第二話 神さまとの対面②
先輩と心美の過去が、少しだけ明かされます。
女だからという理由もあるだろう。誰よりも頑張る彼女は、同僚からの反感を買った。
美人なのに独り身なのを笑われて、いやらしい上司と寝たと噂を流された。夜のご奉仕があるから出世が早いのだと。
ふざけるな。
あの人は身も心も仕事に捧げていた。誘ったのはあのスケベな部長の方だ。
先輩は泣いて帰って夜も眠れず酷い顔で出社してきたこともあった。あの脂ぎったデブがどんな言葉を用いて先輩を誘ったのかは知らない。
だが、決して言いなりにはならなかった。
あの人にはプライドがあった。自分を裏切るようなことは、絶対にしない。
「なんで助けてくれなかったの! あの人は、わたしとは違う。生きていれば、きっと世の中の役に立つすごい人だった。なのに、なのに……」
「――神さまは、絶対であっても完全じゃない」
顔を上げると、白抜きの神さまはまっすぐ心美を見つめていた。
「確かに彼女は自ら命を絶った。原因が会社での人間関係にあるのも知っている。僕は神だ。幾億通りもの可能性を模索することができる。その力を使えば、彼女を助けることはできたかもしれない」
「なら!」
「だが、彼女は助からなかった。言っただろう? 僕の力は完全じゃない。彼女の死に繋がる事象を潰すことはできる。だが、人の心までは操れないんだ。彼女は多くの人に疎まれ、自ら死を選んだ。その負の感情を取り除くことはできなかった」
「でも、他になにか手が――」
「……そう。他に手がないことはなかった。彼女を転勤させたりとかね。でも、それはわざわざ神さまが手を下すだけのことかな? 転勤なんて、自ら望んでやってやれないことじゃない。転課も、転職も、選択肢はたくさんあった。セクハラを受けていた事実も彼女を後押しするだろう。それを選ばなかったのは彼女であり、提案しなかったのは君だ」
その通りだ。
自分はいつも見ているだけ。
時折、慰めたり怒ったり、無意味で無責任な言葉しか、先輩に与えなかった。
「彼女と君が変わろうとしない限り、彼女の死は避けられなかった」
「……わたしは、先輩を見殺しにした」
「その通りだ」
無慈悲な神さまは、なんの感情もない声でそう言った。
なんて薄情で、なんて重厚な言葉だろう。初めて目の前の白い人が神さまに見えた。
「わたしに、なんの用なの。こんな無価値な女にわざわざ会いに来たってことは、なにか理由があるのでしょう?」
「うん。君は死ぬ直前まで取るに足らない無価値な人生を送って来た。でも、最後の最後で一人の人間と、間接的に人類を救った。そのご褒美に、新たな人生をプレゼントしましょう!」
「……は?」
「うんうん。混乱するのも無理はないよね。順を追って説明しよう。まず、君が救った人だけど、君の先輩と同じく悩みを抱えるOLだ。彼女には自殺願望があり、ある日とうとう会社をサボって死ぬことにした。ネット掲示板で助力を求め、そこに君がコメントを書き込んだ。結果、彼女はオンラインゲームにはまり、引きこもりになる。それは半年間続き、業を煮やした彼女の兄が部屋に乗り込みパソコンを破壊する。彼女は暴れ、その際偶然にも首吊り用の縄と大量の睡眠薬が発見される。彼女の自殺は防がれ、妹の死を嘆き悲しみ廃人になる予定だった兄は、妹を支えるために頑張り続け、人類の発展に繋がるある成果を残す――と、こういうわけだ」
「そんなバカな」
「適当だと思うかい? あんなネット上の書き込みがそんな影響を及ぼすわけがないって? そう思うのも無理はない。しかし言ったろう? 僕は人の心は操れない。彼らを救ったのは君だ。人の心はほんの些細なことに影響を受け、その後の人生に多大な変化が起きる。世界はそうして回っているのさ。神さまが言うんだから間違いないよ」
「それはいいけど……いや、まだよくわかんないけど、結局あなたはわたしをどうしたいの? 新しい人生ってなに?」
「神さまからのお礼さ。人類を救ってくれてありがとう。君が望むなら、別の世界で新しい人生を送ることができるってわけ。ちょうど空きができたんだ。ラッキーだね! しかも! 神さまからのプレゼント付きと来てる!」
「別の世界で? 新しい人生? それって転生ってこと? ゲームや漫画でよくある、ファンタジックな魔法とか使えるあれ?」
「それそれ。プレゼントは希望するものを言ってくれればこっちで調整するから、自由に決めてくれて構わないよ。サポート体制には定評があるんだ」
そんなことを急に言われても困る。それに、聞きたいことはまだあるのだ。
「その前に教えて。先輩は……先輩の魂はどうなったの?」
「悪いが答えられない。個人情報だからね。でも、自殺した人の魂が人に生まれ変わることはない。クリーニングして、下等な生物に再利用される」
「でも、生まれ変われるんだ」
「記憶は初期化されるけどね。どうする? 転生、する? 結構評判いいからおすすめなんだけど。しないなら天国的なところで平穏無事、無味乾燥に過ごすことになるけど?」
心美は一度目を閉じて、先輩の顔を思い浮かべた。
厳しくも優しく、いつもフォローしてくれたあの人。
「精一杯やりな」
それがあの人の口癖。ならば――
「うん。転生する」
「そうこなくっちゃ! じゃ、転生特典を選んでね。すごい武器でも飛びぬけた才能でも、有り余る財でもなんでもいいよ」
(なんでも。なんでもか)
本物の神さまが言うのだから、本当にどんな願いでも叶えてくれるに違いない。
「なら、努力が報われる能力って、できる?」
誰よりも努力した先輩が報われない世界なんて間違ってる。
そんな世界はクソゲーだ。
だから、自分が証明して見せる。無駄な努力なんてない。真に無意味なのはなにもしないことだ。かつての自分がそうだったように……。
誰よりも努力して、見合う成果を手に入れて、結果幸せだったと言って見せる。それが佐藤心美の願いだ。
「努力が報われる能力? なるほど。さすが、あの人が信頼を寄せる人物だね……いいでしょう。君に授けるのは、努力が報われる能力だ」
「あの人……って、まさか」
そのとき、心美の体がさらさらと光の粒子となって消え始めた。
「魂の転送が始まったのさ。すぐに向こうにつく」
「待って! 先輩は――」
「最後に、ある人からの伝言だ」
「待って!」
『いつもの言葉は言わないよ。心美はもう十分頑張ったからね。だから、今度は精一杯楽しみな。会えてよかったよ、ありがとう』
心美の姿は消え去った。意識もぷつりと途切れ、すぐに新しい体に転送される。
心美は消える寸前、神さまの気になる言葉を聞いた。
「向こうでサプライズもあるからね。お楽しみに♪」
軽薄な物言いに、なんだそりゃと思った。
まあ、神さまなんてこんなものなのかもしれない。心美は社会に出てから初めて、心から笑った気がした。
次話から異世界です。