お前は俺のピンチヒッターだしな。無理する事はないって」

 私の肩をポンと叩くと、ロッカの「孝道様ぁ」という怨みがましい声がした。

「悪いがそういう事だ」

「でも、皆で将美がディフェンジャーをする事に決めたれしゅよ。将美はディフェンジャーれしゅよ」

 いや、だから私は臨時だって。

 未だグズグス言うロッカをお兄ちゃんはよしよしと慰めている。

「あの方も将美がディフェンジ……」

 お兄ちゃんが唐突にロッカを捕まえると、ロッカの口を強引に塞いだ。

「どうしたの?」

「いや、何でもない。兎に角、辞める辞めないはお前の自由にすればいいから。……ロッカ、ちーっとばかし、お前と話したい事がある。よく分かっているよな?」

 お兄ちゃんは私の返事も聞かずに、ロッカを連れて台所を出て行った。

 私はそんな後ろ姿を見送りながら、これで良かったのだろうかと、自問自答していたのだった。

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