第五話 能力①
地の文多めです。
シェイラは神さまについてあれこれ訊ねて来た。祈りを捧げていたのは豊穣の女神だが、ミラが会ったのは多分、そういった類のものではない。
どうしたものかと頭を悩ませたが、ふと思い出したことがあった。
この国の宗教は多神教であり、一番上に姿なき主神がいて、その配下に様々な神、主の血族と呼ばれる存在を従えている。それらを一括してフラーチャと呼び、その中の一柱が豊穣の女神なのだ。
神さまに顔はなかった。姿形も人型をしていたこと以外特徴がない。真実を言っても嘘にはならないのだ。
(多分、前に転生した人が神さまのことを伝えたんだ。何人か転生させたっぽいこと言ってたし)
というわけで、シェイラに神さまについて話して聞かせた。もちろん転生のことは秘密だ。目の前にいるのが別の世界の二七歳引きこもり女子(笑)だなんて、そんな少女の夢をぶち壊すこと言えるわけがない。
シェイラになにか本はないかと訊ねると、嬉々として駆け出し胸に本を抱えてあっという間に戻って来た。重くしっかりした装丁の分厚いものだ。
しかし、表題すらなにが書いてあるのか読み取れない。異世界語だから仕方ないのかと思ったが、言葉が理解できる説明がつかない。
となると、結論としてミラは元々字が読めなかったことになる。
記憶をたどるが、文字を学んだことはない。
「ねえ、シェイラ。この世界……というか、村での識字率ってどのくらいかわかる?」
「シキジリツって、なに?」
「字が読める人の割合のこと。字が読める人って、誰がいるかわかる?」
「えっと、わたしは読めない。お父さんとお母さんも。多分、読めるのは神父さまと村長さんの家の人たちだけだと思う」
無理もない。この村の状況はかなり悪い。教育より生きる術を優先するのは当然だ。字を覚える暇があったら仕事を身に着けるに決まっている。仕事をしながら他分野について学ぶのは大変だというのは、元社会人の身としては十分理解している。もっとも、退職してからも勉強などまったくしなかったが。
シェイラに頼んで字を読める人を探してもらうことにした。本当ならクロイス神父に頼むべきなのだろうが、なにやら忙しく動き回っているらしく、なかなか捕まえられない。
翌日。朝食を取り終えると、食器を下げに来たシェイラと一緒にクロイス神父がやって来たが、なにやら様子がおかしい。いつもは柔和な笑みを浮かべ、天から吊るされているかの如く背筋が伸びているのに、今は前のめりだ。
「聖女さまっ!」
この声も普段では考えられないほど大きく、まるで叫ぶようであった。ミラは思わず叱られたときのように体を硬直させた。
「はい! ……あの、聖女さまはやめてください」
「しぇ、シェイラから聞いたのですが、聖女さまは豊穣の女神ではなく、我らが父たる主神にお会いになられたのですか⁉」
(その話か。そして無視か)
これも仕方のないことなのだろう。神を信じる人に、直接神と会ったと言ってしまったのだ、不用意にそんなことを口走った自分が悪い。
「はい、一応」
「是非! お話をお聞かせください! この憐れな愚人に、是非、是非……ッ!」
誰が断れよう。
ミラは昨日シェイラに語った内容をもう一度繰り返した。クロイス神父はミラの発する言葉を一言一句聞き漏らさず、すべて羊皮紙に書き留めて行った。
これはかなりのプレッシャーだった。なにしろ自分の言葉が形として残り、多分聖典とかになってしまうのだ。溜息すら不用意につけない。そして、語れる事柄は多くない。なにしろ、神さまとの会話はほとんど自分の愚痴だったのだから。
「では、主神はなぜあなたに新たな生をお与えになったのか」
「それは……ご褒美……のようなものだと思います」
「ご褒美。つまりは祝福ですか」
「ええ、敬虔な信徒に慈悲を与えてくれたのです」
もちろんでまかせだ。
「おおっ……! つまり、主に仕えていれば、新たな生をいただけると」
「信じるだけではダメなのです。自ら考え、行動を起こす者に、神は奇跡を授けるのです」
「行動とは一体なにを指すのでしょう? わたくしは日々の礼拝、信徒へ教典を読み聞かせること、迷える者を励ますくらいしか行っておりません」
「それは素晴らしいことです。是非続けるべきです」
「聖女さまは、一体なにを成されて復活されたのですか?」
「聖女じゃないんだけど……わたしの場合、人助けですね。なんの気なしにやったことが、偶然凄いことに繋がってたらしくて、それを認められたようなことを言ってましたよ」
「なんと! 教典にもあります。〝神は常に御座しまし、すべて世を御覧じ知る〟と」
多分人に害のあることは言っていないから平気だろうが、クロイス神父の熱心さにはかなりまいった。
話が一段落ついたところで、字が読める人について訊いてみた。
「その件でしたらシェイラから聞きまして、先ほど村長殿の二番目の娘に頼んでおきました。午後から来てくれるそうです」
クロイス神父に礼を言って、勉強の準備を始めた。できることならノートとペンが欲しいが、どちらも寒村では高級品なので手に入れるのは難しい。聖女の威光を使えば不可能ではないだろうが、冬の備えを売り払ってお金を工面しそうなのでやめておいた。
それに、教典を見る限り、覚える文字数はさほど多くはない。約三〇の文字の組み合わせですべての単語を構成している。日本語のように漢字・ひらがな・カタカナを駆使するような複雑な言語でないと予想できる。
三〇文字程度なら今日中に覚えられるだろう。それから先は語彙と文法の習得になるが、言葉として使い熟せている以上、覚えられないことはないはずだ。生まれ変わったミラは前向きなのだ。
午後。やって来た娘はシルルと名乗った。年は一一で、ミラと近い。一緒に遊んだ記憶がないのは、体が丈夫でないことと、内向的な性格のためだろう。
言語の習得は順調に進んだ……順調に進み過ぎた。文字は一度教えられたらすべて覚えたし、単語を指し示しながら音読してもらえば一回で暗記できてしまったのだ。
(もしかして、ミラってかなり優秀?)
始めはそう思ったが、どうも違うらしいとわかった。
教典をさくさく読み進め、知らない単語が出てきたときのことだ。シルルに意味を訊ね、再び読み始めて しばらくしたら、また同じ単語が出てきたのだ。もちろん意味はわかったのだが、単語を認識してから意味を理解する――正確には思い出す――までにタイムラグがあったのだ。
それまでは一度教えられたら、後はすんなり読み進めることができたというのに。
この原因はなんだ? そう頭を捻っていると、ふと思い当たる節があった。
勉強を開始したとき、ミラはやる気満々だった。力の限り勉強に励み、言語を習得してやろうと意気込んでいた。
――つまり、努力していた。
だが、先の単語についてはどうか。それまでがあまりにスムーズに覚えられたため、気を抜き、覚えようとさえしなかったのではないか?
――つまり、努力を怠った。
次話も能力説明が続きます。




