表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/30

SOI-021


「天音、管理人たちはどうだ」


「あっちの小屋にダッシュしてるよ」


 まだ温かい日差しが降り注ぐはずの時間帯。

 だというのに、空は厚い雲が覆うかのように暗かった。

 そしてそんな中に輝く、赤黒い月。


 修司が卒業生たちと一緒にやってきたのは、霊園。

 ただし、遺骨は収められていない土地だ。

 ここはかつて日本中に怪異が現れた結果、東海地域で死んでしまった人たちを祭る場所。

 怪異に立ち向かい、逃げる時間を稼いだある意味勇者たちのお墓なのだ。


 だが、遺体を回収することはかなわず、何も埋められていない。

 今もなお、日本各地には当時の犠牲者が野ざらしのまま自然に眠っているはずだった。


「お前たちは下がりながら小屋を守れ。多少物が壊れても構わん。生き残る方を優先しろ」


「せ、先輩は?」


 不安にか、震える生徒の声に……かっこつけ過ぎかなと思いつつ振り返らずに手をひらひらと。

 そのまま視線は前から外さず、修司は最初から刀を抜いた。


(まるで死者のアパートのようだ……誰も住んでいないはずなのにな)


 霊園に吹いた風は妙に生ぬるく感じるものだった。

 全身に気合をみなぎらせ、修司がにらみつける先には……半透明の人影。


 一言で言うのなら、幽霊、だろうか。


「妖怪の類だけじゃなく、そっちも出てくるようになったのか?」


 修司の問いかけに応えてくれる人はいない。

 いや、返事の代わりというわけでは無いだろうが、幽霊たちは反応した。

 後ろが透けて見える体で、幽霊たちは修司へと襲い掛かる。


 1人2人、3人4人と数が増えていく。その手には何かの武器のようなもの。

 こちらも半透明ではっきりしないが、普通に戦うための物には見えなかった。


「バットに包丁、角材に……そういうことかっ!」


 直感で、生徒たちが相手をしてはいけない考えた修司の判断は正しかった。

 この相手は、普段目にする怪異とは、違ったのだ。


 明らかに、人であった。怪異は、鬼は切れても人は切れない、そういうものだ。


 どうして今かは別にして、原因は修司にははっきりわかっていた。

 1つは空に輝く月。詳細はともかく、怪異に有利な状況だろう。

 もう1つは、人が喉元を過ぎて忘れてしまっていたということだ。


 今はなんとか抵抗し、あるいは反抗出来ている人類だが、最初はただ蹂躙される側だったということを。


 彼らはそんな時代に、未来のために犠牲になった人間たちの想いだった。

 遺骨はなくとも、慰霊碑を建ててくれた人々の気持ちに誘われ、この場所に集ったのだ。

 ところがどうだ。人々は表向きは忘れないと言いつつ、犠牲者1人1人を思うことは減っていた。


「危ない!」


「大丈夫だ」


 迫る包丁の一撃。悲鳴を上げる生徒に振り向かず、返事をする修司の表情は自信に満ちていた。

 負けるつもりがないわけではない。そもそも戦う必要が無いのだと察しているのだ。


 半透明な包丁が修司の右腕にぶつかり、そのまま通り過ぎた。

 生徒たちの悲鳴が聞こえるが、その中に天音の物がないことに一人、満足そうに修司は頷いた。


 視線の先で、幽霊は何度も修司に切り付け、殴りかかり、各々の手にした物を使って迫ってくる。

 その表情は見えない。まさにマネキンのようなその姿は異常ではあるが、悲しみを感じた修司。


「天音、そっちはどうだ」


「他にはいないよー。お兄ちゃん、照らす?」


 確かに天音の力を使えば、解決は簡単だった。

 子供らしい純粋な気持ちから放たれる光は、まさに浄化の光だ。

 そういう物、という認識で異能が使われればそうなるという良い見本である。


 が、今回はその方法を取ることを修司は選ばなかった。

 その代わりに、何度も何度も幽霊が襲い掛かってくるのをただひたすらに耐えるのだった。


 切りつけられる度、殴られる度、感情が飛び込んでくる。


 ここは通さない、今のうちに逃げろ、早く行け、細かなニュアンスは別にしてこういった感情だ。

 今もなお、幽霊たちはいつかの戦いを続けているのだ。

 それは覚悟の上だったのか、とっさのことだったのかはわからない。


 幽霊は元々優秀な警察官であったわけでもない、一般人たちだ。

 だが、怪異という異常を前に、とっさに手にした物で誰かが生き残る時間を稼いだ。

 その中には異能の力を発揮した人もいたかもしれないし、ただ殺されただけかもしれない。

 襲われながら、泣き叫んだ人もいたかもしれないし、悔しさに吠えた人もいたかもしれない。


 確実なのは、彼や彼女たちが稼いだ時間は確実に今につながっているということ。


「もうちょっとこさせるからさ、今日は眠ってくれ」


 時間にして30分もないだろう間、修司は幽霊たちに囲まれていた。

 そうしてつぶやいた一言には確かな異能の力がこめられていた。

 その声を合図に、幽霊たちは動きを止め……溶けるようにして消えていく。


 耳が痛いほどの沈黙が霊園を包む。

 修司のため息のような吐息が生徒たちに聞こえるほどの静けさだった。


「よし、終わったぞ」


「今のは……あんなのと俺たち戦うんですか?」


 まだ怯えた様子の生徒たちに、修司は首を横に振ることで答えた。

 今回の相手は、戦う相手ではないのだが……若者に区別して感じろというのはなかなか無理な話である。


 まずは小屋の中に逃げ込んだ管理人たちの無事を確認しつつ、生徒たちに解説をする修司。

 話を聞く度に納得した様子に変わっていく彼らを見、修司も満足そうに頷いた。


「これからどこか作戦に行くときには、こういう場所で宣誓するとかどうですか!」


「それはいい考えだな。今回は実戦経験は積めなかった形だが、良い評価になるんじゃないだろうか?」


 気が付けば空は元の明るさを取り戻していた。妙な微笑みに見えた赤黒い月もいつしか……。

 一足先に学園に戻る生徒たちを見送り、元に戻った青空を見る修司の表情は険しい。

 それは彼の横に立ち、同じように上を見る天音も同じだった。


「お兄ちゃん、アレ……怪異だよね」


「ああ。間違いないな。月が2つあるなんておかしいんだ。空に星がいきなり産まれるなんてありえない」


 かつて、日本にも怪異が多く出現した日もそうであったらしいと修司は思い出す。

 では先ほどまで見えていたアレはなんだったのか?


 それらしい伝承は思い浮かばない修司と天音だが、アレが月ではなく、怪異だという思いは一致していた。


「私を月に連れてって……か。うーん、俺がお爺ちゃんになっても叶うかな?」


「わかんないけど、明日もがんばろー」


 途方もない相手に頭が痛くなりかけた修司だったが、天音の前向きな言葉に気を取り直した。

 そのままくしゃりと頭を撫で、喜ぶ天音と共に生徒たちを追いかける。

 今のところ、日本は……修司たちは生き残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ