第三十一話 努力が報われる能力
ミラの努力は、必ず報われます。
「許さぬ、許さぬぞ! 白き天使よ、氷の剣を抜くがよい! 我の猛き炎はその刃を砕くであろう!」
「セラ……さん?」
ドラゴンの咆哮が響く中、ミラは懸命にセラを探した。
だが、心のどこかで理解している自分がいた。
岩を溶かし、半径百数十メートルに渡って破壊をもたらしてなお、この国の誇る最高の結界師と同等の結界を吹き飛ばした。
そんなものを至近距離で食らって、無事なはずが――
「ダメ、ダメぇ!」
ミラは取り乱し、頭を抱えて蹲った。
ついさっきまで、あの人は目の前で笑っていた。いつもの豪快で武骨でガサツな笑顔を、確かに向けていたのだ。
なのに、それが今は見えない……。
(オルテくんや孤児院の子供たちや先生はどうなる。どう思う。どう説明する)
「できない、わたしにはできないよ……」
ミラはガタガタと震えた。最悪の未来を思い描き、ドラゴンと同等の恐怖となって心を蝕んで行く。
(こんなこと、あっていいはずがない)
あまりに唐突。あまりに理不尽。転生に際し呪った世界の真理を、ミラは再び知った。
……わかっていたことだ。
世界はこう(・・)なのだ。
いつも転機は唐突に訪れ、積み上げたすべてを無に帰してしまうのだ。
それを許さぬために、ミラは転生した。
――ならば、すべてを否定し覆す方法を模索する。
「……努力」
神から授かった能力を、今こそ全力で行使する。
「わたしは努力する。セラさんが助かるよう努力する。結果を変えるよう努力する。すべてを〝なかったこと〟に――」
〝努力が報われる能力〟
始めは成長チートだと思っていた。努力して行動すれば、自身の確かな成長を感じられると。
だが、それだけでは説明がつかない事柄が多すぎる。
急速に視力が上がったように――
すべてを完全に記憶できたように――
明らかに達成不可能な目標を超えられたように――
ありとあらゆる〝努力〟は報われる。
それが例え、世界の理に反していても、それがミラの〝努力〟である限り、絶対に叶えられる。
それは神の名の下に約束された不文律。
(だから、きっとできるはず。神の力は絶対ではあるが、完全ではない。〝時を巻き戻す〟ことはできなくとも、〝時を巻き戻す結果を得る〟ことが、この能力ならできる。代償は……なんでもいい。全部持ってけ)
努力が報われるためには強い思いと、相応の代償が必要になる。
時さえ操りたいと願った代償がいかなるものになるか、想像もできない。
だが、この能力なら。
神が与え、世界すら変え得るこの能力ならば、できぬことはないはず。
ミラは本気で――死ぬ気で――努力した。
図書館一つ分の知識から魔法理論を検索。一〇〇の魔導書から秘法則を模索。異常代謝で生命維持に支障が発生。
(まだ)
エネルギー不足を補うため、自身の体を再構築。魔力精製機構を変質。既存の魔法則での現実世界への遡及効の実現は不可能。
(まだ行ける!)
目標とする新魔法則――構築失敗。
(まだ……!)
ブツン。
ミラの体の中でなにかが切れた。
人の力を超えた願いがもたらすのは破滅。
ミラの願いは、この世界の法則では実現不可能だった。
だが、彼女の努力がそれを許さない。現実を直視することを認めない。
究極の我儘、傲慢。ミラは自身の体が崩れ行くのを感じた。
「……それでも、わたしは」
いくら努力しても、できることとできないことがある。
だが、ミラの能力は神の権能を集約した上に成り立っている。
優先されるべきは、世界の理よりも、彼女の能力。
(できないならば、できるようにするまで)
なぜなら、努力が報われない世界など、間違っているのだから――
世に蔓延る物理・魔法・裏法則。すべてがただ一人の願いを叶えるために変化する。
正にチート。神の力を使った横暴だった。
――結果、彼女の努力は世界を歪めることで報われた。
ミラの体を光の粒子が取り囲んだ。それは先のドラゴン同様、彼女の魔力が大気中の魔素に働きかけた結果であった。
ただし、イオンなどの既存の物質に働きかけたのではない。
ミラの思いを受け取り、それを叶えるために能力が作り出した物質だ。
今、世界に新たな元素が誕生した。
それはかつてある(・・)と考えられたが、時代が進むにつれ、絵空事として忘れ去られた『第五元素』。
「天使よ、最後に答えられよ。なぜ、約束を破棄した。なぜ、あなたは再び我の前に現れたのか」
「――黙れ」
光が疾走し、ドラゴンの周囲を金色のオーロラが取り巻いた。
次の瞬間、ドラゴンの体が強烈に捻じれた。あらゆる骨が軋み、鱗同士がぶつかって火花が散った。
「天使……!」
苦し気に呻いてなお、ドラゴンは反撃に転じた。巨大な火球が放たれ、真っ直ぐミラへと疾走する。
ミラはそれを、新たに作り出した光球で迎え撃った。
魔滅の炎と既存とは異なる魔法則がぶつかり合う。
結果は、引き分け。どちらも消え去り、双方無傷だ。
「わたしは天使じゃない。お前を殺す悪魔だ。覚えておけよ、愚かな竜。お前を殺すのは、このわたしだ」
捻じれがさらに大きくなる。堪らずドラゴンが咆哮する。火炎が混じった叫びはすぐに途切れ、口から血の泡を吹いた。ミラが生み出した新たな元素が、魔法を超えた〝力〟でドラゴンを締め上げる。
伝説のアークドラゴンはその力にさえ、ある程度の耐性を発揮した。
――しかし、勝敗は明らか。ミラはドラゴンを殺すだろう。魔法耐性など、長く苦しむだけの拷問器具でしかない。
「お前がいると、時を戻せない。殺し、灰にしてやる。そして、わたしはセラさんを取り戻す」
ドラゴンは答えない。既に虫の息なのだ。このまま首を捩じ切り解体する。
呻き声が聞こえた。それはドラゴンの首から聞こえたが、その実骨が軋む音でしかなかった。このまま一気に捩じ折り目的を果たしてやる。
光の粒子がさらなる輝きを発しようとしたその時、ポンと、肩を叩かれた。
努力して得た結果が、必ずしも正しいとは限りません。




