第八話 騎士の決断
シェイラが怖いです。
もしかしたら、自分はここで死ぬかもしれない。エドガーの眼光に射抜かれた村長はそう感じていた。
エドガーに連れられてやって来たのは村のはずれにある広場だった。
「あの娘は本物か」
鎧が汚れるのも構わず、枯れた噴水の縁に腰かけたエドガーは、開口一番そう訊ねた。
これこそが二人の憐れな男を恐怖で縛り付けている呪文だ。下手な返答をしようものなら、腰に佩いた剣が閃き、その刀身を目にする前に首が落ちるだろう。逃げたいが、後ろには退路を塞ぎ立つ二人の若い騎士がいる。
完全に詰みである。
やはり、すべては間違いでしたと言うべきだろう。今ならバカな子供の戯言ということで済むかもしれない。そんなことを村長が考えていると、信じられない声を聴いてしまった。しかも、自分のすぐ隣から。
「あの子は本物です。少なくとも、その羊皮紙に書かれていることは実際に起き、わたくしを含めた村人全員が目にしたことに相違ありません」
(バカ~ッ!)
村長は声に出さず、それでも力の限り叫んだ。
神父の言うことに嘘はない。それがこの国での常識だ。
聖職者たる神父はその地位に就いた瞬間から一切の嘘偽りを神によって禁止される。その発言は公式の法廷においても証拠として扱われるほどの力を持つ。そんな人物が、あろうことか田舎娘の戯言を事実だと、よりにもよって王国の騎士団長に言ってのけたのである。
村長は、その目でミラの奇跡を目の当たりにしたにも関わらず、すべてはミラの妄言と神父の信仰心が招いた不幸な偶然と思い始めていた。
理由は、その方が楽だからだ。
神の奇跡が本当に起きたとして、一体どうやってそれを証明するというのか。
そして誰が信じるというのか。
自分に嘘をつき、騙し通した方が苦労しなくて済む。第一、死人が生き返るなどあるわけがない。ただ居眠りして起きて、夢の話をしただけに決まっている。
「き、騎士さま! 少しお時間をいただけないでしょうか! クロイス神父は混乱しております!」
「いいえ、わたくしは平静です。心が乱れているのは、むしろあなたの方では?」
「それは否定しません。ええ、わたしは今大混乱ですよ! なぜ神父さまは、ミラが聖女だとお思いになられるのか!」
「奇跡を見たからです」
「死者蘇生ですか? あれは単に居眠りから目覚めただけでしょう!」
「双方落ち着いてくだされ。我を差し置き話を進めないでいただきたい」
エドガーの低い声で、さすがの村長も口を噤まざるを得なかった。エドガーは、二人から話を聞きたい旨を伝え、まずは神父に話すよう言った。
〇
「なんなんですか? あれ」
怖い。ミラはシェイラの前で縮こまっていた。目の前にいるのは、あの明るく元気な村娘のシェイラちゃんではない。煮えたぎるマグマを内に秘めた鬼である。
激昂してくれたなら、宥めながら言い訳もできよう。しかし、シェイラは静かに怒るタイプだった。凍り付きそうな視線で見つめ、低い声で先の質問を繰り返すのだ。
言い訳でもしようものなら、足元に落ちている石で頭を割られる。そう思わせる迫力があった。
「いや、あれはなんていうか、その場の乗りで」
「乗り? なるほど。あなたは乗りでわざわざ村まで出向いてくださった騎士さまを無礼な態度で追い返すと、そういうわけですか」
「だってさ、実際王都になんて行きたくないですし……」
「それは理由にはなりません。確かにわたしは、あなたに自由に生きて欲しいと言いました。しかし、お断りするにしても、それなりの対応というものがあります。そんなこと、わたしのような子供だって知っていることです。なぜそれができないのですか?」
「いや、嫌われた方が向こうも諦めてくれるかなーって思って。アハハ」
「アハハじゃありません。今、村長と神父さまがなにをしているかわかりますか?」
「……ごはん?」
「あなたのとった無礼な態度について、自分のしたことのように謝っているのです。騎士さまはとても偉いお方です。ご本人の意思に関係なく、その言葉には力が宿ります。もしあの方が王都に戻り、村で無礼な扱いを受けたと言ったら、果たしてどうなるでしょう? まず、領主さまに呼び出しがかかります。責を負って、財の没収もあり得る。そこまでいかなくとも、罰金刑は確実でしょう。困窮した領主さまは、税を増やすかもしれない。そうなれば、この村だけでなく、領内の他の村の人たちもさらなる苦しみに身を投じることになるでしょう。他にも、もし魔物が攻めて来た場合、真っ先にこの村が見捨てられることもあり得る。冗談でなく、わたしたちの命がかかってくるのです」
「……すみません」
ミラは素直に謝った。正直そんなことまで考えていなかった。
(ていうか、シェイラってまだ八歳だよね? ちょっと賢過ぎやしないか? それともこの世界ではこれが普通なのか?)
ともあれ、三〇分のお説教と三回の土下座でシェイラの怒りを鎮めることができた。二七にもなって少女に土下座なんて情けないことこの上ないが、明らかに自分に非があるとわかっている以上、相手に関係なく謝罪すべきだ。それが社会人って奴なのだ。
現在進行形でニートだとしても。
「とにかく、駄々こねてないで大人しく王都に行ってください。いいですね?」
「ええ~? なんでそこまでしてわたしを追い出したいわけ? もしかしてわたし、嫌われてる?」
「そんなことはありません。ですが、王都で無事聖人に列せられれば村になんらかの報奨金が与えられるはず……なんてことはなくて! わたしはミラちゃんの幸せを願ってるだけだよ☆」
「うわー。もうシェイラを純粋な目で見れない」
この八歳児は見た目に反して腹の中が真っ黒だ。ミラはシェイラとの付き合い方を改めようと心に決めた。
「でも、実際この村ヤバイもんね。わたしが聖女だか聖人だかになれば、改善するのかな」
「ぶっちゃけするよ。ここだけの話、領主さまから神父さまにお話があったらしいの。ミラちゃんを王都に寄越せば、冬の支度金を工面してくれて、さらに聖女にすれば、村の税金安くしてくれるんだって」
この子悪びれもせずに言いやがった。この肝の座りよう、本当は先輩の同年代じゃないか? てなことを考えていたら、足にネコパンチを食らった。
「村長にじゃなくて、神父さまに話が行ったの?」
「村長気が弱いから。それに、神父さまの言葉には神聖が宿るから、すっごく信頼されてるんだよ」
「へー。ていうか、聖職者が賄賂で買収って……」
「ワイロ……? とにかく、お願い! わたしまだ死にたくないの! 生活が楽になったら、王都に遊びに行くから!」
と、手を合わされてしまった。転生してから拝まれてばかりだ。
「あーもー、わかったよ。でも、聖女になるには審査があるみたいだから、ホントになれるかわからないからね?」
なにしろ、かわいい妹分の命がかかっているのだ。ちょっと王都に行くくらい我慢してやろうじゃないか。クロイス神父だって、私利私欲のためにミラを売るわけではないのだから、恨むのはお門違いというものだ。
ミラの了承を得られたことで気を良くしたシェイラは喜び庭駆け回り、それに気づいた子供たちが集まって来た。
みんな生まれたときから知っている子たちだ。顔を合わせられなかった寂しさも手伝って、ミラは久しぶりに心から遊びに興じた。転んで泥だらけになるのも気にせず、手を差し伸べて来たシェイラも巻き込んで思いっきり汚してやった。
一張羅を台無しにされたシェイラは般若のような形相で追いかけて来たので本気で逃げ出した。
必死の鬼ごっこは夕方まで続き、ミラは村で過ごす最後の日を終えた。
「どうですかな? あれがミラです。無垢で明朗、美しく慈悲深い。普通の女の子です」
物陰からミラの様子を見ていたクロイス神父が、穏やかな笑顔をエドガーに向けた。
「そのようであるな。普通の女子にしか見えぬ……が、今のあの子の方が、聖人に相応しかろう。村長、いいですな?」
「……騎士さまの、仰せのままに」
こうして、本人のいないところでミラの王都行きが決定した。
ミラは王都に行くことになりました。




