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SOI-001


 その年、日本は人口を半減させることになった。


 最初はとある国の田舎での行方不明事件。

 どこにでもある悲しいお話で、多くはよくある事件だと片づけられた。


 だが、それは徐々に広がっていく。1人だった物が2人、夜だったものが夕方へと。


 そしてある日、防犯カメラに収められた映像が日本中を駆け巡る。

 雑木林から歩いてきた不審者と思われた姿は、人間ではなかった。

 かといって獣でもない。異形の化け物……そう呼ぶしかない存在が哀れな通りすがりのサラリーマンを誘拐していったのだ。


 同時に、日本以外でも同様の事件が多発し始めていることをようやく人類は知る。

 最初はやはりいつもの行方不明と思われた事件が、実はそうではないと気が付くまでには数か月かかった。

 今思えばその時に対処出来ていれば……と思うが古今東西、後からなら何とでも言える物である。


 結果として、日本で発生した異形による誘拐動画は類似の動画の中に埋もれることになる。

 1つの事件が起きればまた次の……そんなことが日常になったのだ。

 研究者は言う。これは現代と過去の衝突、生き残りを賭けた生存競争の始まりだったのだと。


 言葉は時に無力で、暴力は止められない。ましてや、言葉の通じない異形の化け物相手では……。


 後に怪異と称されることになる存在による事件は、ついに日本海側と東北地方で大量に発生し始める。

 元々人口の少ない地方を中心に、気が付けばあちこちで手遅れだった。

 ひどい時には村1つが一晩で消えたこともあったという。

 正体不明の異形、テロリストと思われていた相手に警察は当初、有効に動けなかった。

 今はそれを責める者は少ない……何故なら、その時には対策が無かったからだ。


 日本人は太平洋側、北海道、関東南東へと追いやられることになる。

 ここまできてようやくというべきか、政府は自衛隊や警察に向け国内での任意の発砲許可を出すことになる。

 世論、そして諸外国からの非難は全くと言っていいほど来なかった。

 他国もそれどころではなかったとも言える。


 世界でも同様の事件が発生しており、アフリカ南米あたりは異形の制圧下へと。

 ユーラシアも中国ロシア国境あたりやアルプス周りは即壊滅、かろうじて各都市部と軍が駐留していた地域などは被害を免れた。


「そうして人類は、生き残るために……近代でほぼはじめてとも言える、人間以外へとその武力を示すことになる……っと」


「そうなんだ……悲しいね」


 日向にいると汗ばむような陽気も、日陰に入ってしまえば問題ない。

 そんな季節の昼下がり、修司は天音と一緒に机を挟みノートを広げていた。

 彼自身が今さら学ぶ内容ではなく、天音の宿題のお手伝いなのである。


「ああ。だが悪い事ばかりじゃない。ほぼ同時期に、不思議な力を持った連中が出てくることになる。火事場の馬鹿力、そう呼ぶにはどうもおかしい力。例えば天音、両手から火の玉を出せるって言われたらどう思う?」


「え? うーん……手品?」


 突然の質問にも真面目に答える天音に、修司も内心優しい気持ちになるのがわかった。

 彼女は自分のことを疑わず、信頼してくれている。

 そのことがこういったところから伝わってくるからだった。


「そうだな。見るまでは大体そんな反応だったらしい。だけど、目の前で怪物たちを追い返したりしたんじゃ、もう否定は出来なくなった。そんな奴らが日本中に現れたんだ。首相が変わったのもちょうどそんな時だったな。その時の首相は柔軟だった……いや、違うな。やけになってたとも言える。さっき言ったような不思議な力を持った連中に協力を要請したんだ。明日を、未来を生きるために一緒に戦ってくれって」


 それが、今も日本各地で戦いを続ける組織の始まり。

 護国衆ごこくしゅうなんて大層な名前を付けたのも老人たちを納得させるためだったらしいがこれは宿題には書けないなと思う修司。


 代わりにもう卒業した学生証を見せる。

 それは、国が認めた異能力者であること、その修練学校を卒業した証。


 日本と世界を異形の怪物たちが襲い始めてからほぼ一世紀。

 日本を始め、いくつかの国はいち早く異能力者に目を付け、保護と教育を施し……人類の生存圏を確保・奪還すべく動き始めたのである。


 修司の通っていた学校もその1つ。

 卒業と同時に各地へと配属が決まり、戦いが始まるのだ。


 そんな最初から選ばれた集団の中でも修司はほぼトップをずっと維持していたことを天音は知らない。 修司もあまり伝えることではないかなと思っている。


「でも、そんな簡単にいくの?」


「勿論、苦労の連続だった。なにせ、銃は通用するが相手も普通じゃない。それに、異能力者もばらつきがあってな。すげー強い奴もいれば、マッチぐらいにしか火を起こせない奴だっていた。それでもどうにかしないといけないぐらい、奴らは問答無用だったんだ」


 本当は小学生に聞かせる話でもないような気がする……そう思いながらも嘘を言うことはできないなと考えていた。

 さすがに修司自身も昔のことは書籍や話で聞いた限りだが、やはり最初の頃は色々と危なかったらしいと記憶を思い出す。


 力の暴走、あるいは枯渇……その悲劇は大人たちを奮起させるのに十分だった。

 そう、主に異能を発現したのは未成年ばかりだった。

 時折大学生や新社会人などにもいたようだが、ほとんどが子供たち。

 本来大人が守らなくてはいけない相手。

 そんな子供たちが、大人を、人間を守る力とならざるを得ないのだ。


 能力者を育成する学校がいち早く生み出されたのも、子供のうちに実戦に出てはその後困るだろうという配慮が無かったと言えば嘘になる。

 それでも多くの大人は、子供たちにいつか戦わせることになる……そのことに罪悪感を抱きながら生きることになる。


「この話も20年ぐらい前にかな? 大きく変化を迎えるんだ。大人も使う武器に力をこめることに成功した」


「それって……お兄ちゃんみたいに力を持つ人が戦わなくてもよくなったってこと?」


 半分正解、と言って修司は手元のタブレットを操作し、自身も学校で習った資料を示す。

 これは公表されている資料の1つで機密というわけでは無いようだった。


 そこにあるのは、前線などの戦闘への異能力者の投入率。

 以前は6割以上の戦場で戦っていたように見えるが、今では4割ほどに下がっているのがわかる。

 かといってこれを見て単純にそれだけ大人が戦えるようになったかというと単純な話ではないのが問題だった。


「確かに大人も戦えるシーンが増えた。でも逆にこれまでどうしようもなかった場所でも戦えるようになったんだ。例えばそう……誰かの故郷を取り戻す戦いとかな」


 実際、データが示す異形たちとの戦闘数は確実に右肩上がりになっているのだが、そのデータそのものは公表されていない。

 だから修司も今のところは宿題に書いちゃだめだぞと口止めである。


 その後も幼い天音への英才教育とでもいうべき修司の講義は続いた。

 一般的な学校教育が維持できない現代、かつての寺小屋のような教室が各地を支えている。


「だからもし、自分が異能に目覚めたなら、自分と誰かの笑顔が守れるように頑張ろうと思います……これで大丈夫かな?」


 できたーとノートを掲げる天音の背中で、今日もぶーたは妙な鳴き声を響かせていた。


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