第三十二話 支配者の誕生
物語も佳境です。
「先輩?」
見れば、髭を焦がしたセンパイがいた。
「無理するな」
「!」
幻聴だったかもしれない。
だが、ミラは確かに聞いたのだ。遅くまで会社に残った夜、ポンと肩を叩いて差し入れをくれたあの時と同じ、先輩の声を。
「にゃあ」
鳴き声で我に返ると、そこにはいつも通りのセンパイがいた。
センパイはミラの頬に顔をこすりつけると、ひょいと背後を振り返った。
「セラさん!」
そこにはほぼ無傷のセラがいた。壁にめり込んでいるが、出血している様子もない。
ミラは〝力〟の使用を中断すると彼女の側へと駆け寄った。
胸が上下している。脈もある。間違いなく生きている。
「よかった、本当によかった……!」
「よう、ミラ。間に合ったか」
苦し気だが、意識もある。
「なにが? それより、どうして、どうやって……」
「リンリンの鱗と、黒の魔石のおかげだよ」
白竜の鱗。
並外れた魔法耐性と、魔力の増幅効果を持つ。
さらに黒の魔石による魔法効果増幅の重ね掛け。
「これ、マジですげえな。あたし程度の障壁でも、アークドラゴンのブレスに耐えちまった。魔力をほとんど持ってかれた上に、一回こっきりの使い捨てだけどな」
そう言って開いて見せた手のひらには、真っ白な灰となった鱗の残骸があった。
「よかった……回復」
セラに回復を施すと表情が和らいだ。
だが、魔力をほぼ使い切ったらしく、足元が覚束ない。ミラは肩を貸してやった。
「すまねえ。ちょっとそのままにしててな」
「? うん」
「せーのっ」
ガコッ。
顔面を殴られた。ミラは尻もちをつき、殴ったセラも後ろにぶっ倒れた。
「なんで?」
「なんでじゃねえよ。なにやってんだよ、お前」
「なにって、セラさんを助けようと……」
「いいや、違うね。お前さんがやろうとしていたのは、ただの憂さ晴らしさ。人を生き返らせることなんざできやしない。それを信じたくないお前は、ドラゴンを殺して気を晴らそうとしたんだ」
「そんな、違うよ! わたし、わたしには――」
「黙りな。別に復讐が悪いって言ってるんじゃない。それをしようとしてくれたのは嬉しいよ。あたしも、仲間がやられたら、やった相手をぶっ殺すだろうしな。でも、だからってドラゴン相手にするのは間違ってる。ドラゴンってのは、災害であり、恩恵だ。そんな存在に殺されたからって、それを恨むのは間違ってる。なぜなら、奴らにあたしらは生かされてるからな」
「それは違うよ! だって、あのドラゴンは言葉がしゃべれて話ができる!」
「同じさ。あいつのおかげであたしも孤児院のガキも、町の奴らも生きて来られた。あたしの命一つで恩が返せて怒りが鎮まるなら、安いもんさ」
「……わからない、わからないよ。わたしは、そんな風に考えることはできない」
「ああ、理解して貰えるとは思ってない。して欲しいとも思わない。だから、これはあたしからのお願いだ。我儘を聞いてくれ」
「なに?」
「ドラゴンを殺すな。殺すなら、あたしを先に殺してからにしろ」
「……無茶苦茶だ。そんなの、できるわけがない」
「なら、ここはあたしに任せて貰うよ」
セラはふらふらと立ち上がると、黒の魔石を取り出した。
大天使の瞳と呼ばれるそれは、他の魔石と違い、属性を持たない。
ありとあらゆる属性を内包し、それ故に黒く染まった万能の石。
セラは覚束ない足取りで横たわるドラゴンへと近寄って行く。
「悪かったね、酷いことして。できればこれで許して欲しい――回復」
黒の魔石により増幅された回復が、魔法耐性を無視してドラゴンの全身を癒していく。その規模・威力共に桁外れだ。文献でしか見たことのない〝グレーター・ヒール〟である。
「……なぜ、助けた」
怪我が完治したドラゴンは、開口一番そう訊ねた。
セラは少し考え、こう言った。
「まだ、話ができてないからね」
ドラゴンはなにも言わず、深く頭を下げた。それは気高きドラゴンが真に忠誠を誓うときのみ見せる敬礼だった。
この日、〝竜の(ゴン)支配者〟セラフィム・ストレンジが誕生した。
次回から、終章です。




