SOI-000
珍しく?ロ―ファンタジー。
崩壊直後のパニックではなく、あまり未来過ぎるわけでもない時代のお話です。
静寂の支配する森。
そこに不釣り合いな音が産まれる。
音に続くように森を駆ける影は2つ。
「防ごうたってそんな棒きれじゃな!」
新緑の中、駆けだした片方の男の刃物が、陽光にきらめく。
反りの無い直剣を両手に、わずかに姿勢を下げて突進するのはもうもう一方の影。
すぐさま響く金属同士のぶつかる音、そして重い物が地面に落ちる音。
森に吹く風がその音を押し流していった。
鼻に届く血の匂いに男はわずかに顔をしかめて剣を振るい、血を飛ばした。
「鬼に金棒とは言うが……まあ、一体でいたのが間違いだったんだ」
一人でいるとつぶやきが増えるな……そんなことを呟くのは男だった。
まだおじさんとは言われたくはない微妙な年齢の男、修司は構えを解かない。
そのまま倒れ伏した相手、鬼と呼ばれる異形が力尽きたのを確認するとその角を切り取り、両断した金属の棒も背負った麻袋へと放り込んだ。
必要な物だけを頂く、そう言わんばかり。
誰にでもなく頷き、胸ポケットからハンカチほどの何かを取り出し、投げる。
倒れ伏した鬼だった上半身へと貼りついたのは一見すると紙きれ。
だが、それは何事かを呟くと青い炎を産み、鬼だった物を燃やしていく。
「後処理用の符ぐらいは安くなると良いんだがなあ……」
自分が切り殺した相手が灰となり、大地に戻っていく。
そのことを忘れるつもりはないとばかりに見つめ続けた後は直剣を鞘に納め、森を歩く。
彼にとって今の相手、鬼は大した相手ではなかった。
本来よりも弱体化している力、小さな体、そして脆い武器。しかし……と思うのだ。
奴らが元々生きていた時代であればどうだっただろうか、と。
「強くない方がいいんだが……ま、考えていてもしょうがないか」
あらゆるものが足りていない、そのことが口から漏れてくるのを自身で自覚していた。
そう簡単にどうにかなるわけではないことも、当然わかっている。
だからと言って何もしないでいるほどに、あきらめてはいないのだ。
「2108年、春。鬼一体討伐っと。討伐者……天堂修司」
獣道よりはマシそうな場所へ出てすぐ、慣れた手つきでポケットに仕舞い込んでいた携帯端末を操作する。
必要な情報をうち込み、証明となる怪異の角をカメラ部分に持っていって撮影。
どこにどんな怪異が出ているかという情報は重要なのである。
修司ほどの異能者となれば最前線を離れていたとしても、怪異の討伐は申告が必要だからだ。
こんなところまで生真面目な国民性を出さなくても思うところだが、気持ちの切り替えにも重要だと考えている修司。
「さってと、町に帰りますかね。お、山菜たくさんっと」
先ほどまでの緊張感はどこへやら。
あちこちにある山菜、人間があまり来ないためにほぼ手付かずのそれを無造作に収穫していく。
適当に見えて、このぐらいのほうが来年また収穫できることを知っているからだった。
一通り収穫を終えた満足感を胸に、駆けだす。
舞い上がる落ち葉、そして飛び乗った先の枝の揺れ。
その1つ1つが、彼の常人を超えた身体能力を証明していた。
「ただいまー」
「修司お兄ちゃん、お帰りなさい!」
「おう、来てたのか天音」
修司を出迎えたのは一人の少女。ブレーキの壊れた乗り物のように突進してくる彼女を受け止め、くるりと回転するあたり、修司も手慣れている。
彼女が伸ばし続けているという髪がふわりと舞い、それが彼にも帰ってきたという実感を与えた。
「ぶーたもご機嫌だな」
「ぶにゃーん」
そう、迎えに出てきたのは少女だけではない。小さなリュックの中に、黒猫が1匹。
おおよそ猫らしくない声を上げる姿に修司もいい加減慣れて来た。
これでいて、夜にはどこかに遊びに行くというのだからわからないものだと思うのだった。
そんな天音の視線が自分の背中に注がれるのを見て、忘れ物に気が付いた。
「そういやまだ役所に持って行ってなかったわ」
「もう、すぐ忘れちゃうんだから。……また、いたの?」
暗い表情が貼りついた少女に頷きつつも、笑顔は忘れない。
不安を感じさせないのも年上の役目、そう思っているからだ。
それは、前線から戻って来たとしても変わらない。
「まあな、大丈夫だって。俺がいる」
聞きようによっては傲慢なセリフだが、彼を知る者にとってはそれは冗談でも何でもない。
確かな実力に裏付けされた言葉だとわかることだろう。
これ土産な、あく抜き頼むと告げ、荷物をほとんど降ろして彼が向かう先は町役場。
コンクリート建てのその建物はやや古びている。
そのことこそがこの町が田舎であることの象徴だと感じられるなと思わせるのだった。
「戻りましたー。一匹いましたよ、だいぶ遠いですがね」
「そう……か」
この地域には彼以外、戦力が無いに等しい。
元々怪異がほとんど出てこない、出て来ても小鬼程度だったはずなのに……。
そんな思いを抱いたとしても、彼を怪しむような人間はいない。
なぜなら前線から舞い戻ってきたとしても、彼が同世代に並び立つ者無しと言われるほどの鬼切りだということは、国と成果が証明しているからだ。
「いつも助かるよ。このまま騒ぎにならずに、また年が越せると良いんだけどね」
「俺もそう思いますよ。平和な方が、命は天秤に乗らない方が……ずっといい」
実感に満ち溢れた言葉に、職員も押し黙る。
そう、この世界では命はあまり……重くない。そのことを大人になるほどに感じてしまうのだ。
「さってと、帰って飯食いますわ」
これ以上いても暗い話ばかりになりそうだと感じたのか、お茶でもという申し出を断って外に出た。
途端、眩しさが彼を襲う。
空は、今日も彼の気持ちとは裏腹に青く、そして美しかった。