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SOI-029

年末年始を含んだ約一か月、ありがとうございました。


 朝は誰にでも、いつでもやってくる。

 それは疲労に沈む修司たちの前にも、まだ日本に潜む怪異たちの前にもだ。


「デマではない……か」


 時間にして6時過ぎ。まだ起き始めるのは少し早いだろう時間。

 久しぶりの布団に、ぐっすりと眠ったはずの修司。

 目覚ましもかけていないのに、いつもの時間に起きる体を恨めしく思った。


 寝直す気分にもならず、いつものようにタブレットを操作して情報収集である。


 画面に踊るのは、西日本での作戦たちの成功と拠点奪還の知らせ。

 そして、観測できる範囲でのユーラシア大陸、特に元中国である東海岸の現状だった。

 解像度はあまり高くなく、遠くからの撮影になっているが……。


「人影がなし……南北どちらかに移動したと思われる、か。あの龍のこともある。怪異が大陸を超えてくるのか?」


 修司が心配するように、海にも問題は多いはずであった。

 かつて帆船で世界を旅していた時代には海にもそういった物はいたわけである。

 巨大な蛸とも烏賊ともわからない怪物や、人を誘う物、見えない場所というのは怪物の住処と同義だった。


「人が住んでいない場所、人の考えが及ばない場所には怪異が住み着きやすいのだろうか」


 そう考えつつも、自分に出来ることが限られる現実にため息を漏らす修司。

 と、ようやくというべきか朝日が部屋に射しこんでくる。


「はふ……おはようございます」


「ああ、おはよう。今日はお父さんたちに手紙を出さないとな」


 起きて来た天音の寝癖を直してやりつつ、自身の声が優しい物になっていることに気が付いた修司。

 恐らく、近いところでの大きな戦いはしばらくないだろうことから来る気持ちの余裕だ。

 

 西日本での戦いが一段落し、これからは切り取りをするように人間の住める場所を取り返すことになる。

 とはいえ、今の日本は人口が4000万人に満たない。

 つまりは、散らばって生きるのには向いていない、のだ。


「ぶーたも修司お兄ちゃんも、私も元気ですって書く―!」


 寝起きだというのに元気いっぱいな彼女に微笑みつつ、外に出る。

 琵琶湖近辺での大きな戦いからしばらく。

 都市部からの物資搬入は続き、日本海側の限られた拠点として1つの町が復興され始めていた。


 それは行政がやってくるということであり、比較的平和な地域からの増援が集まってきている。

 ある意味常連となっている怪異相手には十分な戦力であり、修司たちも休めているという訳だ。


 廃墟だった場所がよみがえりつつあることを見て感じつつ、日本人はどこで足を止めるのかと考えてしまう修司だった。


 朝の寒い空気の中、2人で歩いて向かうのは臨時で設けられた役所。

 元々ある建物を流用していると言っても、あちこち穴だらけである。

 心なしか、中で動いている役人たちもやや元気がない。


「よう、暖房確保はまだ先なのかい」


「あー、そうなんですよねー。居住区優先ですからね……見てくださいよ、普通に戦地用の装備ですもの」


 力なく笑う女性は、確かに書類仕事用とは思えない重装備だ。

 露出している手先や顔が赤いあたりが寒さを感じる状態になっている。


 話を聞きたいと告げた修司は、別室へと案内された。

 そこは長話がしやすいようにか、建物でもまだ隙間の少ない部屋に感じられた。


「一度戻るか、移動を考えていてな。状況を再確認しようと思って」


「まあ確かに。修司さんたちほどの実績があればどこでも歓迎されますよ。あ、1つだけ連絡が来てますよ」


 名指しで、と言われ首をかしげる修司。

 天音の両親……には連絡の手段がないはずである。こちらが移動している以上、届けようがないのだ。

 であれば誰が……そう思い、送信者を見て納得する修司。


「お兄ちゃん、誰?」


「俺の同僚さ。こいつも限られた異能者だけを頼りにした戦いは先細りするって言ってたやつなんだ。復興作業向きだから俺と違って戦いにはほとんど行ってないはずだが……ふむ」


 内容はいたってシンプル。手伝ってくれないか?という趣旨の文面だ。

 討伐のニュースを見て俺が戦線に復帰したことを知ったのだろう。

 厄介な戦いへの依頼だったら断るところだが、俺に頼るというのはどういうことだろうか?


「天音、温泉旅行にいくか」


「温泉!? 行く!」


「あああ……温かい温泉、いいなあ」


 役人の心からの嘆きに苦笑を返しつつ、礼を言って2人は役所から出る。

 そうして向かう先には、サイドカー付きのバイクだ。

 まだ寒さに冷え切ったバイクも、エンジンをかければすぐに温まる。

 補給物資から燃料は補給済み、南下するには十分だ。


 どこに出かけていたのか、そばにいなかったぶーたも呼び戻し、旅が始まる。


 まだ手付かずの琵琶湖西回りは回避し、東から南下していく修司たち。

 途中、怪異を見かけることはあっても大した相手ではなかった。

 バイクを降りることもなく、天音の魔法により討伐される。


 部位撮影による報告は省略とし、口頭での録音報告にとどめた。

 遠距離での討伐や、数が多い場合、吹き飛ばしてしまった場合などにはこうしても構わないのだ。


「雪が無くなっちゃったね」


「確かにな。このあたりは寒いけれど、まだ温かい」


 途中、休憩に立ち寄った町は平和そのものだった。

 近くから脅威がほぼ去ったため、人々の顔も明るく、動きが活発だ。

 政府も西日本での副政府とでもいうべき形を選択したため、動きやすくなったとも言える。


 旧世紀の誰かが言っていた、名古屋と大阪、どちらかに首都を置くべきなんていう話が現実となっていた。


「お、どんな神様か知らないけれど祠があるな」


「お祈りお祈り……」


 怪異が世界を襲い、人々が多く亡くなってしまってからほぼ1世紀。

 ようやくというべきか人間は反抗の刃を手にし、抵抗が実を結び始めている。


 人々が手にしたのは異能の力。

 伝承を現代によみがえらせる過去の力。

 そして、こうあってほしいという思いが生み出す新時代の伝承の力。


 そのどちらもが人という器の中にあり、使い手次第というのは幸運なのか不幸なのか。


「頑張れだって」


「俺にも聞こえた。そうか……うん、頑張るよ」


 名も知らない土地神様であろう相手からの声を聞き、2人は笑顔になる。

 再びバイクに乗り進む先にはきっと、良いことも悪いこともあるだろう。


 それでも2人は前に進むのだ。

 笑顔でいられる人が1人でも増えるように……と。



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