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SOI-002


 今日も人類は生き残っている。例え住む場所のの半分近くを怪物、怪異たちに支配されていようとも……。


 日本も大きく影響を受ける。その中の1つが、食糧事情である。

 事件前は旧世紀より改善したと言っても日本は多くを輸入に頼っていた。

 そんな中での日々の食事は、事件前後で大きく変化したのだ。


 飽食は不可能となり、食べたければ作り、育てるしかないのだと日本人は学んだ。

 皮肉なことに、人類のいなくなった土地では自然が回復し始めているようだった。

 不用意に踏み込むことは難しく、国は半ば強引な農地の増加を実施。

 そして酪農・畜産従事者も増加した。

 誰もが日々を生きるために、必死に取り込んでいるのだ。


 それ以外にも糧を得る方法はある。修司はそれを実践しているのだった。


「食える怪異は良い怪異だってな!」


 ある意味軽快な台詞を叫びながら、修司は自分に向かって来た巨体……イノシシを迎え撃つ。

 車の突進に等しいその衝撃を受けることはなく、逆に通り抜けざまに振り抜いた手斧が象牙と見まごうばかりの牙を切り取っていた。


 落ち葉を巻き上げつつも反転したイノシシはなおも修司へと突進し、食らいつこうと口を開いた。

 よだれだらけの、噛まれたら病気でも死んでしまいそうなそれをやはり、修司は余裕をもって回避した。

 それどころか、人間業とは思えない動きで並走して見せた。


 その右手には、鬼を切り裂いた直剣。

 それを使って切り裂くのではなく、イノシシへと突き入れたのだ。

 

 森に響く獣の声。それは理不尽への叫びか、生への渇望か。

 そのことを修司が気にすることもなく、冷静に倒れたイノシシを見つめ、その命が尽きるのを待つ。

 本当は縛るなりして血抜きをしたいのだが、うっかりで怪我をしてしまう方が問題である。


「……俺以外でも車でこれるような場所に出てくるにしても、でかいな」


 まだ鼻息荒いイノシシが立ち上がってくる様子はない。

 どうやらこけた際に足を折ったようだと観察しつつ、周囲を見渡せばいくつかの廃墟が見えた。


 そう、ここは廃棄された村の1つなのだ。

 周囲は山深く、どうしてもここでは生き残れない判断した住民は麓の町に避難したという。

 事件後の森の力はすさまじく、10年20年と人が住んでいなければ全ては森に包まれる。


 かろうじて、かつての道路は獣道よりはマシという状態で残り、修司もそこを通ってイノシシを持ち帰る予定だった。

 ついに力尽きたイノシシの腹を開き、食べるのが困難な内臓類を適当に掘った穴へと放り込んだ。

 本来ならば貴重な食糧であろう一部の内臓も、怪異に近づいたイノシシとあれば人間には毒だった。


 食べることのできる肉と毛皮を町に提供すべく、どうにかして引きづっていくのかと思いきや、取り出した太いロープを幾重にもイノシシに巻き付ける。


 そして、目撃する者もいない森の中……自分より大きなイノシシを背負った修司は体を傾けながら駆け出した。


「よっほっ! へへっ、コンクリ担いでる訓練より全然気楽だぜ」


 相当な重量のはずだが、修司の声は明るい。

 それもそのはず、かつて彼が学んでいた時の訓練と比べれば、持ち帰れば食べられるものが荷物なのだ。

 瓦礫を再利用した重りより運び甲斐があるという物である。


 さすがに斜面は足を滑らせないようにとやや速度は落としたが、それ以外はまるで何も背負っていないかのように修司は走り続けた。


 銃等で武装するかつての自衛隊や警察組織と違い、己の肉体と異能で戦う新時代の戦士、その中の1人が修司である。

 貴重な人員の中でもトップクラスの実力を持っていた修司だったが、今は前線にいない。


 その理由は……依頼拒否だった。


「重要だからって、死んでも成果を……はだめだろうよ」


 斜面は平たんとなり、町がもうすぐ見えてくるだろう場所に出て来たことで余裕が出てきたようだ。

 ふと、町に帰ってきてしまった理由を思い出してしまった修司だった。


 専門の学校を成績優秀で卒業し、何年も戦いの場にいた修司。

 だが彼は、ずっととあることに悩んでいた。


 それは、異能者たちがすぐに無茶をすることだった。

 正確には、自分たちならなんとかなる、なんとかしないといけない、そんな思考だ。


 確かに異能者たちは強い力を持っている。

 科学では説明できない現象を起こしたり、空を飛ぶような異能者もいた。

 修司はその中でも一番わかりやすい、肉体強化の能力持ちだったのだ。


「大体は怪我も治りやすいし、死ににくい。だからって……」


 修司が思い出すのは、重要拠点だからと多くの異能者が投入され、未帰還者が多数出た作戦。

 あくまで行方不明扱いではあるが、事実上の戦死……そのことが修司を苦しめる。


 なぜもっと準備をしない、無理なら無理で支援を頼まない。

 もっと協力し合えば、もっと力に限界があることを自覚していれば。

 まさに後の祭り、そんな結果が時折現実に襲い掛かってくるのだ。


 せっかくの異能者が減りすぎないよう、そうでない人とも協力し合い戦うべき。

 何度もそう進言し……他でもない異能者たちからそれは否定されたのだ。


 自分たちは選ばれたのだから、と。

 そして、修司は前線での戦いに限界を感じた。


 元々、異能者の前線への参加は任意だった。と言っても周囲の期待、諸々を考えると前線に向かう異能者の方が圧倒的に多い。


「だからまあ、俺みたいに里帰りしても文句は出たがだめとは言われなかったんだよなあ」


 もし、だめと言われたら力づくでも戻る予定だった修司としては拍子抜けだったのは間違いない。

 恐らく、都市では多少は話題になったかもしれないが見送りはなく、復帰の催促も来ない。


 それどころではないのかもしれないし、自分ぐらいの人材は他にもいるということなのかもしれない。

 確かめようのない話に半分気持ちを割いていた修司はそれに気が付くのが遅れた。


「なんだ? 町が騒がしいな……あれはっ!」


 普段は外に出歩かないであろう夕方。

 まもなく日も陰ってくるだろう時間帯に町の人々が道路に出て、空を指さしていた。


 背負ったイノシシごと振り返り、空を見上げた修司の目に飛び込んできたものは……。


 いつかのような二重の月。


 1つの月は暗く、どこか不気味さを感じる物。

 そうしてもう1つの月は、いつもの輝きに見えて違った。


 朝日のごとく、白銀の輝きに満ちていたのだ。

 まるで……赤黒い月に対抗するように。


「また世界が変わるのか……?」


 見回りの話を役所でしないといけない。

 そう気持ちを切り替えて修司は町へと駆け戻る。


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