第三十三話 宝珠
ドラゴンの過去話です。
かつて、ドラゴンは一人の少女に仕えていた。彼女はある雨の日、ドラゴンの下を訪れこう言ったのだ。
「大切な人を助けたいの。力を貸して」
「断る。我は人と馴れ合うつもりはない。もっとも、その身を我に差し出すと言うなら、考えてやってもいい」
人は臆病で自分勝手だ。
こう言えば、大抵の者は怖気づく。例え了承しても、ドラゴンの力を利用した後約束を反故にするか、逃げ出す者がほとんどだ。これまでにそうした経験を何度もしてきたドラゴンだったが、少女の言葉に耳を疑った。
「なんだ、そんなものでいいの?」
拍子抜け。
少女は驚き半分、呆れ半分といった顔で聞き返したのだ。
まあいい。こういう人間もいるのだろう。ドラゴンはさして興味も持たず、彼女の願いを叶えた後、命を貰う契約をして、重い腰を上げた。
さて、国を亡ぼすか魔物を薙ぎ払うか。一体なにをさせるつもりかと思えば、少女が指示したのは実に小さなことだった。
「人を運んで欲しいの」
「なんだそれは。この我と契約しておきながら、大願成就を望まぬか」
「いらないよ。わたしは、できる限り早く治癒師を連れて来たいだけだもの」
少女は山間にある小さな村の娘だった。そこでは今、子供を産もうと必死で頑張っている女がいる。
だが、出産は難航。このままでは母子ともに命を落とす。町から治癒師を呼びたいが、長雨のせいで街道が埋もれてしまった。人の手ではどうすることもできない。
そこで、言い伝えにあるドラゴンの助力を請う決意をしたのだ。
「その女は、貴様の母親か? それとも同胞か?」
「近所に住むお姉ちゃん。あの人だけは、わたしを除け者にしないで遊んでくれたんだ」
ドラゴンはそれ以上聞かず、少女の命に従った。あっという間に町へ飛ぶと、恐れ戦く治癒師を咥えて村へと戻ったのだ。女は助かり、元気な赤子を生んだ。
「それじゃあ、どうぞ」
「ならん」
その身を差し出そうとする娘に、ドラゴンは言った。
「なぜ? もしかして、わたしの命じゃ足らない? でも、他にあげられるものはないの。これで我慢して」
「そうではない。我の働きとそなたの命では釣り合いがとれぬ。今、そなたを食えば、我は永遠にただ飯ぐらいの誹りを受けるだろう。そんなことは断じて認められん」
「え、なに。世間体気にしてるの? ドラゴンのくせに」
少女は笑い、ならば気が済むまで付き合えばいいと言った。
「いつでもわたしを食べていいからね」――と。
少女はドラゴンをこき使った。道を塞いでいた土砂を取り除かせ、腰を痛めた老人の代わりに畑を耕させたこともあった。
「なぜ、我がこのようなことを……」
「せっかく働ける人がいるんだから、使わなきゃもったいないでしょ?」
「我は人ではない」
「でも、わたしの大切な友達だよ。だから、いつかわたしを食べてね?」
その後もドラゴンはつまらぬ仕事に駆り出された。どんなに命に従っても、一個の命とはとても釣り合いのとれぬ小さな雑事だ。このままでは永遠に少女の側を離れらることはできそうもない。
そう思っていた矢先、少女が死んだ。
流行り病だった。
少女も女も子供も村の人間は全員死んだ。
もう、自分を使役する者も、恐れ戦く者も、髭にぶら下がり背中で昼寝をする者もいなくなった。
ドラゴンは自由となった。
だが、心は未だ捕らわれている。自分はまだ、約束を果たしていない……。
かつてのねぐらに戻り、果たせなかった約束を思い返していたある日、また一人の人間がやって来た。
その者もまた、少女だった。
しかし、あの村娘とは違う。髪も肌も真っ白に染まった変な娘だった。
『あ、こんにちは。もしかして寝てました? 出直した方がいいですかね?』
なんと竜族の言葉を話したではないか。見た目だけでなく、中身も相当変な娘だ。
「……よい。我も退屈していたところだ」
「す、すごい! 人語が話せるんですね! 伝説のアークドラゴンってあなたのことですか? ほら、神話に出てくる〝絶対特異点〟と〝統合世界線〟の戦いで活躍したっていう」
「ふん。要件を言え」
「あう、つれないなあ。そんじゃ、取り急ぎ伝えますね。えーっと、ある人からの伝言です『食べさせてあげられなくてごめんね』だそうです」
「なんだと……まさか」
「これって多分、あなたが昔仕えていた竜使いの少女の言葉ですよね? 実は、彼女の魂とお話する機会がありまして。いろいろ手伝ってくれたお礼がしたいって言ったら、あなたに伝言を頼みたいって」
「お主は、一体……」
「あ、わたし? んふふ~。実はこう見えて、天使なんです! あ、これマジ話ですよ?」
なんとも軽い調子で言い、白い少女――天使は笑った。
天使は口にできる範囲のすべてを教えてくれた。
少女が約束を果たせず死んでしまい、未練が彼女の魂を地に縛り付けていたこと。
それを救ったのが、天使を自称する、目の前の少女であること。
「あの人、とっても悲しそうだった。あなたを一人にしてしまったって、ずっと悔んでいたよ」
「あの者は……我が主であり、唯一の友はどうなった」
「神さま紹介しておいたから、今頃新しい人生送ってるよ。だから、あなたもいつまでもくよくよしないで、元気出しなって!」
「……天使よ、頼みがある」
「なに?」
「我を殺し、人に生まれ変わらせて欲しい。それができるのは、あなただけだ」
「え、やだよ」
「なぜだ」
「人は人を殺したらいけないんだよ。そんなの子供でも知ってるよ」
「我は人ではない」
「いやいや、滅茶苦茶人間臭いから。中身はほとんど人だよ。でも、その体はちょっと大き過ぎるかな」
天使は一瞬、遠くを見る仕草をした。
ドラゴンの目には、彼女の中で魔力が働いている様が映し出されていた。なにか特別なことをしたのだと気づき、もしや神と対話したのではないかと思った。
後で聞いたところによると、それは間違いではなかった。
天使はフラーチャ――つまりは神の血族と――対話をしたのだと言った。
「――なるほど。ねえ、ドラゴンさん。あなた、どうしても人になりたい?」
「なりたい。あの娘と同じ道を、我は望む」
「そうそううまく行くとは限らないよ? 人って思い通り生きるのが一番難しいから。それに、多分人に生まれ変わっても、あの子と会うことは叶わない」
「それでも、我は――」
天使は了承し、背中に背負っていた短剣を抜いた。天使が呼びかけると、剣は見る見る氷に覆われ大剣へと姿を変えた。これならば、ドラゴンの強固な鱗も切り裂けよう。目を閉じ剣が振り下ろされるのを待っていると、突如轟音と共に大地が揺れた。
「あなたに試練と、その達成条件を伝えます。見事クリアできれば、あなたは晴れて人間へと生まれ変わるでしょう」
目を開けると、そこにあったのは巨大な穴だった。なんと剣の一振りで、天使はこれだけのことをして見せたのだ。
「正に神の御業か……」
「そんな大層なもんじゃないですけどね」
天使は肩を竦め、なにもない空間から人形を取り出した。それはどうやら天使を象った模造品らしい。
髪色も肌もやはり白い。顔は若干違っているが、よく似ている。
命はないが、外見は人そのものである。
「それは?」
「これは・・・・・うーん、言いにくいんだけど、実はある人の遺体なんです。神さまへのお供え物として放置されてたんですけど、そのままにしておくと強い魔物を引き寄せてしまうので、わたしが引き取りました。せっかくだから、リサイクルさせてもらいましょう」
天使はそう言って人形――正確には死体――に手を合わせると、魔法の氷で固めてしまった。
「あなたは、この子の体に転生することになります」
天使が言う試練とは、次のようなものだった。
まず、ドラゴンは天使が開けた穴の底で生活する。そこで行うのが転生の儀だ。天使が作った氷の中に絶え間なく魔力を注ぎ続けるというものだ。
つまり、ドラゴンをこの地に縛り付ける。恐らく、それが本来の目的なのだろう。
「簡単に思うかもしれませんが、そうは問屋が卸しませんからね! あなたは、この玉の中を、魔力の水で一杯にしなければなりません。魔法で水を作るんじゃありませんよ? 純粋な魔力のみを凝縮して圧縮して、超高密度な液体に精製するのです。恐らく、あなたの魔力量をもってしても、玉を満たすのに数百年から数千年かかるでしょう。あなたはその間、片時も休むことなく水を注がねばならない。恐ろしく退屈で根気のいる作業です。それでもあなたはやりますか?」
「無論だ」
ドラゴンは了承し、玉をそっと咥えると穴の中へと降り立った。
そのままではドラゴンが発する魔力で周辺に魔物が溢れてしまうので、行動を阻害しない程度に封印の魔法陣を施した。
「魔力の水は、あなたとその子の体を繋ぐ媒介です。水が一杯になった時、あなたの魂はその子の体へと、徐々に溶け込んでいく。なので、水を満たしてからが本番と思ってください。人として目覚めるまで、油断しちゃいけませんよ?」
「わかった。感謝する。これは礼だ。持って行くがよい」
ドラゴンは自身の至宝である宝珠を差し出した。
「いいんですか? これって、すごく大切なものでしょう?」
「よい。それは我にはもう必要のないものだ。真に大切なものは目に見えぬ。それを、あの娘から教えられた」
「うぅ、なんていい話……! では、そろそろ行きますね。上の穴は塞いでおきますんで、邪魔は入らないと思います。それと、一〇〇年くらいしたらここにダンジョンができると思いますが、あなたのところにはわたしか、余程のおマヌケしか来られないよう仕掛けを施します。一応、わたしも見に来ますが、もしかしたら、あなたのところまで冒険者が来るかもしれない。その人を、できるだけ殺さないでください」
「努力しよう。我も、人は殺したくない」
「それと、わたしと会うのもこれが最後です。あなたは有名になり過ぎているから、きっと利用しようとする者がいるはず。それは、わたしも同じ。だから、次にわたしが現れたら、敵だと思ってください。その場合は攻撃OK。コテンパンにやっちゃってください!」
(やはり、我の封印が目的だったか)
「よいのか? あなたを殺すやも知れぬが」
「構いません。多分、わたしがあなたを訪れるのは、余程切羽詰まった時ですから。あなたとの約束も反故にするかもしれない。その覚悟でわたしたちは再会する。それからの行動は、お互いそのときが来たら決めましょう」
約束の反故。すなわち、転生がなくなるということだ。それはなんとしてでも避けなくてはならぬ。
ドラゴンは目の前の天使を殺す覚悟を決めた。
「では、お元気で。人として生まれ変わったら、お友達になりましょう」
そう言い残し、穴に蓋をすると天使は去って行った。
以来数百年。ドラゴンは玉に魔力を注ぎ続けた。それは想像を絶する苦行だった。ドラゴンの魔力量をもってしても、一年かけて数粒の水滴を作り出せるかどうか。
天使の虚言ではと思ったことも何度もある。だが、諦めることはしなかった。玉の中で眠る少女を見ていると、不思議と苦痛を忘れることができた。
来る日も来る日も魔力を注ぎ、やっと半分近くまで水を満たすことができた。
そんなとき、天使は再び現れた。
ドラゴンは混乱した。殺すと決めていたのに、すぐには体が動かなかった。約束を反故にされたというのに、それ以上に悲しみが勝ったのだ。
――また、友を失う。
ドラゴンは激高した。そうすることでしか己を保つ術がなかった。
だが、結果は惨敗。渾身のブレスをもってしても、天使を倒すことはできなかった。体中の骨を砕かれ、地に伏し死を待つ身になりながらも、ドラゴンの心は穏やかだった。人に見下ろされるなど、本来のドラゴンの性格を考えれば耐えられぬことだが、彼はこう思ったのだ。
(やっと、あなたに会える)
短い間だが主従の契りを交わし、あっさりと死んでしまった少女。この身を捨て、苦行に耐えてまで再会を望んだ彼女に、ようやく会える。そう思えば、死すら彼にとっては幸福だった。
だが、獣使いの娘がそれを阻んだ。灰すら残さぬ攻撃を受けながらも生き延び、さらには傷ついたドラゴンを癒し言ったのだ。
「まだ、話ができてないからね」
それを聞いたドラゴンの胸中は「やはり」だった。
「やはり、人には敵わぬ」
ドラゴンは首を垂れ、身命を賭しての忠誠を誓った。
次回、説教!




