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SOI-014


 舗装された道路を、修司たちが走る。

 既に太陽は山に沈みかけており、周囲は暗くなってきている。


 人間の、太陽の時間から怪異たちによる夜の時間が目の前に迫っていた。


「不定3! お坊さんっぽいの4!」


「化けて出て来たか、ご先祖様っ!」


 娯楽作品にあるような死者蘇生とは違い、怨霊ともまた違う。

 本物のようで本物ではない、異能者にはそう感じられる敵がそこにはいた。

 手足があるかも怪しい、何かの塊のように見える物が山へと続く階段にうごめく。

 その後ろには、錫杖を手に歩く人間のような姿。


 だが、その顔は悪鬼と呼べるものになり果てていた。


「発砲用意、撃てっ!」


 今回は異能者や寺の関係者だけでなく、警察官も合流していた。

 と言っても大きくない町だ……人数は数名に留まる。

 それでも手にする銃は研究の成果が詰め込まれている。


「おーおー、効いてる効いてる」


 不定、まだ何か形の決まっていない怪異は体を撃たれ、より一層体をあやふやな物にしていき、沈黙した。

 夜の闇に溶けるように消えていくその姿はまるで泥のようだ。


「まずはこのあたりにかがり火を置くか……修司、そっちはどうだ」


「様子を見てるっぽい。焼失したはずのお堂が丸々復活してるってのはぞっとしないな」


 てきぱきとした動きでかがり火が用意され、闇を光が押し返していく。

 といっても限られた場所であり、それ以外の場所はまだ怪異の領域だ。

 現に、境界線には怪異が増え始めていた。


「ここから夜明けまでどうにかするのはちょっと大変だな……何かいい手は」


 さすがの修司も、暗闇の中で乱戦をするのは好きではない。

 負けるとは言わないが、面倒なことは嫌いであるし、勝率は少しでもあげたいところである。

 そのためには周囲を照らせるような光があるといいのだが、町から少し離れた場所では街灯もない。


 かがり火の光を浴びながら迫ってきた僧侶らしき相手を切り裂けば、それも消えていく。

 肉体を持たない怪異の不思議なところである。だというのに、殴られればこちらが怪我をする。

 どうにも理不尽だなと感じる修司だが、相手にしてみれば自分達もそうだなと思い直した。


 光の届いていない場所に複数の気配が生じるのを感じつつ、突入方法を考える面々。

 警戒しつつも前に立つ修司の後ろが少し騒がしくなった。

 振り返れば、そこにやってきたのは天音。足元にはぶーただ。


「天音、来たのか」


「えっとね、ぶーたがあの中にいるって」


 天音が指さすのは、本丸であるお堂がある方向。

 返事の代わりにぶにゃーんという特徴のある鳴き声が妙に響いた気がした修司。

 周囲には、ぶーたは天音の使い魔みたいなものだ、と説明した。


 どちらかというと和風な格好の中に1人だけ場違いのような天音の姿はひどく目立つ。

 そこにいるだけで、修司には光を放っているかのようにさえ感じた。


「……そうか、天音。出番だ、頼めるか?」


「うんっ、頑張っちゃうよっ」


 どこかで見たようなポーズをとって元気よく。

 天音のその姿に、遊びで戦わせないこと、自分の力が何を産むのかをちゃんと考えること。

 そんなことを改めて守らないといけないと感じた修司だった。


「天音も感じるだろ、暗い、寂しい、そんな人たちなんだ。おはようって言ってあげよう」


「うん……行くよっ!」


 天音が異能の力を使うのにイメージしているのは子供向けのアニメチャンネルのキャラたちだ。

 当然と言えば当然だが、どれもが未来に前向きだったりする。

 多少の方向性の違いはあれども、泣いてる人を放っておくようなキャラはいないのだ。

 だからこそ……。


「辛い明日も明るく照らす……ええーい!」


 瞬間、修司も驚くほどの力が天音の体の中に産まれ、ステッキの先から空へと打ち出された。

 それを目で追った修司の視線の先で、力が弾ける。


 それは、小さな太陽だった。


 修司や天音は見たことはないが、強力な照明弾が空中に浮きっぱなしになっているような光量。

 それが、複数生み出されて周囲を照らし始める。


「すっげえな、あのお嬢ちゃん」


「自慢の弟子さ。行こう」


 出来るだけ続けるように天音に言い、修司は走り出す。

 その肩には、いつの間にかぶーたが乗っていた。


 普段掃除もされていないのか、中央以外がコケに覆われた階段を駆け上がる。

 道中にいる僧侶や鬼たちを有無を言わさずに切り倒していく修司。

 昔話では厄介な相手として有名な鬼も、今の時代にはポピュラーな敵だ。

 その姿も様々で、赤鬼青鬼は当たり前、体形も色々あるが……修司の敵ではなかった。


「さすが鬼切り、頼りにしてるぜ」


「俺には斬るぐらいしかできませんからね。っと、見えて来た」


 関係者も含めて10名ほどで駆け上がった先には広場。

 元々はこちらに本堂があったのだというのがよくわかる立地だ。

 その中央には、黒い光に覆われたお堂らしきもの。

 天音の放つ光もここまではしっかりと届いていないのか、その姿を見せるだけで変化はない。


「これまたぞろぞろと……おい、ぶーた。どこだって?」


 お堂の裏や出入り口になるだろう部分から多くの人影。

 それはまるで火事の時に一緒に焼け落ちたかのような姿をしていた。

 ここに天音を連れてこなくてよかったと修司が感じる姿だ。


 約束を守り、続けて撃ちだされたらしい光が周囲をさらに照らしていく。

 既に夜でも運動できるようにコートを照らし出すかのように明るさが増していた。


 こうして光が増すと、影、暗い部分も目立つようになる。

 ぶーたに問いかけつつ修司が見つめる先で、お堂が変化したように見えた。

 周囲に増えて来た僧侶らしい影もなぜか守るかのように立ち止まっている。

 その変化に思わずまばたきする修司。


「まとめて吹き飛ばすのが早いが……なっ!?」


 修司の動揺を他所に、お堂とその周囲に変化が生じた。

 黒い光が、靄のように動き出し周囲を飲み込み始め……縮まっていく。

 元々見えていたお堂らしきものが無くなり、残ったのは大型バスほどの大きさの黒い何か。


「狐はともかく、化け猫、か」


 誰かのつぶやきが妙に響いたように修司には感じられた。あるいは本人の物だったのかもしれない。

 僧侶らしい影も包み込んだ黒い光は、大きな化け猫と化して修司たちに向き合っている。

 その黒猫の瞳は金。まるで月が2つはめ込まれているかのような光だった。


「来るぞ、下がれっ!」


 言いながら、修司は相手に出来るのは自分ぐらいだろうと冷静に分析していた。

 獣、そして獣が元になっている怪異はおとぎ話でも非常に厄介な相手だ。

 動きは早く、そして力強い。ただでさえそんな相手が、ひどく大きいのだ。


 強敵以外の何物でもない。


「お前の相手はこっちだ! ぶーた、落ちるなよ!」


 なおもぶーたは修司の肩の上に乗っていた。小さくない体を必死で爪を立て捕まっている。

 少々痛いのは正直なところだったが、修司にも飛び降りろとは言えなかった。

 むしろ耳元で鳴く度に黒猫が迫ってくるのだからちょうどいい合図のようでもある。


 光に反射する爪は舗装された地面も大きくえぐり取っていく。

 コンクリートですらそれなのだから人間の体なら説明するまでもない。

 当たるわけにはいかないと、しっかりと回避していく修司。


 当然、ただ回避するのではなくカウンター気味に剣を繰り出すが妙な手ごたえを感じていた。

 斬っているのに、斬った感触が無いのである。


(どういうことだ? こいつ……!)


 その考え事の隙を突いた一撃をぎりぎりで回避したことで修司は相手の正体を見た。

 黒い毛並みだと思っていた部分は、人の頭部だったのだ。

 猫の毛ではなく、人の髪の毛。よく見ると隙間があるのだった。


「忘れられて憎らしい、か。気持ちはわからんでもないが、子孫にあたったらだめだろう!」


 叫びながら間合いを取ったところで、修司は背中に手をやった。

 そうして専用の鍔鳴りの音を響かせ……刀が抜かれた。


「もうあんたらは修行者でも坊さんでもなく、ただの鬼さ。今の世に出てきちゃいけないんだ」


 一歩、一歩と黒猫が近づいてくる。そのそばにはかつては稼働していたであろう自販機。

 黒猫がさらに進んだところで自販機に体が当たり、倒れて大きな音を立てる。


 瞬間、黒猫がそちらに気をそらしたのを修司は見逃さなかった。


「奇縁断裂……鬼切り!!」


 前口上もそこそこに、刀が舞った。

 合計7回、力を込めた斬撃が黒猫を切り裂き、集まっていた亡霊とも怨念とも言える物を切り裂いた。


「今はもう、神秘だけの時代じゃないんだ。よく眠ってくれ」


 慰めになるか、修司にはわからない。

 それでも何も言わないのはどうかと思い、思ったことを呟いた。

 

 まだ夜になったばかりで、暗いままの周囲。

 いつしか天音の打ち出していた光も落ち着いた光になっている。


「帰るか……おーい、終わったぞー!」


 修司の声を合図に、夜を人間の雄たけびが切り裂くのだった。





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