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SOI-019


「全て、切り裂く!」


 気合のこもった、修司の叫びが響いた。

 窓から差し込む陽光がその刃を照らし、振るわれた結果も同じように照らしだす。


 鈍い音を立て、数体の怪異が床に落ち……沈黙する。

 一歩外に出れば文明を感じる光景が見える場所で、普通じゃない物が動いていたのだった。


「天音、そっちはどうだ?」


「もうすぐかな……うん、お休み」


 優しさのこもった声と共に広がる光はどこか温かく、包まれた犬っぽい何かは溶けるように消えていく。

 対して、修司が切り裂いた怪異は全身真っ黒な何かだった。

 映画から抜け出して来たかのような人型の怪異は、表情のわからないマネキンのような姿だ。


 2人がやってきたのは都市部に近い保健所跡だ。

 既に財政的な問題から閉鎖され、動く物は何もない……そんなはずの場所。

 近くに住んでいる住民から、怪異の出現が報告されたのはつい最近のことだった。


 そうして着いてすぐの修司たちが仕事として受け持ったという訳である。

 いないはずの犬猫たちの鳴き声、そして動く人影。

 その正体は殺処分された動物たちの怨念めいたものが作り出した良くないスポットであった。


「捨てちゃうなら、飼っちゃだめだよね」


「ああ、そうだな。本当にそうだ」


 人口が減り、生活の余裕が減り、当然というべき流れが修司たちが産まれる前に起きた。

 愛玩用としてのペットたちの大量処分である。

 まだ見張りが出来るようなそれなりに大型の犬等はマシなほうだった。

 マイナーなペットや、見張りにならないようなペットはあちこちに捨てられる事態となる。


 日本人が窮地になっても彼らを食べようとしなかったのは幸運なのか不幸なのか。

 殺処分されることになる彼らにとってはどちらもそう変わらないのかもしれなかった。


 動く物がいなくなり、沈黙が支配する施設跡で修司は抱き付いてくる天音をあやすようにする。

 そんな2人の間に、ふくらみ。わずかな隙間に体をねじ込んで出現したぶーたであった。


「ははっ、ぶーたが気にし過ぎたらだめだってさ」


「そっか……うん」


 討伐の報告を済ませ、2人で施設跡を出る。

 潰して何かに再利用することのないだろう土地は、このままなのだろうか。

 ずっと、かつての悲しみを残したまま……。


 鍵を閉め直し、天音とぶーたを乗せた後に修司が振り返った先には静かな施設跡。

 だが、修司の目にはまだすべては終わってない、またあふれる、そんな光景が見えた。

 事実、この場所で怪異が出たという話は実は何回目かの出来事だったのである。


 その度に、異能者たちが対処してきたのを修司は知ったが、天音は知ることはない。


(忘れる方が悪いのか、忘れられる方が悪いのか……良いも悪いもないか)


 修司が思い出すのは大クスのような、力あるスポットの話。

 古い伝承の土地や、神社仏閣跡が強い力を持つスポットになるのはだいぶ知られるようになった。

 だが、人間にとっていい方か悪い方かはまだはっきりしていない。

 誰もが忘れているような場所が力を発揮しだすこともあり、何とも言えないのである。


 1つ、はっきりしていることは伝わっている伝承に引っ張られるような形が多いということだ。

 すなわち、教訓になるような恐ろしい話が伝わる場所は相応に怪異が出るようになる。

 逆に明るい話題の場所は人間にとっていい影響を与える場所になりやすい。


 そのことを人間たちが知ってからは、各地で祭事が復活したしたのも無理はないだろう。

 必死な行動の結果は、意外な物を産み出す。

 大クスを擁する町がそうであったように、土地に根付いた異能者の増加である。




「だから修司さんみたいに動ける異能者が逆に貴重なんですよね」


「そういうもんか? ああ、作戦の方はどうだ」


 報告と、支払いを受けつつの情報収集。

 異能者による怪異の討伐、事件の解決はお金が絡むお話である。

 とはいえ、日本各地が分断された状態では以前のように全国どこでも共通の価値、というのは難しい。

 地方別の独自通貨めいた券が使われているあたり、まだまだ日本はピンチなのだとわかる。


 優秀な異能の戦士かどうかは、地方別のそれをどれだけ集めているかでわかるとは笑えない話だ。

 ちなみに修司は量だけなら上から数えたほうが早かったりする。

 本当はこうして稼がなくても過ごせるのだが、それはそれという奴だ。


「今のところ九州方面までの海路、陸路は拡張が続いてるみたいですね。今度、衛星の打ち上げを試すとか」


「空……か」


 部屋の隅でぶーたと遊びながら待つ天音。

 そんな彼女のそばにある窓からは空が見える。

 青い、何も邪魔ものがないように見える空。


 だが、人類は現在空を失っている。

 航空機は原因不明の不調で落下し、世界各地で旅客機が墜落した。

 改めて地上から飛び立とうとしても、なぜか特定高度になると飛べなくなるのである。

 それに、正体不明の怪異が空を監視しているという噂も根強く残っている。


「一応ある程度の低空ではヘリが飛ばせたらしいですよ。どうも、特定の高い場所にあるパワースポット近辺ではその高さまでは大丈夫らしいんです」


「それは、つまり……」


 理屈は修司にもわかった。どうしたらいいか、もだ。

 思い浮かぶのはいわゆる修験者、あるいは山々にある神社仏閣たちだ。

 高所の山の中で生活していたという彼らの住処は今では半ば遺跡のような扱いだ。

 そんな場所が人間側に有利なスポットとして力を付けることが出来ればいいわけだ。


 そして、そう考えていけば一番重要な場所も思い浮かぶ。


「西日本が奪還、あるいは何らかの区切りとなれば次は富士山でしょうね」


 故郷から天気のいい時には見えることがある山を思い浮かべ、険しい顔をする修司。

 いい思い出が無いというわけでは無い。

 ただ……下手に手をだしてどう転ぶかがわからないという怖さがあるのだった。


 古来より自然は誰の味方でもない。

 人間は自然に勝てない……制御できるというのは幻想なのだ。


「変な結果にならないといいんだが」


「それには同意です。ああ、次の依頼ですが……」


 役人に提案された仕事に、修司が固まる。

 提案して来た本人もそうなるだろうなあという予感はあった。


 仕事先は学校。

 そう、修司が学び、これからも異能による戦士を世に出していく専門学校であった。




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