福引き男
カランカランカランカラン
金色メッキが剥がれ、深緑色の錆びが浮いたハンドベル。
耳馴染みの無い金属音がこだまする。
こんな住宅街に近い場所でそんな大きな音を出さないで欲しいと、自分のことよりも周囲の反応を気にしてしまうのは日本人の特性なのか。
「花咲様一等賞でございます!一等賞は実に3000年ぶり!いやはや、実におめでたい!それでは、商品紹介にうつらせていただきます!」
駅前のティッシュ配りの人が来ているような蛍光色のウィンドブレーカーを居心地悪そうに着た糸目の彼は、私の羞恥心にはお構い無く大きな声で話し出す。
「あっ、はい。」
そう、返事をしたのが最後。
何故か糸目の彼はどんどん斜めになっていく。
ーーああ、私が傾いてるのか
そう気づいたときには、私の視界は真っ暗になっていた。
もぞり。
さわさわ。
むぎゅっ。
「んぎゃっ!?」
花咲ナナコは唐突に息苦しさを覚え、その脅威から逃れようとほぼ反射的に上半身を起こした。
「はあはあ・・。なに!?」
瞼を開けると妙に周囲が明るいことに気がつく。と、同時に黄金色のふさふさとしたものが身体にまとわりついているのを感じる。
「んえ?なに?」
私は確か福引きで一等賞を当てたんじゃなかったっけ。
夕飯の買い物に行って、普段寄らない道を通って帰っていて何気なく目をやった先に、黄色いウィンドブレーカーを着た若い人が一人で茫然と立っていて不審に思ったのだ。
ティシュ配りなどをするには人通りも少なくあまり適さない。
それに彼の前には、よく商店街で見る福引きのガラガラ回すやつが台の上に乗せられていた。
「え、こんなとこで?」
そう大きな声を出したつもりは無かったが彼はスッとこちらに視線を向け満面の笑顔になった。
不審とは思いつつもここで愛想笑いを返してしまうのが日本人ゆえか。
すると彼は気を良くしたのか
「どーうぞどうぞ!世にも珍しい福引きでございます。きっとどれが出てもあなたの人生を豊かにするでしょう!」
そういって両手を広げている。
普段ならこんな怪しげなもの、すっと頭を下げて通り過ぎていただろう。
ただ、先程彼のいった人生を豊かにするといった文言に妙に惹かれる自分がいるのを感じたのだ。
自分はもっとやれる、自分に適したことはもっと他にある。
こんな平凡な人生ではないはずだ。
そう、心の中でいつも思ってきた。
それでも自身の能力は平均をいつも少し下回り、他者と比べて抜きんでた何かがあるわけでもなく。
ふつふつとしたものを抱えながらも、なにも成し遂げられず、またこの平凡に感謝や安らぎを感じることもできず、現状を打破しようと動き出すこともできず。
花咲奈々の30年の人生はそんなものだった。
気づけば足は勝手に彼の元へ歩き出していた。
フラフラと、しかし確固たる意志を持って。
「や、やります。いくらですか?」
慌ててポケットから小銭入れをだそうとする
「いえいえ、その銅の塊はいりません。あなたを待っていたんですから。どうぞ回してください。」
そう言って微笑む彼。
私を待っていた?
お客を待っていたのか? こんな人通りの少ないところでこんなことするから、客を待つ羽目になるのだ。
不審感はさらにあがるものの、何故か私はガラガラの取っ手を躊躇いもなく握る。
まあ、いい。
当たらなかったからといって、私に失うものはなにもないのだ。
そう保険をかけて、ガラッと反時計回りに回した。
そこまで思い出して、奈々の思考は何者かに遮られた。
さっき私を窒息させようとした犯人だろうか。
恐る恐る視線を下にやる。
私の鼻をつまんだ者の正体は小さなこどもだった。
「えっ? こども?」
ただの子供ではない。
頭のてっぺんには三角の耳が二つ。
腕に巻きついているふさふさとした物は彼のお尻に繋がっているようにも見える。
「起きた! 起きた起きた! 教えてあげなきゃ!」
耳障りのよい高い声を上げニコニコと駆け出していく。
「あ! ちょっと!」
慌てて手を伸ばすも制止の声に振り返ることもなく走っていってしまった。
意味の分からないことばかりで深いため息が出る。
「全く状況が理解できない…。あの子はコスプレ? 福引きは? ここどこ?」
何だか頭がガンガンと痛いし、周りは見渡す限りススキだらけ。
私は自慢ではないが生粋の都会っこである。
こんな、大自然にはしばらくお目にかかっていない。
それに私が覚えているのは夕方のそろそろ日が落ちてくる頃であったはず。
なのにここはなんだが見渡す風景すべてが曇りガラスを通したかのようにぼんやりしていて、昼のように明るい。
「あのー、すみませーん!誰かいますかー?」
ズキズキとする頭を押さえながら、とりあえず助けを呼んでみる。
頭よりも高いススキをかき分け、とりあえず前に進んでみるものの
先程の質問には誰からも返答がなく、ただ葉が揺れる音だけが響き、急速に不安を煽ってくる。
「いや、まて。さっきの変な子、誰かに教えるって言ってなかった? 」
もはや、下手に動かない方がいいのだろうか。
そう思うが人間そうそうじっとはしていられない。
1、2分ほどその場に留まったものの、我慢できずにまた歩き出し始めた。
その時だった。
ガサガサガサガサ
ものすごい勢いで何かが近づいてくる。
怖いとは思うが四方八方ススキに囲まれた状態では防御もとれない。
身体を固めて咄嗟にしゃがみこむ。
すると、ススキの間から先程の子供の顔がワッと出てきた。
「やだっ!」
咄嗟に目をつむる
「うはは、泣いてる泣いてる!」
恐る恐る目を開けると無邪気に笑う子供の顔が映る。
「なに?」
恐怖と混乱でだんだんイライラしてくる。
子供相手に申し訳ないと思うが、こちとら意味のわからないことばかりで人に優しくしている余裕なんて無いのだ。
「ちょっと! 大人をからかわないで! ここどこか知ってるの? 助けを呼んできてくれない? 」
そう言うと、その子は私の手をぎゅっと掴み
「待ってる待ってる。あなたを待ってる」
そういって、ニコニコと私の手を握ると子供とは到底思えない力で私をどこかへ連れていこうとする。
「あっ、待って!」
待ってるって。誰が私を待っていると言うんだろう。
それでも永遠にここにいるわけにはいかないし。
自分に言い聞かせるように、小さな背中のあとを追った。