第二十八話 隠し通路
ダンジョンって響きだけでわくわくします。
電気のないこの世界では、一日は夜明けとともに始まる。
魔石を応用した照明技術はあるが、夜も煌々と明かりを灯し続けるのは王都くらいのものだ。それだって篝火と併用して魔石の使用を節約している。
貧しい孤児院でおいそれと使えるほど安くはないのだ。
前日早く眠りについたため、空が白み始める頃に目を覚ますことができた。
へとへとだった体もすっかり回復し、ダンジョン内でセラの足を引っ張ることもないだろう。
そのセラだが、すぐ側で子供たちにもみくちゃにされて寝ていた。寝巻が乱れに乱れているが、男性が見たらエロさより失望を禁じ得ないだろうとミラは思った。
「おはよう。早いね」
台所に行くと、オルテが笑顔で迎えてくれた。
目の下にクマがある。無理もない、孤児院の寝床は大部屋しかなく、そこに、先生以外の全員で雑魚寝するのだ。
きっと、セラの無防備な姿を意識して眠れなかったに違いない。
(その純粋な心を忘れないで)
「おはよう。オルテくん、朝食作ってるの? 先生は?」
「まだ寝てるよ。僕が来ているときは、寝坊して貰うことにしてるんだ。普段は朝から晩まで子供たちの世話で大変だからね。たまにはゆっくりしてもらおうと思って」
(なんて立派な子! 五年後が楽しみ!)
会話を挟みながら手伝いをしていると、子供たちと先生が起きて来た。
「あら、ごめんなさいね。ミラちゃんにまで手伝って貰っちゃって」
そう言って子供たちを食卓に向かわせているのが、孤児院を切り盛りしている先生だ。四〇代後半の年齢で、厳しくも優しい性格で子供たちに慕われている。
朝食ができ上がる頃にセラも起きて来た。
朝は弱いらしく、誰よりもだらしない恰好をしている。先生に叱られ、顔を洗うよう言われていた。
賑やかな朝食を終えると、セラとミラは早速出ることにした。ダンジョンは人気の稼ぎ場なので、人の少ない朝から潜ることに決めていた。隠し通路はまだ秘密なので、誰の目にも触れないようにせねばならない。
リンリンはお留守番である。
ダンジョン内はそれなりの広さがあるが、リンリンが飛べるほどではない。
センパイを肩に乗せ、みんなにお別れを言っていよいよ出ようというとき、オルテに声をかけられた。
「はいこれ、お弁当」
「オルテくんが作ってくれたの?」
「うん。二人は今日、ダンジョンに行くんでしょ? 中ではまともな料理なんてできないだろうからね。せめてこれを食べて、元気に頑張って欲しいんだ」
「オルテくん、結婚しよう」
「あはは。将来ミラちゃんにいい人がいなかったら、申し込ませてもらうよ」
「やった! それまでにセラさんなんとかしておくね! この人と親戚付き合いとかマジ勘弁だから」
「オウコラ、ケンカ売ってんのかミラコラ」
オルテのお弁当を大事に亜空間ポケットに収納し、子供たちに見送られながら出発した。
ダンジョンと言えば、どこか人気のない森の中や洞窟をイメージしていたが、メイルスラミスのダンジョン、通称〝メイルダンジョン〟は町の中に入口があった。
元は森に近かったこの場所を切り開いて町を作ったのだから当然ではあるが、そこに早くも行列ができているのを見て、少しがっかりした。なんだかテーマパーク染みていて、夢を壊された気分になったのだ。
「仕方ないだろ。ダンジョンは町のシンボルで一番の収入源だ。入るのに金もとるから、自然とこうなる。ダンジョンに並ぶのはこの町のことだけじゃねえよ」
「入園料やん……ちなみにいくら?」
「一人二〇〇〇ラール」
一ラール一円に換算できるので、二〇〇〇円だ。一日バイトすれば五〇〇〇ラールは稼げるので良心的ではあるが、庶民や冒険者にとっては決して安くない。それでも人が集まるのは、ダンジョンで得られるリターンが大きいことの現れだ。
「わたし、お金あまりない」
「心配すんな、今回はあたしが払う。それに、冒険者ギルドに登録した冒険者とその同伴者二人までなら半額で入れる。あたしは登録してるから、二人で二〇〇〇ラールで済むってわけだ。本当なら国の兵士は同伴者も含めて無料で入れるんだが、今回は記録を残したくないから大人しく金払うのが利口だ。そんでもって、一度ダンジョンを出ても、冒険者は一〇日以内なら無料で何度でも潜れる。同伴者はまた一〇〇〇ラール取られるけどな」
「冒険者って優遇されてるんですね。わたしもギルドに加入しようと思ってるんです」
「冒険者に限らず、ギルドは国境を越えた組織だからな。支部を置いた町は自然と栄えるんだ。ダンジョンに安く潜れるのも、ギルド支部を誘致するときに出た条件らしい」
「町は潤い冒険者には夢と実益を与え、彼らが功績を残せばギルドの名も上がる。いい仕組みですね」
「ああ、あたしらはダンジョンに生かされてる」
セラは呟き、穏やかな表情で冒険者たちを見つめた。
今まさにダンジョンへ乗り込もうとしている彼らは自信満々で笑っていた。
(本当によくできたシステム。冒険者のモチベーションも維持できるし、集客力も抜群だ)
だからこそ、腑に落ちない。
こんなにも人に都合の良い天然施設があっていいものだろうか。
あるいは、神さまがそう作ったと考える方が自然か。
(考えても仕方ない。今はドラゴンのことだけに集中しないと)
入り口には料金所が建てられており、セラが冒険者カードを提示すると二〇〇〇ラールを請求して来た。思いっきり金を出し渋るセラの背中を引っぱたき、ミラはダンジョンへと足を踏み入れた。
見た目は人の手で掘られた洞窟だ。通路は四角に削り出され、舗装はされていないが歩くのに苦労しない。奥に進むにつれ分かれ道が多くなったが、二〇階層までは踏破されているので、先人の残したマップを頼りに進んでいく。まったく新しいダンジョンなら罠や魔物の出現ポイントに注意しながらマッピングするが、その手間がないのは楽でいい。
「その分、お宝は期待できないけどな。ほとんど掘りつくされて、あるのは空箱だけだ。しばらくすればまたお宝が出現するが、こうひっきりなしに冒険者が潜ってると、それも期待できないな」
セラは足元に転がっていた宝箱を蹴飛ばした。
「なら、冒険者たちはなにを目当てにやって来るの?」
「未踏破の階層にはわんさかお宝が眠ってるはずだから、それだな。後は魔物が落とす魔道素材か魔石だ。ダンジョン内で死んだ生物はダンジョンに食われるんだ。死体が壁や床にずぶずぶ沈んで行くのは結構気味が悪いよ。もう慣れたけどな。そんで、食い終わった後にはなぜか魔道素材と魔石は残るんだ。メイルダンジョンは高品質なものがドロップするってんで、評判がいい」
「つまり、ダンジョンの食べ残し? 好き嫌いがあるのかな?」
「そうかもしれないが、あたしの考えは違う。ダンジョン(こいつ)は食いたくても食えないんだと思ってる。ダンジョンは魔力を糧に動き、その副産物として魔物を生み出す。これは魔力を消費してるってことだ。魔力を溜め過ぎたダンジョンは崩壊するから、そうして適度に使ってるんだろう。魔石は魔力の塊だから、それまで吸収しちまったら食べ過ぎちまうってわけだ」
何事も食べ過ぎはよくないというわけだ。
人間だって、生きるのに必要なはずの塩分を多く採り過ぎると、高血圧で循環器疾患などに陥る。ダンジョンにとってはそれが魔力にあたるのだろう。
「へー。ここにはドラゴンがいるからわかるけど、他のダンジョンでは、そんなにも多くの魔力をどうやって得ているの?」
「世界に満ちた魔素だ。それと、たまに迷い込んでくる生物の魔力をそっくりいただいてるって聞いたことがある。その場合も魔石は残るらしいから、どういう仕組みなのかはあたしにもわからない」
「魔素……確か魔力の源ですよね。つまり、魔素の濃い土地にダンジョンは生まれる。これは魔物も同じだから、ダンジョンもまた、巨大な魔物かもしれないんだ」
「そうだ。今度レイミーに訊いてみるといいよ。あいつはダンジョンに詳しいからな。ダンジョン内では結界を張るのが難しいからね。その対策のために、いろいろ調べてるよ」
「そうですね……って、なに普通に戻ることになってるんですか。わたしは逃げますよ」
「チッ。気づかれたか」
道中魔物を倒しながら、あっという間に五階層まで降りて来た。
どの階層のマップにも、中央に円形の空白があった。どうやら柱が一本、全階層を貫いているらしい。
「魔物、結構弱いね。わたしが生まれた村にたまに出るのと同じくらいだよ」
ミラは串刺しにしたゴブリンが床に沈むのを眺めながら言った。
最初こそ生物を殺すことに抵抗があったが、向こうは待ってはくれない上にいくらでも出てくるので、すぐに慣れてしまった。今ではおしゃべりしながら魔物を殺せるようになっていた。
「五階層までは駆け出し冒険者でも楽に進めるよ。そこから先に出てくる魔物は強くなって、種類も数も増える。力だけじゃなく、知識と経験が必要になるんだ。修行には持ってこいだな」
「なら、その次は一一階層でレベルアップ?」
「その通り」
(五階刻み、ね……)
神さまの過保護が過ぎるのか、はたまた単に面倒だったか、あるいは偶然か。
ダンジョンは人の侵入を阻むくせに、この上なく人に都合よくできている。
適当に魔物を倒しながら、二人は一九階層まで来ていた。
出現する魔物は強くなってきたが、まだなんとか倒せている。現役の武装魔導士とそれに匹敵する力を持つ二人組は、先に潜っていた冒険者をごぼう抜きしてここまでたどり着いた。
このまま二〇階層まで降りるかと思いきや、セラは下へと続くルートを外れ、横道へと入った。いよいよ隠し通路へと向かうのだ。
「この先に部屋がある。そこだ」
到着したのはかなり広い空間だった。
体育館がすっぽり入るだろうそこには、一見するとなにもないように見えた。
だが、セラについて行くと、部屋の中央に工具箱ほどの大きさの宝箱が置かれていた。
「うわー。なんてもったいない部屋の使い方。しかもこれ、明らかに罠じゃん」
「ご名答。こんなのに引っかかるのは、余程のマヌケかおバカさんだけさ」
セラが石を拾って箱にぶつけた。蓋が開き、コテンと倒れる。
途端に床から巨大な口が出て来て箱ごと石を飲み込んでしまったではないか。しばらくシャクシャク咀嚼すると、ぺいっと箱だけ吐き出し、部屋は元の静けさを取り戻した。
「うおお……罠は単純なのに、何気にエグイ!」
「これを最初に見つけた奴も、当然罠に気づいた。他には何もないと思って、単に罠とマッピングして先に進んだだろうね。でも、こここそが、隠し通路へと続く入り口だった」
セラは一度部屋を出る必要があると言って、元来た道を戻り始めた。そして部屋を出てしばらく待つと、再び箱の前へ。すると、セラは躊躇うことなく箱へと手を伸ばした。
「セラさん危ないよ!」
「お前も早く来な」
「……隠し通路って、まさか」
「コイツ(・・・)の中だ」
(やっぱりね)
「無理。わたし帰る」
「心配すんな。あたしは一度試して戻って来たんだ。平気だって」
「いや、でもキモイよ」
「我儘じゃねえか。我慢しな」
結局ミラも宝箱へと歩み寄った。逃げられないようにしっかり肩を押さえられている。
「こいつには手順がある。まずは、箱を持ち上げ、蓋を開き、力一杯床に叩きつけて壊す。魔法やハンマーではダメだ。きちんと床に叩きつけて壊す必要がある。しかも、結構頑丈だから大変だ。一度失敗すると食われる。うまく逃げても、また部屋の外に出てやり直しだ。もちろん、罠を見破るために箱に手を触れずに開けちまってもダメ。でもそれだけだ」
「なんて単純かつ頭の悪い行動ですか! これ発見したの誰です⁉ 顔が見てみたい!」
どう考えても本気で宝の発見を喜んだ人が、スカを引いたはらいせに八つ当たりしての行動だ。無警戒に箱に手を出す頭も相当なものだが、その後もまた酷い。
「一応冒険者だよ……一応な。お前さんが考えてる通り、バカでマヌケで短気な上に繊細な奴だ」
「おおう、なんて面倒臭そうな人……よく今まで生きて来られましたね。この罠だって、一歩間違えば食べられてるのに」
「運だけはいいんだよ、そいつ。むしろ運だけで生きてるような奴だからな」
(その人のことがマジで気になる。今度紹介して貰って、ロシアンルーレットで面白リアクションを楽しみたい)
「じゃあ、あたしが箱を壊すから、離れるんじゃないよ。どうも箱を壊す人間が一人か、二人以上の場合は壊す奴の体のどこかに触れていなきゃ発動しない仕掛けらしいんだ。長いこと誰にも気づかれなかったのはそのせいだ」
「へー。そういえば、壊した箱はどうなるんです? セラさんは前に一度来たんですよね? そのとき壊したなら、この箱は誰が直したんです?」
「これは魔法で復元するように作られてる。かなり強い衝撃を加えると自壊して、部屋に人がいなくなると、ダンジョンの魔力を使って元に戻る」
「もし、箱を持ち去ろうとしたら?」
「食われる」
「やっぱりエグイなあ」
「だな。これを作った奴は、相当性格が悪いよ。そろそろ行くよ。背中に抱きつきな」
ミラが言われた通りセラの背後から腰に手を回すと、彼女は箱を両手で頭上まで掲げ、大きく振りかぶって床へと叩きつけた。
パッカン!
思いの外軽い音と共に箱がバラバラになった。パーツ自体に損傷はない。ただ分解しただけだ。
食われはしなかった。
その代り、なにも起きない。
「セラさん?」
「黙りな。舌を噛むよ」
どういうこと? 口を開きかけると同時、忠告の意味を理解した。
なんと足元の床が抜けたのだ。落とし穴である。
「いやあああぁぁ……」
ミラの悲鳴は穴へと吸い込まれ、後にはなにもなくなった。
すると床が蠢きぺいっとなにかを吐き出した。それは元通りに復元した宝箱だった。
部屋は来訪者が来る前となにも変わらず、真の静寂だけが残った。
次回、封印部屋で二人が目にしたものとは⁉




