SOI-006
夜の森を、修司は進む。
足元は積み重なった落ち葉により、どうしても音が出てしまうようだった。
時折の風が、季節を考えると明らかに異常であることを教えてくれる。
まるで、真夏の雨上がりのように生ぬるい風。
警戒を続ける修司を笑うかのように、どこからかフクロウの鳴き声が響く。
「役場で聞いた話だとこの辺に……あれか」
とっさに木の陰に隠れる修司。
その視線の先では、昔は誰かが手入れしていたのだろう石碑が並んでいる。
ただ今は……何とも言えない不気味な光に覆われていた。
(怨念たっぷりお代わり自由……って感じだな。この辺でこのレベルだとでかい場所だとどうなんだ?)
修司の知識からも、このあたりは特別大きな合戦があったわけでもなく、戦争の際に被害を受けた街でもない。
もう何世紀も前の出来事が、こうして力を持つということは、驚きであった。
有名どころ……主に怪談のということになるが、そう言った場所はどんなことになっているのか。
出来れば考えたくはないなと思いつつもやるべきことをこなすべく手順を確認していく。
「邪魔な奴を払って刀でぶった切る……これしかないな」
修司は異能を持っている。それでも主な力は攻撃のための物だ。
手持ちの道具では比較的弱い相手を消すのが精一杯だ。
たった1つ、背中の刀を除いては。
覚悟を決めた修司は、そのまま山の斜面を駆け下りるように走り出す。
すぐさま怪異たちも修司を迎え撃つべく動き出すが、そのほとんどは間に合わない。
正面で邪魔になる相手を一気に直剣で切り裂き、その結果できた隙間にすべり込む。
元々、供養のために作られたであろう道は、多くを自然に飲み込まれながらも、修司の足場となった。
剣に力を籠め、光の刃と共に回転すれば、満月の輪郭のように夜の闇を光が切り裂いていく。
「奇縁断裂……鬼切り!」
子供ほどの高さしかない石碑に近づいた修司は、本来は強力な怪異相手に使う力を振るう。
肉体を切るのではなく、相手の怪異としての何かを切る特殊な力。
今回は、石碑を覆う恨みのこもった光そのものを……切った。
途端、周囲に広がっていた嫌な空気が急に薄くなっていく。
それでも出現した怪異そのものは消えることはなく、焦ったように修司へと殺到し始める。
通常であれば大ピンチ……が、倒すつもりだった修司にとってみれば集まってくれるのだから気楽だった。
刀を左手に持ち替え、右手には直剣を握り直し、周囲の掃討を開始した。
「まさか夜明け前に終わるとは、さすがというべきなのかな」
「たまたまさ。これで有名どころが変わってたら10人はいないと話にならなそうだ」
討伐証明にと、怪異の牙や角、そのほか使えそうなものを一通り剥ぎ取ってきた修司。
適当に剥ぎ取った割に、生き物としてあるべき血肉がほぼついてこないあたり、怪異の異常性が垣間見える。
役場の大人たちも、異能はなくても感じていた嫌な気配が無くなったことは感じており、ほっとした様子だ。
結局、往復の移動と戦闘の結果、既に真夜中と言っていい時間になっていた。
後は残っている無線設備で天音の父らに移動をお願いするだけであった。
それも役場の人間が夜明けとともにやってくれるとなれば後は休むだけである。
「ぜひ泊って行ってくれ。規模は小さいが温泉があるんだ」
「そいつはありがたい」
文明は怪異の襲撃前後で大きく変化した。
以前のような飽食、贅沢のできる時代ではなくなったがそれでも人は一度覚えた生活を手放すことは難しい。
特に日本人にとって入浴関連は人間らしい生活をするうえで必須とも言えた。
古い時代のボイラーを参考にした物や、それこそ直に薪で沸かすような物まで。
そんな努力と苦労の中でも例外であり、一番の贅沢が温泉である。
問題の起きないよう、入浴できる日の決められたスケジュールに文句を言う人間は意外といなかったのであった。
「パワースポットが良くも悪くも決め手になるな……」
時間帯のためか、自分以外誰もいないことに妙な優越感を抱きながら広い湯船につかる修司。
古い規格の電灯が照らす風呂場は静かであった。
結果、小さなつぶやきも妙に大きく響いたような気がするのであった。
つぶやきとして漏れたのは今後への期待と不安。
怪異の出現により人間は大きな被害を受けている。
それでも文明は維持しようと、電機や機械、生活様式も出来るだけ後退させないようにしていた。
その結果が、一部は20世紀前半のような生活になるもタブレット端末はあるといった歪な光景。
銃火器が力を発揮する横で、かつての侍のように武器を持ち戦う人間。
そんな昔と今の微妙な境界線がパワースポットたちの影響により大きく変わろうとしている。
そのことを修司は身をもって感じていた。
「もし予想通りなら国の動きは有名どころの神社仏閣などの奪還……そして怪談の舞台の封印……」
今の年代を考えると、果たしてどこまで各地の資料が残っているのか。
そのことに頭を悩ませつつも、自分が全部考えることではないなと思い直す修司。
体中が温まる頃には、もやもやした考えはどこかに吹き飛んでいたのであった。
「修司お兄ちゃん、起きて!」
「? 天音、ついてきたのか」
翌朝、ぐっすり眠っていた修司を起こしたのはここにはいないはずの天音だった。
そのことに驚きつつも、どうせ父親にわがままを言ってついてきたんだろうと考える。
彼女に引っ張られれ、外に出ていけば既に打ち合わせを始めているらしい天音の父親がいた。
相手もこちらを見るなり、駆け寄ってくる。
「問題は解決したらしいね。夜明けとともに走って来たよ」
「だいぶ無茶をしましたね」
太陽の下ではほとんどの怪異が出てこない。
そのことは既に人類全体の共通認識だが何事にも例外がある。
とはいえ、修司もあまりうるさく言うつもりもなかった。
可能性だけで考えていたら何もできなくなる、そんな時代だからだ。
修司自身、危ないからと判断していたら戦えるはずもないのだ。
「中央との連絡は常に維持しておきたいからね。さっそく修理を始めるよ。天音のことを頼むよ」
そういって移動する天音の父を見送りつつ、修司は自分の腰に捕まっている天音を抱きかかえた。
軽い、守るべき相手だと感じさせる温もりを服越しに感じつつ、なぜか笑顔の天音を見る修司。
「何か面白い物あったか?」
「ううん。お兄ちゃんが元気でよかったなって」
裏の無い子供の笑顔に、少し残っていた昨晩の悩み事も押し流されていくのを修司は感じていた。