第三話 蘇生
異世界で目を覚ました心美は、不思議な黒猫と出会います。
淡い光に照らされているようだ。
なにやら歌が聞こえると思ったが、それはどうやら連なったお祈りらしく、就活で幾度も目にしたお祈りメールを思い出し憂鬱になった。
(初っ端から気分悪くなった。でも、夢じゃないっぽい……)
心美は首を巡らせ状況を確認した。どうやらここは洞窟の中らしく、荒く削り取られた岩肌が黒く輝いているのが見て取れた。心美自身は祭壇のようなところに寝ている。快適とはほど遠い固い感触が背面に感じられ、同時に痛みもあるので、随分長い時間横になっていたらしい。
(ここはどこだろう? 転生って言うから赤ちゃんからやり直しかと思ったけど、結構大きい体してる)
さてどうしたものか。人はいるらしいが、もの凄く声をかけ難い。その人物は心美が寝ている祭壇から少し離れたところで膝をつき、両手を組んで祈りを捧げていた。
髭も髪も真っ白なおじいちゃんだ。おじいちゃんは一心不乱に目の前に向かって低くもよく通る声で延々と言葉を紡いでいる。つまり、祈られているのは心美ということになる。
(なんで?)
疑問に思うと同時に記憶が蘇った。
今の心美はミラ。苗字はない。レンファ村で育った一〇歳の女の子で、両親はいない。数年前に魔物に襲われ死んでしまったのだ。ミラは村の教会で神父の手で育てられた。その神父が、今祈りを捧げているおじいちゃんで、名をクロイスという。
そしてなぜ、ミラは祭壇に寝ていて、あまつさえ祈りなんか捧げられているかと言えば、今はご祈禱の真っただ中だからに他ならない。
ここ数年続いた干ばつの影響で村は危機に瀕している。豊穣の神に祈りを捧げ、冬を乗り切れるようお願いしているのだ。その供物として捧げられるのが少女の魂であり、つまりはミラである。
これらの情報はミラの記憶にあったものだ。どうやら、魂は本当に神への貢ぎ物として召し上げられ、空いた体に心美の魂が入り込んだらしい。そう言えば、神さまも体の空きがどうのと言っていた。
(生贄ってことだよね? 本人は納得した上で、率先して魂を提供したっぽい。身寄りのない自分を育ててくれた神父と、優しく接してくれた村の人たちへの恩返しだ)
本人が納得した上ならば、心美が口を挟めることではない。多分、同じ境遇なら心美だって同じことをする。
ならば、この体はありがたくリサイクルさせてもらうとしよう。
問題は――前にも言ったが――もの凄く声をかけ難いことだ。
(だってわたしってば、もう完璧死んだことになってるんだよ? しかも、神さまへのお供え物だよ? そんな娘が「実は生きてました~テヘペロ☆」とか言って起き上がったら台無しじゃん。もはや詐欺じゃん。むしろコントじゃん!)
心美は冷や汗を流しつつ、薄目で神妙な面持ちのクロイス神父を見つめる。目が慣れてくると、彼の後ろにたくさんの村人がいることに気づいた。
(そうだ、今回は数十年振りに生贄捧げるってんで、村総出で祈るんだっけ。ますます言い出し難いじゃないか!)
早く終わって! そんでみんなどっか行って! そう祈りつつ死んだふりをしていると、突然辺りが騒がしくなった。
「ダメ、ダメだよ! そっちはダメなの!」
小さな女の子の悲鳴のような叫びが聞こえる。大人たちが低い声でたしなめるざわめきも感じられる。この状況でもまだ祈り続ける神父は大したものだ。
目を閉じていたが、聞こえた声はシェイラのものだ。村に住む八歳の女の子。何度か一緒にキノコ狩りに行った記憶がある。
(シェイラグッジョブ! どさくさに紛れて逃げる)
逃げちゃダメだが、心美改め生まれ変わったミラは、どうこの場を切り抜けるかで頭がいっぱいだった。
シェイラやれ、もっとやれと声援を送っていると、村人が息を吞むハッとした息遣いが聞こえた。
なにが起きた? まさかバレたか? だらだらと冷や汗を流していると、耳元でなにかが動く気配がした。
「ヒッ」
「……今、ミラが動かなかったか?」
「気のせいだろ。それよりも、祈りを続けろ。これは七日七番絶やしちゃならねえ神聖な儀式だ」
(マジで⁉ 七日七番このまま⁉)
ミラは絶望した。
そのとき、額になにかが乗った。ピクリと体が跳ねたが、今度は誰にも気づかれなかったようで一安心。
しかし、額に乗ったなにかは執拗におでこを攻めてくる。
(なんだよ。つか、誰だよ。わたしは今忙しいの! 死んだふりでね!)
何者かの攻撃はやむことなく続く。どんどんエスカレートして行き、終いにはぺちぺち音がし出した。
「うっく……! お、おい、あいつなんとかしろよ……! このままだとヤバいだろ」
「お、お前が行けよ。神父さまは祈り出したら止まらねえから、気づかねえってぶふっ!」
(間違いない。こいつら笑い堪えてやがる)
なにがおかしいのか、目を閉じていても苦し気な息遣いが伝わってくる。もしや悪戯でもされているのか? 壮大なドッキリか? 確かめる方法は一つしかない。
心美は意を決して目を開けた。無論、目の前にいる誰かに気づかれないようゆっくりと。
「にゃあ」
「……猫?」
目の前にいたのは黒猫だった。真黒な毛並みが艶やかに光を反射している。目は宝石のようなグリーンで吸い込まれそうなほどに透き通っている。猫は一心不乱にミラのおでこを肉球を使ってテシテシと叩いているのだ。おでこに恨みでもあるのだろうか。
「ああ、ダメ、ダメ! そんなことしないで、早く降りてきて!」
遠くからシェイラの悲痛な叫びが聞こえる。祭壇は神が降臨する神聖な場なので、村人は愚か神父でさえ迂闊には近づけない聖域なのだ。
こうなったら自分でなんとかするしかない。そろそろおでこが限界だ。
(ちょっと、そこの失礼な黒猫! わたしのおでこを攻めるんじゃない!)
「にゃあ? にゃあ!」
(きゅぅん。お、お前、ちょっとかわいいからって調子乗るなよ⁉)
ミラが小声で話しかけると、黒猫は目を大きく開いて驚いたようだ。なんだかいやに人間味に溢れる猫である。そしておでこを攻める攻める。
(だから、やめてってば! わたしは餌なんて持ってないの!)
言葉が通じたのか、黒猫はようやくネコパンチをやめた。
そして、ミラの頬をぺろりと一舐めしたかと思うと、悲し気な顔をして見せるのだ。
(にゃあ……)
(え? もしかして、先輩?)
黒猫は大きく頷いた……ように見えた。
なぜ黒猫が先輩だとわかったのかは、ミラにもわからない。
だが、頬を摺り寄せてくる黒猫からは、生前の先輩を思わせるなにかが伝わって来るのだ。
「せ、せんぴゃい……」
「にゃ~あ」
「せんぱ~い!」
「ぎにゃあ⁉」
ミラは感極まって黒猫を抱きしめた。その姿はシェイラを始めとした村人の多くに目撃され、洞窟内は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなってしまった。
そんな喧騒の中、クロイス神父だけが静かに祈りを捧げていた。
猫飼いたいです。




