SOI-004
世界は再び変革の時を迎えた。
そのことを日本だけでなく、世界中が知るのは修司が大クスに力を借りてからしばらくの時を要することになる。
原因の1つに、検証が難しいということが挙げられた。
曰く、空を飛べた。武器が大きくなった。怪我が治った。古くからある木造建築が急に新築になった等等
怪異との戦いで不思議なことに慣れていたはずの人間ですら、困惑することばかりだったのである。
特に一番問題になったのは、資源の増加。
信仰の対象と言われて像やご神木、等と想像する物以外に意外と身近な物、それは山・川などの自然である。
山の恵み、海の恵みと言えば聞こえはいいが、それも人口が減っていなければ足りているとは言い難かった。
それが変化後には、畑に満たされる野菜たちは食べるに十分なほど。
かつて、網を投げればいくらでもと呼ばれた時代を思い出させるような魚群たち。
人々は、生きろと言われているように感じるのだった。
「はい、修司お兄ちゃん!」
「ありがとな。たくさん採れたか?」
天音の顔が返事の代わりの満面の笑みに変わるのを見て、修司もまた微笑む。
受け取ったキュウリをそのまま齧れば口いっぱいに味わいだ。
味噌と酒が欲しくなるな……そんなことを考えながら初夏の日差しを見上げる修司。
大クスが輝く月夜からしばらくの間、町は平和だった。
小物は森に出てくるものの、大物と呼べるような怪異は出てこなかったのである。
だが、安心はできなかった。
「お兄ちゃん……こわいのが出て来たってほんと?」
「……ああ」
ここは町の端にある大クスの丘の手前。
あれ以来、整備された道端には休憩用のベンチだってある。
のんびりと日光浴……そんな場所にいながら修司の内心は暗い。
ラジオから聞こえて来たもの、それは関東方面に大量の怪異が出てきたという話だった。
国家の中枢、日本として守るべき人間の住む関東は備えも、対策も万全。
それでもそれに胡坐をかいていられるような余裕はなくなっていた。
一歩山に入れば、大量の怪異が目撃できるという。
「よくも悪くもパワースポットのおかげ……だな」
「お化けのお話もあるもんね」
心配そうな天音の姿に、子供を怖がらせてどうするんだと自分を叱りつける修司。
安心させるべくいつもしているように頭を撫で、大クスを見上げる。
太陽の光の下、大クスはその大木としての姿を立派にさらしている。
「大丈夫だ。俺みたいにみんな強いからな」
「そうだね! あっ、そういえばお父さんが呼んでたよ」
なら一緒に帰るか、と天音を抱き上げ、肩車をしようとして……怒られた。
もうそんな子供じゃないもん!などと怒ってくる彼女をなだめながら歩く修司の顔は明るい。
この先も何とかして見せる、そんな気持ちがあったからかもしれなかった。
双子月の夜から、町の生活は少しずつ変わっていった。
まずは防衛用の柵の作成。コンクリートが貴重になったこの時代では主に木材が主流だ。
昭和やその前に戻ったようだとお年寄りが口にするように、一部はまさに過去に戻ったよう。
そんな中でも、人々は元の生活を出来るだけ再現しようと試みる物である。
最たるものが電気、そしてだろうか。この瞬間だけは、日本は油そのものは資源国家であった。
「海岸線がダメだったらとっくに干上がってただろうね」
「確かに……それで、お話とは?」
母親の元へと駆けていく天音を見送りながら、修司は自分を呼び出した天音の父と向き合っていた。
柱にはクローゼット代わりにハンガーがかかっており、そこにある苗字は舞原とある。
少し白髪の入った姿に、苦労しているのだろうかと勝手に考える修司であった。
「ああ、そうだったそうだった。私が都市部で研究所に勤めていたのは話したかな?」
「ええ、確か……異常環境下での通信と活動のための開発だとか」
一般人をはるかに超えた能力を持つ修司だったが、だからといって他人を見下すわけでもない。
年上で、普通の相手であれば相応の対応をするのが基本だ。
増長しやすい異能者の中ではかなり希少な存在であることを彼自身はあまり自覚が無いようだった。
「そう、かつての事件により世界中のネットワークは分断された。かろうじてというべきか海底ケーブルは無事。電波自体も時折邪魔が入るけど人類の生存圏内であれば通信は可能……ただ問題が分断された同士の通信だ」
「関東の話も運よくクリアな時にでしたものね」
映像は送れず、音声のみの通信。となれば実は自分たち以外の場所は滅んでいるのではないか。
そんな疑問が出てくるぐらいには怪異のいる場所を通るのは無謀だった。
もしも海岸線やそれに伴う海路が無ければ、とっくに各地が順番に力尽きていた、そう感じる修司。
「そういうことだね。妻の病気が無ければあちらにいたんだろうが……。本題に入ろう……修司君には、見回りのついでで構わないから昔の神社仏閣、そのほかそういった場所を探索してみてほしいんだ。それと、出来れば私も含めて多少鍛えてほしい」
「探索は望むところですが……鍛える? 失礼ですがおじさんぐらいの歳だと」
既に異能に目覚める可能性は低い……その言葉を修司は飲み込むことになる。
目の前で天音の父、達也は親指と人差し指の間に電気の輝きを産み出して見せたのだ。
異能……確かに異能であった。
「まあ、何かに使えるかと言えば機械を調べる時ぐらいなのだけどね。そうでなくても君が不在になるということは誰かが守らなくちゃあいけない。これは町長にも相談済みなんだ。大人は、やれることをやるべきじゃあないかってね」
「……わかりました。物のついでです。子供達にも異能者が出ていないか確認もしましょう」
最初は逃げる訓練、そう思っていた修司と達也の思いは色々な意味で打ち砕かれることになる。
訓練場所を、大クスのある広場としたのがある意味間違いで、ある意味大正解だった。
それは訓練を開始してすぐのことである。
「みてみてー!」
「どういうことだ……」
修司は自分の中の常識が砕かれていくのを感じた。
しかし、すぐに思い直す。そもそも、自分が異能のすべてをわかっているなどと何故思ったのか。
命の危機や、ずっとそれを信じていた者に目覚めやすそうなどというのもただの経験だったのだと。
昔ながらの手順で清められた竹やりや、木の棒などを使って自衛のための訓練をする大人たち。
その横で、たまたま参加していた町の子供達10名ほど。
少年少女たちが飽きたとばかりに大クスに触り、遊んでいた時のことだった。
その中の1人である天音が、何かに気が付いたように修司のそばに駆け寄り……両手を広げて見せる。
そこからは確かな光が膨らみ、それは修司へと届く。
まるで温かいお湯が体を覆うような感覚と共に、修司は自身の体が癒されていくのを感じていた。
「天音、その光はいつから?」
「んー? さっきー。大クスさんにね、天音も頑張りたいですってお願いしたら、うんって言ってくれたの」
無邪気な子供の声に、修司を含め大人たちが大クスへと向く。
まさかと思いつつ大人たちも順番に大クスの前で祈り、その幹に手を触れる。
すると、何名かはやはり何も変化を感じなかったが、逆に何名かは変化を感じたのだった。
「修司君、これは発見だよ……大発見だ!」
「みたいですね……でもこれは怖いぞ……」
これまで無力に近かった人間たちもどこからか力を借りられる。
そのことはとても重要で、明るいニュースだと言える。
しかし、こうも考えられないだろうか?
怨念渦巻く場所や、良くない場所がその力と存在を今によみがえらせているとしたら?
大クスが人間に力を貸してくれたように、怪異に力を貸すパワースポットもあるのではないか?
関東の騒動もそのせいではないのか?
修司だけでなく、周囲の大人たちも同じ考えに到達していく。
その証拠とでも言わんばかりに、数日後、隣町で怪異の目撃情報が急増するのだった。