SOI-011
「矛盾……いや、矛だけが増えていく……か」
他に起きている人がほとんどない夜中。月明かりと、部屋のわずかな電灯だけが暗闇に光る。
部屋の中で一人、ベッドでタブレットを見る男、修司。
画面の光が照らす顔は険しかった。
異能者用の学校を卒業すると支給される専用タブレット、そこに表示された内容は朗報ばかりではない。
正確には、朗報ではあるのだが今後のことを考えると頭が痛くなってくる修司だった。
パワースポットが、良くも悪くも影響を与えてくれることを学んだ日本人は動きを活発化させた。
各地にある伝承をあさり、あるいは形式だけだったあれこれを真剣に行い始めた。
結果として、怪異の入ってこれない場所も増え、使える資源も増えて来たらしいことが知らされる。
「出ていない箇所のスポットは良くない状態ってことだよな」
誰かが返事をしてくれるはずもなく、修司のつぶやきが部屋に溶ける。
以前、修司が解決したようにパワースポットであるがゆえに、怪異の中心となっていることがある。
そのことは既に報告済みで、各地でも同様の事態が発生しているはずであった。
なのに、いいことだけがまず連絡されている。
「……何かあってからじゃ遅いんだぞったく」
修司は優秀な異能の戦士である。
その力は個人としてはほぼ最高位、大抵の戦い、作戦に参加してもまず間違いなく生存する。
そのことは自覚している修司だが、彼が心配するのは自分以外の存在だった。
自分がいることで、他の異能者も同様に危険度の高い作戦に参加させられるという現実。
もっと言えば、修司がいるからこそ可能だと命令する側が判断するということを自覚したのだ。
だからこその、辞退。
その他にも理由はあり、現在日本での異能者は職業ではなかったりするのである。
警察や自衛隊のように給料が出るわけでも、組織の上下があるわけでもない。
民間の協力者、あるいは傭兵、これが全て。
であるのに、国からの話を命令のように受け止め、組織のように動いてしまうのは日本人の悪い癖だ。
少なくとも修司と幾人かはそう考え、結果として修司は今、前線ではない場所にいる。
「天音たちをそっちの学校に行かせるか? いや……どうだろうな」
今現在、町にいる異能者たちは多くが大クスなどのパワースポットの影響を受けた人間だ。
実験の結果、一部を除いて離れれば離れるほど能力が低下することがわかっている。
隣町程度ならともかく、旧来の県をまたぐような距離だとほぼ一般人だ。
これは色々な理由を背景に自力で目覚めた修司の世代と違い、その土地に根付いた言うなれば第二世代。
都市部にある学校に行かせても実力が発揮できない。
これが街の異能者らに対する修司の評価だった。とはいえ、全員がそうというわけでもない。
他でもない、天音は修司に近い異能者だった。
その実力はかなりものでぶーたという猫又を相棒に、鬼ごっこという遊び状態だが修司に肉薄してきたのである。
まだうまく力として使えていないようであるが、素質は修司が見てきた中でも上位。
将来が楽しみでもあり、使いこなすのは大変そうに思えた。
「鍛える。それしかないか」
すぐそばに脅威がいる時代。
身を守る力は持っていて損はない。
明日からの接し方を決めた修司の夜は過ぎていく。
そして翌日、修司は天音の両親の前にいた。
何と言ってもまだ彼女は中学生にもなっていないのである。
力があるからと言ってそれをどうするかは一人だけで決めるわけにもいかないのだ。
「そんなわけで、この先天音が一緒にと言い出すかはわかりませんが、後悔はしないようにしてやりたいと思うんです」
「そうか……天音はそこまでの力を……」
「そうよね、ぶーたも不思議な猫になってるものね……時代、かしら」
畑に天音が水やりという名の遊びに出かけている隙に、両親との面談を行う修司。
自分の事、天音の事、彼女の素質と周囲の現状……話せるだけのことは話せたようだった。
やはり親としては子供は、特に小さいとなれば心配なのだろう。
そう考えていた修司だが、天音の両親はお互いに見つめ合い、頷いたと思うと修司を見た。
「修司君、君がよければ天音を頼みたい。力を後悔しない、そんな未来へ引っ張ってあげてくれないか」
「私としてはそのまま天音がくっついてくれると嬉しいのだけど」
「おじさん、おばさん……」
それぞれに衝撃的な台詞を言われ、さすがに言葉の出ない修司。
父親からの訓練許可はともかく、母親からの公認はかなり予想外だったと言える。
すぐ答えの出る話でもないわけで、まずは異能者としての話を続けることにした。
「力の方はわかりました。俺が教えられること、全て」
付き合ってくれてもというほうはひとまず保留でとごまかし、両親に頭を下げる修司。
人ひとりを預かる。そのことがひどく重く感じるのだった。
ではそのことを聞き、これまでのような遊びじゃなく本当に異能者として特訓だと告げられた天音は……。
「よろしくお願いしますっ!」
抱いたままのぶーたからのいつもの鳴き声もセットで、承諾を修司に返すのだった。
まだアニメの主人公たちにあこがれているのか、それとも本当に考えているのかは判断が付きにくい。
だからこそ、力を間違えないようにと手を添えてやる必要がある、そう考えた修司。
さっそくとばかりに明るいうちの見回りに今日から天音を連れていくことにした。
「天音、まずは変身を。確か……空を飛ぶ子だったよな」
「うん。まだ屋根ぐらいかなー」
言いながら、手にしたステッキを光らせ、アニメのように光に包まれ変身する天音。
以前よりこだわりが増えているあたり、よほど好きなのだろうかと感じる。
どこかで見たようなものが混じっていることから、複数の作品をそれぞれモチーフにしているようだった。
「じゃあそのままついてこい。飛べなくなったら抱えていく」
「はーい!」
修司の主観では危険度の少ない森を地上を走る1人、空を飛ぶ1人、影を渡る1匹というチームが進む。
今回の見回り範囲は川沿い、ある程度の上流までだ。
川は木材を流していくことができるほどの大きさで、一級河川登録手前と言ったところ。
「お兄ちゃん、河童ってみたことある?」
「言われてみればないな。そのうち出てきそうだが」
天音の疑問は修司にとって予想外ではあったが、言われてみればと考えさせられるものでもあった。
事実、日本がなんとか国家として動けているのも海岸沿い、あるいは近海の移動が無事だったことがあげられる。
諸外国からの輸入はともかく、本州からの海路がなければ早々に各地が干上がっていたことだろう。
(遠洋には何かがいるようだが、近海……本州と四国、九州を結ぶ海路が襲われたという話は聞かないな)
修司が知らないだけ、そう考えるには範囲が広すぎた。
それに、被害がどの地域でもないわけでは無いのだ。
関東と中部の間は陸路、海路共に怪異による封鎖状態である。
それに、日本海側へは渡れない状況が続いていた。
ちなみに空路は、異変初期にほとんどの旅客機が墜落、あるいは消息不明となったことで断念されている。
そう言った話をまとめると、出て来てもおかしくない怪異の類で姿を見ない存在が意外といるのだ。
どこかすっきりしない……かといって出てきてほしいわけでは無いのが難しいところである。
「畑のキュウリをあげたら仲良くなってくれるといいなー」
「天音は面白いことを考えるなあ」
喋りながらずっと空を飛ぶ力がある。そのことに内心驚く修司。
と同時に、天音の言うように怪異を倒すだけでもこの先駄目なのかもしれないなと考えた。
ふと顔を上げれば、いつもと同じはずの外の景色もどこか違って見えるのだった。




