第七話 出迎え
王都から騎士がやって来ます。
怒気を含んだミラの声音に、クロイス神父の顔が青くなった。
シェイラはガタガタ震えながらやって来た。クロイス神父には席をはずしてもらう。シェイラはミラの部屋に入ると、その場に両手をついて土下座して見せた。
「申し訳ありません、聖女さま!」
(この世界にも土下座ってあるんだ)
「顔を上げなさい」
シェイラはぶるぶる震えながら顔を上げた。すぐにでも泣きそうなほど揺れる瞳と、真っ青な顔をしている。
「わたしの目を、よく見て」
「はい……」
「なぜ、王都から迎えが来ることを黙っていたの」
「……」
「怖かった?」
「……いいえ、悲しかったのだと思います」
「なにが?」
「聖女さまが、行ってしまわれるのが」
それだけ聞ければ十分だった。ミラは床に膝をつくと、優しくシェイラを抱きしめた。
「いけません! 服が汚れてしまいます!」
「気にしないで。それよりも、ごめんなさい。わたしのせいで、あなたに苦労をかけた。聖女の世話役なんて、気苦労が絶えなかったでしょう。なのに、あなたはいつも笑顔でこの部屋に来てくれた。本当にありがとう」
「気苦労なんて感じたことありません。わたしはミラちゃんに会いに来ていただけだから」
笑顔でそう言うシェイラを見て、ミラは胸がいっぱいになった。
気づけば彼女を抱きしめ泣き出していた。
ミラは別れたくない、王都などに行きたくないと何度も言い、その度にシェイラに慰められた。
「王都に招かれるのは、とても名誉なことだと聞きます。きっと、ミラちゃんを正式に聖人として列する式典が開かれるのでしょう。神父さまが仰っていました」
「シェイラ、一緒に来て」
「ダメです。聖なる存在には、相応しき友人がいるのです。ミラちゃん……聖女さまにも、ほら」
シェイラが指し示す先には、こちらを見つめるセンパイがいた。
「でも、行きたくないよ。生き返ってから、みんなと一言も話してない。シェイラとだって、まだまだ話したいことがたくさんある」
「お話ならできます。我らが主を通じて、万象遍くこれ連なれりと言います」
「シェイラは、詳しいね」
「聖女さまも知っているはずです。教典には書いてありませんが、神父さまのお話にいつも出てきますから」
ならば覚えていないのも仕方がない。以前のミラは、説教の時間になると行方を眩ます活発な少女だった。
「聖女さま、どうか行ってらっしゃいませ。あなたの奇跡を、どうかすべての信徒に現してください」
「違う、違うの! わたし、聖女じゃない! それどころか、ミラですらないんだよ! ホントは、ホントのわたしは……」
ミラの言葉を、シェイラは首を振って止めた。優しい笑顔は変わらずにそこにある。
「うん、知ってた。だって、ミラちゃんってばすっごく大人しくなっちゃうんだもん。前は一〇日も部屋に閉じこもるなんてこと、絶対しなかった。わたしや神父さまを見る目も、なんか大人っぽくなってるし」
「シェイラ……」
「これが、生まれ変わるってことなんだね。ありがとう、生まれて来てくれて。あなたのおかげで、また ミラちゃんとお話できて、嬉しかった。それももう十分。あなたは、あなたの自由に生きて……」
迎えは馬に乗った騎士が三人と馬車が一台だった。たかが田舎娘一人に大層なものだ。
「我はエドガー・フォン・パハーレ。聖マレルタ王国ラール騎士団団長の任を預かっている。聖女降臨の報を受け参上した。長と話がしたい。取り次いでくれるか」
そう高らかに宣言したのは髭面禿げ頭の恰幅のいいおじさんだった。
騎士のイメージと全然違う。なんだか騙された気分だ。
村長はすぐにエドガーの前に進み出ると、膝をついて首を垂れた。
「わたくしがレンファ村の村長でございます。遠路遥々陛下御召し抱えの騎士さまにお出でいただき、恐悦至極に御座います」
「かしこまらんでいい。我は陛下を、そしてこの国を、ひいてはお主ら臣民を守る堅き盾に過ぎん。それに、もし聖女降臨が真ならば、その人物を待たせることをこそ我は恐れる」
村長は一度深くお辞儀をすると、脇へどいて道を開けた。村人もそれに倣い、騎士たちの前に人垣に挟まれた道ができた。
エドガーが視線を上げると、そこにはみすぼらしい教会があった。
だが、決して信仰の象徴は捨ててはいない。修復の跡は人々の献身の賜物。敷地が荒れていないのは愛ある世話の為せる業だ。
今、その戸が開き、真っ白な少女が姿を現した。
しかし、一目見て、それが少女と誰が信じるだろうか。
重さがないかの如く靡く銀髪が、白い顔を包んでいる。服と髪が風にそよぐ度に翼がはためいているように見えた。足元になにか黒いものがあると思えば、一匹の猫だった。少女と歩調を合わせ、こちらに来る。
天使。
そう、天使と言われた方がしっくり来る。それほどに少女の存在は浮世離れしたものだった。
エドガーはすぐさま馬から降り、少女と対面した。膝をつかずに済んだのは、彼の王への忠心が為せる業だった。
「初めまして。ミラと申します」
「エドガー・フォン・パハーレである」
それだけ言うのが精いっぱいだ。
人がなぜ祈るのか理解した。人はあまりに神聖なる存在を目にしたとき、目を伏せ頭を垂れるしかできないからだ。
ミラはなにも言わなくなったエドガーを見て、ぱちくりと瞬きをした。
「あの……」
「こ、これは失礼。あなたがレンファ村に降臨した聖女……ということで間違いないですな?」
「いいえ、それは間違いです」
「なんですと?」
思わず聞き返してしまった。
その顔がおかしくて、ミラはくすりと笑った。
「わたしはミラ。ただの村娘でしかありません。ちょっと神さまに会って生き返っただけなんです」
「聞き捨てなりませんな。我らが主に謁見し、あまつさえ生き返ったと言っておきながら、ただちょっと、とは。これがあなたの虚言ならば、神への冒涜に他ならない」
「ですが、事実です」
(……これは困った)
エドガーは無意識に己の禿げあがった頭をかいた。この少女は聖女であることを否定している。だが、その身に起きた奇跡については真実だと言っている。いっそこの少女の妄言と言い切ってしまった方が、後々の面倒は少なくて済むだろう。
だが、少女が姿を見せた時、真の聖者なりと思ったのも事実。
(そうだ。この少女は聖女然としている……し過ぎている)
マレルタ王国の認める聖人とは、奇跡とはほど遠いものだ。自ら戦地に赴き怪我人の看病をしたり、飢えた子供にパンを与えたりと、地道かつ多大な労力と精神力を費やした者が、長年の活動を経てその功績を称えられ、死してなお記憶に留めるための称号なのだ。
つまりは、人の身にて聖なる存在へと魂を昇華させた、正真正銘の人間。この少女は本当に人なのだろうか?
「……わかった。だが、我にあなたの身に起きた奇跡を判ずる力はない。共に王都へ赴き、教会に委ねようと考えている。厳正なる審議の場にて、あなたの奇跡をお話願いたい」
「ええ? てことは、やっぱり王都へ行かなくちゃならないんですか?」
(……なんだか雰囲気が変わったような)
目の前の少女、聖女候補のミラは、あからさまに顔をしかめ、態度が悪くなった。
同時に外見も様変わりする。銀色に見えた髪は白く。後光は消え失せ質素な服に身を包んだ子供が目の前にいた。
「ちょっと、ミラちゃん。ちゃんとして」
隣に立つ少女に小脇を突かれ、ミラは引きつった笑顔を取り戻した。
「あの、なんとかなりませんかね? わたし、マジで聖女とかじゃないんです」
「だが、奇跡を体験したのだろう?」
「いや、あれはなんていうか、たまたまで……」
「たまたまとはなんだ」
「偶然って意味です」
「そんなことはわかっとる。我が訊きたいのは、そなたが経験したという神との対話だ」
「ああ、それッスか……」
ミラは視線を走らせ神父を見つけると、テテテっと走りなにかを受け取り戻って来た。
「これに詳しいことが書かれています」
差し出されたのは羊皮紙の巻物だった。
「我はそなたから直接話を聞きたいのだが?」
「あちゃー。ちょーっと難しいですね~」
(なんだその態度は!)
ミラは半笑いで頭をかいて、エドガーの要求を突っぱねたのだ。これでも一団を率いる騎士であるエドガーに、寒村の小娘がとる態度ではない。激高しかけるが、つい先ほど「自分はただの盾だ」と言ったばかりである。それに、相手は一〇歳の子供だ。
「……わかった。受け取ろう。場合によっては我らは引き返すことになろう。だが、旅の準備はしておくように。出発は明日の朝だ。村長殿、神父さま、一緒に来てくだされ」
エドガーはそう言い残すと、踵を返した。背中を見ただけで不機嫌さが伝わってくる。
村長とクロイス神父が恨みがましい目を向けてきたが、ミラは気づかない振りをした。
(二人とも、ガンバ!)
なんとも無責任な声援を、心の中で送った。
次回、騎士のおじさんはどんな決断を下すのか。




