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SOI-003


 町中に響き渡る古臭い鐘の音。

 遠くまで聞こえるようにと考えられた音は低く、重い。

 その音に不安を抱く人もいれば、覚悟を決める人もいる。


「公民館に避難だ! 急げっ!」


「老人子供を先に運べっ!」


 世界中に怪異が出現し始めた混乱期、日本は和洋折衷、あらゆるものを取り入れた。

 生き残るためには何でもする、それは人間の本能なのかもしれない。

 そんな中でも日本はいつものように取り入れ、自分たちなりにアレンジを重ねていったのだった。


 その中の1つが、既に原形をとどめていない神秘の力による警戒網。

 連携している近隣市町村のいずれかに大きな危険が迫りそうな時、一斉に反応する仕組みである。

 仕組み自体は簡単で、鳴子のようなものが各所に設置されており、反応する。

 独自に定めた基準により、力ある者たちの出動を必要とするかもしれないという時の物だ。


「修司君、君は」


「俺は外で待機しています。出来れば周囲の警戒をお願いします」


 田舎町となれば警察官も数名、普段は小鬼を追い払うか退治するのがせいぜいだ。

 山に行けるような猟師ともなればいない町の方が多い。

 喧嘩となれば動けそうな大人とて、何も無しでは戦えない……それが怪異である。


 まだ若い修司に一番危ない役をやらせることを気にしている、そんな顔。

 この中の誰よりも強く、誰よりもある意味安全な修司のことを心配しているのだ。


 そのことが、彼の胸を熱くさせる。


「さてと……来るか来ないか……何か来てくれた方が逆にすっきりはするんだがなあ」


 元々夜ともなれば出歩く人がいない、それはこの田舎町も都会も変わらない。

 まるで、夜に食べられたようだと感じる光景に、何度も悲しくもなった。

 かといって昔そうだったように、夜中まで煌々と明るいというのもどうかとは思う修司だった。


 イノシシを役所の脇に置き、装備を点検する。

 手斧に直剣、投擲用のナイフいくつかに各種小道具。

 唯一、この町に来てからはまだ一度も使っていない装備が背中に括り付けてある。

 それは反りのある……刀だ。


 抜くような相手が出てこないといい、そう考えつつ公民館を離れて修司は一人、歩き出す。

 そんな彼を公民館の二階から見つめる町の人々。

 視線を感じつつも、そのまま周囲の見回りを開始した。


 市町村のどこかに、という条件で鳴る鐘であるため、出てこないことの方が多いのが実情だった。

 あくまでも……これまでは。


「あの100年近く前にも月が2つだったという……っ!」


 昔はともかく、対策がある程度されている現在では町中に怪異が出ることはまずない。

 ごく一部を除けば、外から入ってくる場合のみである。

 今回もまた、町の境界の外側に……修司はそれを感じ取った。


 暗がりから月明りを浴びて出てきたのは……狸だった。

 最初は一匹、そして二匹……追い出されてきたのだろうか。


「気配を感じたんだが気のせいだったか?」


 言いながら、すぐに直剣を構えなおした修司。

 彼の視線の先では、狸たちが立ち上がり──と言っても餌をねだるがごとき姿だったが──踊り出した。


 一見すると間抜けな姿。

 夜にということを差し引けば芸でも仕込まれたかのようだ。

 が、すぐさま修司は駆け寄り殺気を込めて長剣を振るい……手ごたえの無さに舌打ちしながら後方に飛んだ。


「やられたっ!」


 世界各地に出現した怪物、怪異たちはその土地に伝わる怪物をなぜか模していることが多かった。

 歴史の浅い土地では、一般的な幽霊であるとか、動く死体等が主だったようである。

 そして日本やそういった逸話の多い国では……それらがそのまま出てきたのだ。


 狸のいた場所に妙な煙が漂っていた。

 狸と言えば変化、その変化先は別の怪異である。


「少数で助かったな……たくさんいたらどうしようもない」


 視線の先では、百鬼夜行に化けようとしたのか三匹、いや……三体の骸骨が立っていた。

 その手には鉈のようなもの、明らかにこちらを害するつもりだと修司にも感じられた。


 ところが、骸骨は修司を襲ったり町に入ろうとせずにとある方向へと駆け出した。

 修司が視線を向けた先には……町の天然記念物でもあり、伝承の残る大クスの木。


「嘘だろ……光ってる!? って、やらせるかっ」


 直感的に、修司は骸骨、化け狸の狙いが人間ではなくあの大クスだと感じ取っていた。

 それは戦って来た経験でもあり、自身に宿る異能の呼びかけでもあった。


 予想外の速さで走る骸骨を追いかけ、ついに追い抜いた修司は大クスと骸骨の間に割って入る。

 町のすぐそばにある小高い丘の上、近づけばよりわかるほどに大クスが光っている。

 眩しいほどではないが、暗闇にあっては間違いなく光っているとわかる物だった。


「よくわかんねーけど、やらせないよ。そういや、飢饉のときに根元を掘ったら水が出た、突然成った実を食べてしのいだ……みたいな話があったっけか」


 ある意味ではどの地方にもある巨木。逸話のようなものも各地で伝わっている。

 有名というほどではないが、無名というほどではないいわゆるパワースポット。

 それがこの町の大クスだった。


 無言の骸骨はそのまま姿勢を下げ、修司を狙うことに決めたようだった。

 自分に注がれる殺気に、修司も構えなおす。

 敵の力は未知数。であればやることは1つ、手加減せずに倒す、それだけだ。


「大クスよ。願わくばここに住む者に安息を……っ!?」


 戸惑いの感情を表に出してしまいながらも、まずは目の前の相手、ということで駆け出した修司。

 その速さは彼自身にとっても予想外、明らかに普段以上の物だった。

 一息に接近し、そして直剣が骸骨の鎖骨から腰骨までを斜めに叩ききった。


「今のは……大クス?」


 倒すつもりではあったが、まず有効打から次をと思っていた修司にとっても今の一撃は出来過ぎていた。

 まるで大クスから力を借りれたような、高揚感。


 カタカタと音を立てる残りの骸骨に、気を取り直して戦いを再開した。

 あっさりと、それらもバラバラになり消えていく。


 他に怪異がいないことを確認し、そっと大クスの表面に手を触れる修司。

 瞬間、淡い光が大クスから修司へと腕を伝わってきた。


「わっ……そうか、地球も、生きているんだな」


 当たり前と言えば当たり前の認識。

 だがこの場合はそう言う意味ではないようだった。


 正しく、大クスは修司を手助けしたのだ。

 この土地に生き、この土地で自らを信仰する者へと力を貸したのである。


「ははっ、思い出した。昔よく来てたな」


 久しぶりに帰ってきた俺にどうして?と考えた修司が思い出したのは子供の頃。

 まだ小学校に上がりたてぐらいの時から、彼はよく周囲を走っているような子供だった。

 そのコースの中には大クスがあり、通るたびになぜか祈っていたのを思い出したのだ。


 いつも見守ってくれてありがとう、そんな感じだった気がすると思い出しつつ、大クスを撫でる。

 大クスが返事のように、脈動したような気がした修司は頷きを返す。


「明るくなったらこのあたりも整備し直そう。俺の予感が正しければこれはここだけの話じゃない」


 ただの田舎町にあるご神木(と呼ぶには少々知名度が足りないかもしれない)ですら力を借りれたのだ。

 有名どころともなれば、正しく扱えばどれほどのものになるか。


 その予感に、修司は期待と……嫌な予感を抱いていた。




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