SOI-028
異能の力は想像の力。
伝承が力を形作り、今の世に本当を産み出す。
古き伝承は、伝わるままのかつての姿を。
新しき伝承は、噂として新たな特別を。
「止まった。お兄ちゃん!」
「おうっ!」
直視し続ければ、しばらく目が見えなくなりそうな閃光。
黒い龍の放った雷と、修司たちの繰り出した障壁とがぶつかり合った結果だ。
修司は天音を信じ、天音は自分なら行けると考える修司を信じた。
2人の間にいるぶーたもまた、尻尾を太くし鳴いている。
見た目は雷だが、実態は龍の力のようですぐに消えずに障壁と光を放ち続けた。
そのことに驚きつつも、天音の声に飛び出す修司の手には刀。
振り抜けるのならば、斬ればいいのだ。
「やるのは初めてだが……雷切!」
伝承の武器も、最初からその伝承を携えていたわけでは無い。
結果として成したことが、その評価となっていくのだ。
そうして……修司の手にした刀は今日、その伝承をまた1つ重ねる。
風船が割れるような音を立て、黒い雷は2つに別れていく。
不思議なことに、雷はそのまま空に溶けるように無くなっていくのであった。
邪魔者がいなくなった視界の先には曇ってきた空をバックに、悠々と浮いている黒い龍。
その姿に刀を構えなおし、杖を向けたところで背後から白い雷が伸び、黒龍を一気に遠くへと吹き飛ばした。
驚いた2人の背後に気配が近づいてくる。修司が振り返れば、ぶーたがいた。
「? って、どこにのってんだよ」
「おおきいー」
そう、復帰して来た白龍と呼べるだろう相手の鼻先に、ぶーたが乗っていたのだ。
巨体を浮かせながらも、顔は修司の前にある。
近すぎて見えにくい白龍の瞳に、確かな理性を感じる修司だった。
「そうか、わかった。天音、乗るぞ」
「おおおー!」
よく見ると額には2本の角。その角の間へと登る修司。
天音も驚きを顔に張り付けつつよじ登る。
2人が乗ったことを確認し、白龍は一鳴きして再び空へと舞い上がった。
角を掴みながら、その力と存在感に口元が上がるのが修司には感じられた。
(伝承の多くはただの作り話だ。だけど、今ここに本物がある)
考えてみれば、怪異という敵も本当はいくらもないのだ。
そんな作り物が本物として人間を襲うのだから、逆があったっていい。
神社仏閣やパワースポットから力を借りる以外に、神様たちに力を借りる。
そのことが不可能ではないのではないか、そう思わせる出来事に興奮しているのだ。
「昔と今が、一緒に前を向ける……頑張らないとな」
「うん。あ、来たよお兄ちゃん」
視線の先で、復帰して来た黒龍が吠えると周囲には黒い靄のようなものが現れる。
それらは何かの形となり、放っておけない何かとなる。
「天音、ぶーた、迎撃だ!」
「みんなまとめてどっかーんだ!」
修司とは別の角に捕まったままの天音の手でステッキが光り、力を産む。
それは白龍の力に干渉しているのかいつもとは違う雰囲気のソレとなる。
光の玉となった力にとげのように生えた鋭い穂先がどんどんと打ち出される。
それは自意識があるかのように、黒龍から生み出された空飛ぶ人型を打ち抜いていく。
撃ち落とされる姿は日本の天狗と、大陸の別の怪異を混ぜたような姿をしていた。
ぶーたはといえば、影渡りの力を利用して狙いの相手の背中に転移していた。
白龍の光で出来た相手の影を利用したのだ。そうして1匹1匹、仕留めていく。
「琵琶湖の龍神よ……今さらだが、力を貸してくれると嬉しい。貴方を覚えている未来を掴むためにも」
声は帰ってこない。
けれど、修司は自分の体の下から返事代わりの何かを感じたように思えた。
左手で角を掴みつつ、右手は鞘に納めた刀を握っている。
向かう先は黒龍、大物中の大物だ。そのための力もかなりの物になる。
バイクで高速を出した時のような風が体を揺らす。
そんな中、着実に黒龍の姿が近づき……。
「にじんだ!? 違う、別れるんだ!」
元々暗い空をバックにしている黒龍の姿は曖昧に見えていた。
時折の雷鳴が照明代わりのようなものだったのだ。
だが、今はその姿は確実ににじむようにぼやけていた。
「虫さんだ!」
「この足の数……そうか、ムカデか!」
修司の頭に浮かぶのは、わずかに聞いた覚えのある琵琶湖の伝承。
この土地……そこで起きたというかつての戦い。
本来は、大陸からの龍神だけが相手だっただろう状況だ。
そこに現地の力が混ざり合い、今の相手になったのだろうと修司は考えた。
にらみつける先で、服を脱ぎ去るように黒龍は巨大な空飛ぶムカデと、無数の小さなそれに別れた。
「俺が斬る! つっこめっ!」
「細かいのは任せてっ!」
雷雲をつっきるかのように、突進していく白龍。
黒龍から別れた子ムカデたちは空を飛んだまま修司たちに迫るが、届かない。
天音とぶーた、そして白龍の放つ力がその身をはじけさせたのだ。
そして……怪しく光る瞳を持つ大ムカデが近くなってきた。
人間サイズなら簡単に丸のみできそうな口を開き襲い掛かる大ムカデ。
だが、白龍もその身をひねり、しっかりと回避する。
それ自体は大ムカデの思い通り。
器用に首になるだろう部分を曲げ、白龍へと噛みつこうと顔の向きが変わった。
が、それは修司の狙いだった。
「ここから先はやらせんっ!」
天音が止める間もなく、修司は白龍の額を蹴った。
そうして飛び上がった先で、刀が抜かれる。
かつての戦士のように、自身の力を刃にこめ……上段に構えられた刀。
そのままでは牙の1本を斬るのが精一杯だろう。
「奇縁……真斬! 斬るべき物を斬る!」
瞬間、修司の手にした刀を光が覆う。
それは修司自身の力であり、そばにいる天音たちの力であり、白龍の力でもあった。
光が刃となり、大きく長く伸びていく。
その力が、振り下ろされた。
余波を考え、海へ向いた状態で振るわれた刀は大ムカデを見事に両断する。
そのまま衝撃波のように力は伸び、遠くへと飛んでいくのが修司にもわかった。
修司たちは知ることはできないが、その力は日本海へも抜け、大地と海に力を刻んだ。
「まだ生きてる!?」
落下しながら修司が見た物は、首だけになっても音を鳴らしながら自分を睨む大ムカデだった。
どうするかと悩んだところで、白龍がその首をかみ砕くのが見えた。
そのまま何かに体を掴まれる。
「もう、お兄ちゃん。無理しちゃだめだよ」
「悪い、助かったよ」
それは天女のように空を飛ぶ天音だった。
羽根代わりに羽衣をまとう姿は、噂されるのの無理はない。
そのまま白龍に戻った修司たちは、白龍の動くままに琵琶湖へと戻る。
元は祠があったであろう場所に降り立った修司たちの見守る中、白龍は琵琶湖に消えていった。
「よしっ、奪還作戦に戻ろう!」
「お兄ちゃん元気だよね……天音も頑張る!」
一番の脅威になるであろう相手が討伐された以上、作戦に失敗の要素はなかった。
それから数日、修司たちは戦いを続け、ついに日本海側へとたどり着く。
作戦を成功させた修司たちを待っていたのは、出雲周辺の奪還に成功したという連絡。
それに加えての……大陸からの悲報だった。
次回で一度完結となります。




