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SOI-010



 強い日差しが、地上を照らしている。


 山々は緑であふれ、気の早いセミの声が聞こえてくるようになったころ、修司は山にいた。

 季節を考え、薄着ではあるが異能者らしい戦闘装備。

 普段なら1人で駆け抜けるところだが、今日は同行者がいた。


「俺の匂いでもわかるのかな? 猫だし……どうなんだろう」


 立ち止まった修司の足元に、一瞬前までいなかった気配が生じていた。

 影が上に伸びたようになって出てきたのは猫、ぶーたである。


 先ほどまで、1キロ以上離れた場所にいたはずのぶーたが足元にいる。

 そのことを知るのは修司と、飼い主の天音のほか少数だ。

 ぶーたが猫又、つまりは妖怪と呼ばれる存在であることはまだ秘密である。


(鬼とかとどう区別を付けるんだって話だもんな)


 修司が懸念する通り、日本各地ではおとぎ話に出てくるような怪物、妖怪の類がたくさんいる。

 その多くはなんらかの形で人間を襲うため、普通じゃない物に対するアレルギーのような反応も少なくない。


「なぜ町中に妖怪の類が出てこないか……少し不安だよな」


 今まで大丈夫だったからこれからも大丈夫。

 そう言い切るには彼らは恐怖を人間に刻み過ぎた。


 そう考えるとぶーたもどうにかしたほうがいいのであろうが、殺すことは考えていない修司。

 町にいる間は出来るだけ天音と一緒に行動させ、天音の異能の結果、と思わせるつもりだった。


「役に立つってわかれば可能性が産まれるからな。よし、行くぞ」


 ぶにゃあんといつもの鳴き声。

 そのまま1人と1匹で見回りを続け、あちこちにいる小鬼や人間でない物を倒していく。

 ぶーたの特訓でもあり、この猫又が何が出来て何ができないのかを確かめるためでもあった。


 結果としては、かなり優秀。修司の評価はこうなった。

 必ず追いついてくるし、細かい相手は余裕で倒せる。

 敵がいれば自ら囮のように動くほどであった。


「とはいえ、ぶーたが怪我したら天音が泣くからな」


 一通りの見回りを終えた修司はぶーたを抱きかかえ、町へと戻ることにした。

 山の恵みを少しずつ収穫し、降りていく。

 そうしているうちにもうすぐ町。この林を抜ければというところでぶーたが駆け出した。


「おいっ! って……畑? なんだこれ……ひょうたんか」


 元は修司の感じたように、山すそを開墾した畑だったのだろう。

 周囲と比べてちゃんと切り開かれてるなと感じる場所に無数のひょうたんがぶら下がっていた。


 いくつかの支柱は朽ち果て、残っている部分にまるで網のように伸びているひょうたんたち。

 場所は町に近く、やろうと思えばこのあたりまで区画を広げることもできるだろうと思わせた。


「ひょうたんって食えないよな、確か。なんだっけ……中身を出して調味料入れとかにする?」


 話のネタに持って帰るかと、ちょうど2リットルペットボトルほどに育っているひょうたんを切る。

 すると、修司の手の中でひょうたんが水音を立てた。


 修司は詳しく知らないが、かつては加工して水筒のように使われていたというひょうたん。

 だが、最初から水音を立てるほど中に水はないはずであった。


「結構入ってるな……半分以上入ってる。飲めるのか……?」


 恐る恐る小刀でひょうたんの口を切り、手であおぎ匂いを嗅ぐ修司。

 警戒していたような異臭はなく、むしろほのかにいい香りだった。

 ゆっくりと傾ければ手のひらに中の液体がこぼれ出た。


 手が染みるなんていうこともないようで、どうしたものかと修司が思っているとぶーたが器用に肩に乗り、じっと見つめてくる。


 飲む気だろうかとそちらに手のひらを向けると、最初は匂いを嗅いでいたがすぐになめ始めたのだった。


「やばそうならやめとけよ?って早いな、おい」


 修司の心配をよそに、ぶーたは残りもよこせとばかりに手のひらの分をすぐに飲み干してしまった。

 それどこどか、手にしているひょうたんを掴もうとするようにしてみせる。


「……よし、俺なら死にはしないだろう」


 ぶーたが飲みやすいようにとひょうたんの中ほどで切り裂き、地面に置く。

 切り口に顔をつっこむぶーたを見つつ、もう1つのひょうたんを切り飲み口を作った。


 わずかな躊躇の後、修司はひょうたんの中身を一口含む。


「まずくはないな。スポドリを少し薄くした感じか?……おう?」


 効果はすぐに表れた。

 喉が渇いたときに飲んだかのように、体に染みわたっていくのを感じたのだ。

 異能者として優秀な戦士である修司。だからといって一切疲れないわけでは無い。

 それなりに山を走っているので相応に消耗はしているのだ。


 だが今はそれが軽減されている。


「もしかして、大クスの仲間か? となると……あっ」


 周囲を警戒しつつ探して見ると、修司の前に小さな池……泉が見えて来た。

 大きさは大人が両手を広げた2倍ほど。

 周囲の雑草を切り開くと、その全体が見えてくる。

 中央の水面が波立っていることを考えると、湧水があるということが修司にもわかった。


「一度戻って、役所とじいさんばあさんに聞いてみるか」


 もう1本と言いたそうなぶーたを抱え、いくつかのひょうたんを追加で採取。

 町に戻る修司の足取りは行きよりも軽いようにさえ思えた。



 まずはぶーたを天音に預け、修司は単身役所へ。

 馴染みの担当者に挨拶をし、別室へと移動した。


「というわけでこの場所でひょうたんを作ってた人を知らないか?」


「うーん、売り物にならない奴だからなあ。農協でも記録は……あ、池というか泉の方は聞いたことがあるよ」


 そういって部屋を出た担当者が抱えてきたのは町の郷土史だった。

 古びた具合が、かなり前からの物だと修司に教えてくれる。


 めくったページの一角にあったのは、力水と名付けられた湧水の話であった。


「むかーし、このあたりを支配していた豪族が戦をする際に必ず料理に使ったって言う話さ。湧水自体はあちこちにあったらしいんだけどね。その中の1つだろうって書いてあるね」


「元々よさげな水がひょうたんでさらに……か。もう少し調べてからになるだろうけど、このあたりまで柵を広げたい。上手く行けば売れるんじゃないか」


 さっそく人を集めようという担当者に、修司も協力を申し出る。

 昔のように栄養食品を豊富に用意できない現代。

 それが解決できそうなものに異能の戦士としても、興味を引かれたのだ。


 結果、修司たちの住む町は近隣に木材と怪異素材の道具、そして薬代わりの水を売ることで名前が売れ始めるのだった。



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