SOI-023
旧岐阜県関市、これまでもこれからも、刃物が特産の1つとなるだろう場所だ。
怪異が世の中に出て来てからは、地方政府の要請も受けて対怪異用の武器製造もおこなっている。
方法に昔ながらの祈祷や儀式めいたいものを組み込むというまさにオカルトチックなものであった。
量が作れるタイプと、逆に性能を特化させたもの、その2種類が西日本の戦線を支えていると言っても過言ではない。
「だからか、防備もしっかりしてるわけだが……怪異もわかってるのかもな、ここが自分たちに危険な場所だって」
そう、やや山間が近いこの場所は前線の1つであった。
いくら撃退しても、どこからか怪異が近づいてくる。
かといってこの場所を放棄するには他の土地では得難い物なのだ。
「よし、着いたぞ。ここが周辺のための拠点のはずだ」
「大きいねえ……あ、本当だ。お兄ちゃんみたいな人がいっぱいいる」
元は体育館だったらしい場所が改造された異能者向けの拠点。
隣には簡易宿舎も併設されているあたり、本気具合がうかがえる。
そこには待機要員なのか、何人もの男女が過ごしていた。
お昼少し前、そんな時間に到着した場所は少し静かに感じられた。
修司たちが護衛してきたトラックもその敷地に入り、荷下ろしが始まる。
代わりに詰め込まれるのは、怪異を退治して得られたであろう未知の素材たち。
武具に転用されるときもあれば、かつての毛皮のように使われたり、薬へと使われるのだ。
ちなみに風邪薬も作れるのだが今のところ、人体への影響は報告されていない。
「今回は平和だったな。たまにはそうじゃないとな」
「……お兄ちゃん。ぶーたが何か言ってる」
下手に知り合いに会う前に戻るか……そう修司は考えたが現実はそうもいかなそうだった。
隣を歩いていた天音の足元にぶーたが現れ、特徴のある声で鳴きだしたのだ。
しゃがみこみ、様子を伺おうとしたところで修司も首筋にそれを感じた。
「人より動物の方がこういう時は鋭いっていうからな。前線に異常がないか確認を」
そこまで口にしたところで鳴り響く警報音。怪異が迫っていることを示す全国共通の警報だ。
周囲があわただしくなり、荷積み中だったトラックも敷地内へ避難を始める。
放っておくわけにもいかず、修司も天音と一緒に建物へと飛び込むのだった。
既に異能者と警察らしい男女がテーブルの地図を睨みながら何事かを議論していた。
そこに外にいた面々と修司たちが合流した形だ。
「最近は近くにいなかったんだがな……あの東の壁が出来てからどうも怪異に変化が出てるらしい」
「初耳だな。中央へ報告は?」
指揮を執っているのは初老の男性。動きやすい服装をしているあたり、戦える人間のようだった。
彼以外にもいる面々は若いか、やや年寄りかで中間層がいないように思える。
修司のその視線に気が付いたのか、リーダー格の男性が口を開いた。
「まだ判断が出るほどの変化ではなかったのさ。今日までは……だが。ちょうど作戦のために主力が出払っていてね。そう、出雲用のルート開拓さ。ただ、今度は逆に東から迫ってるらしい」
「出来れば町から遠い場所で仕留めたいな。近くだとどんな影響が出るか」
補給面では拠点に近い方がいいのだが、やはり一般市民への生活を考えると危険は遠い方がいい。
修司の故郷での戦いは僻地ゆえの特別な物なのだ。
「場所を教えてくれ。俺と天音が引っ掻き回してくるから残りは任せる」
「相手がわからないというのにそれは……いや、鬼切りと天女の2人ならどうにかなるか」
「天女って天音のこと? えへへ」
思わぬところで自分の名前が売れていることに驚き、どうしようかと修司を見上げる天音。
そんな彼女を見下ろし、どこか天然っぽい顔から少しずつ成長していることを感じた修司。
微笑み、その手を取る姿は歳の離れた兄妹というよりは気の知れた相棒が似合う光景だった。
この土地にも独自の警戒網があるらしく、ほどなくして場所が知らされる。
「あまり人数がいると守り切れない可能性がある。無理はしないように頼む」
「良く言い聞かせておくよ」
臨時の仕事という形で報酬の交渉を行い、すぐに2人は外に出た。
さすがに前線、こういう臨時の討伐には慣れているのか金額で揉めるようなことはなかった。
トラックのそばにいる顔馴染みになった運転手たちへと手を振り、バイクで外へと駆け出す。
向かう先は東。長良川近辺である。川はこの時代でも生命線の1つだ。
皮肉にも人口が減り、経済活動が縮小したことで自然はかつての姿を取り戻している。
山は言うまでもなく、川も何百年も前にそうだったような清流が戻ってきているのだ。
補修を繰り返され、やや古びた外観の橋たちが唯一、近年の証と言えるのかもしれない。
「川向うには人は住んでいない……か」
「暴れると壊れちゃうね」
橋の手前でバイクを止め、武器を背負いなおす修司。
天音もまた、既に変身を終えていた。今日は足元にぶーたがいる。
ここからでも修司たちには橋の向こうにある山々に気配を感じられていた。
風で木々が揺れるのとは違う……まるで山が声を上げているかのようなものだった。
「橋を通さない……まるで弁慶だな」
「聞いたことある! お兄ちゃん、無理しちゃだめだよ?」
空を舞うように戦う姿は言うなれば牛若丸か。
修司はそんなことを思いながらも天音の忠告に頷いた。
いざとなれば彼女を抱えて逃げるのを優先する覚悟で橋を渡っていく。
そのうち後続の援軍もやってくるだろう中、二人と一匹の足音だけが響いた。
「? って、ぶーたでかくなってるな」
「本当だ―。おっきー!」
猫のくせに足音が聞こえるのはおかしい。
そんな風に思った修司が振り返れば、まるで大型犬のように大きくなったぶーたがいた。
しっぽも2本をフリフリと、仕草はいつも通りだった。
猫又として力を付けた、そう判断するほかなかった。
「ははっ、じゃあぶーたも一緒に生き残らないとな」
返事の鳴き声は体相応に大きく、低音が独特の遠吠えのようでもあった。
それが合図になったわけでは無いだろうが、森の中から1つ、2つと人影が出てくる。
大の大人よりやや大きく感じる人影……鬼。
今日の鬼はいつもと違い、武具を身に付けているのが修司にも見えた。
自然と、直剣を握る手にも力が入る。
「天音、橋の前にいろ。見える物をとにかく撃ちまくれ。ぶーた、天音を頼むぞ」
「ぼーえーせんってやつだね!」
最近のアニメはそんなことまでやっているのかと内心驚きつつ、背中を任せて走り出した修司。
すぐに天音の声が響き渡り、昼過ぎの明るい場所をさらに光で染め上げる。
そう、まだ昼間だというのに怪異は数を繰り出してきたのだ。
怪異の変化を肌で感じながらの戦いが始まる。




