プロローグ‐心美と先輩と理不尽な死
毎日ゲームばかりの27歳ヒキコモリ女子(笑)は、久しぶりの外出で事故死する。
バフォメットが現れた。
無課金ガチャにしてはレア度の高い武器を装備させた主人公がスラッシュを放ち、敵のHPが半分まで減った。
バフォメットの攻撃。
大剣が振るわれるが余裕で回避。カウンタースラッシュで止めを刺した。
画面に映し出されたミッションコンプリートの文字を、佐藤心美は無感動に見つめると、さっさと勝利後の確定演出をスキップ。とっととクエストを進めることにする。
今さらバフォメット程度の敵に苦戦することも、倒して充足感を得ることもない。
曜日クエストのクリア報酬目当てに惰性でプレイしているだけなので、ゲームから娯楽を享受するという目的すら失われつつある。
(ま。ガチャ回したいからプレイしているようなもんだし)
そんなことを考えているうちに、すべてのクエストをクリアしてしまった。
主人公のレベルはとっくにマックス。
他のキャラもレア・ノーマル問わず上げられるだけ上げてしまったので、やることがなくなってしまった。
(そろそろ、このゲームも潮時かな?)
心美はパソコンから目を離すと大きく伸びをした。
ふと窓を見れば、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。
朝か。
道路を小学生が列を成して歩いていく。二月の中旬、寒いだろうに、なにがそんなにおかしいのか、子供特有の高い笑い声がここまで聞こえた。
(わたし、なにしてんだろ)
自分はあの子たちよりも下だ。そう思わずにはいられない。
心美は無職だ。半年前に新卒で入った会社を退職し、それから毎日、この1Kのアパートで寝て起きてゲームをするという生活を続けている。
新卒で入ったとは言っても、受験浪人を二年経験したので、就業期間は三年しかない。再就職する気にもなれず、貯金を食いつぶしながら毎日だらだらしているというわけだ。
年は二七になったはずだ。
二、三か月前に母親から誕生日を祝うメールが送られてきたのを覚えている。
会社を辞めたことは伝えていない。
このままではダメなんだろーなーと、思う。
が、それだけだ。心美は働くつもりなどなかった。
親に援助を乞うつもりも毛頭ない。幸い家賃も安く贅沢する趣味もないので、貯金だけで三年くらいなら働かずに生きていくことができる。
ならば、その先は?
無論、考えている。金がなくなったら死ねばいい。
そう思いながら生きている。世の中を生きるのは、つらい以上に面倒なのだ。それが、三年間社会に出て得た結論だった。
心美はカーテンをぴったり閉じると再びパソコンの前に座り、ゲームの掲示板を適当に流し読みしていく。早朝だというのに書き込みが結構あるが、もう慣れた。自分のように何もせずにいる人が、この国にはたくさんいるのだ。
ゲーム板を出て、適当に面白そうなスレを探す。
ある書き込みが目に留まった。
『死にたいです。おすすめの方法と場所を教えてください』
またかと思う。
この国は世界有数の自殺大国でもあるのだから当然と言えば当然だが、その実死ぬ死ぬ詐欺を繰り返すかまってちゃんで溢れ返っているのだ。
呆れながら眺めていると、案の定辛辣なレスが瞬く間に書き込まれた。
『勝手に〇ね!』
『爆弾持って〇〇凸』
『↑通報すますた』
『とりあえず服を脱ぎます』etc…
こんなものだろう。本当に自殺を考えている人は、なにも言わずに逝くものだ。
……そう。本当になにも言わずに、ある日突然いなくなってしまうのだ。
(先輩……)
心美は目を閉じ、世話になった先輩のことを思った。
入社してから三年間、面倒を見てくれた女性。享年三一歳のキャリアウーマン。
ピンと伸びた背筋と力のある瞳が魅力のかっこいい人だった。
だが、彼女は会社の一室で首を吊って死んだ。遺書には『疲れた。ごめんね』とだけあり、他には何も書かれてはいなかった。
それが心美に宛てた手紙であることはすぐにわかった。当時、先輩が気軽に話ができる人間は心美しかいなかった。『ごめんね』なんて言葉、心美以外に言うはずがなかった。
(先輩、そんなこと言わないでよ)
……今さら、どうしようもない。
心美は顔を上げると、コメント欄にこう書き込んだ。
『とりあえず、これでもやってみなよ↓』
矢印の下には贔屓にしているオンラインゲームのURLを張り付けた。罵詈雑言と死への手順で溢れたスレに、心美のコメントは酷く違和感を伴って書き込まれた。
『ありがとう。試してみます』
それは果たしてどのコメントに対してのレスだったのかわからない。
ハングマンズノットの結び方や、頸動脈の切断方法に対してのコメントだったのかもしれない。
だが、心美はそれが自分のコメントに対するレスだと思うことにした。
だって、その方が気持ちいいから。
〝死〟なんてものがなんなのかわからない。
〝死〟以外に救われる方法があるかなんて知りやしない。
ただ、自分もプレイしているゲームを楽しんでくれるなら、それでいいと思ったのだ。なんだかんだ半年も続けているのだ、楽しくないわけがない。
心美はパソコンの電源を切るとカーテンを開け放ち部屋に光を入れた。顔を洗おうと思い洗面所に行き、どうせならシャワーを浴びようと浴室に入った。二月の朝の冷気にシャワーは効く。熱いお湯は凝り固まった体を解してくれた。
時計を見れば九時を過ぎたところだ。まだ書店は開いていないか。いいや、コンビニならば問題ない。確か一〇〇メートルも歩かない距離に三件くらい密集していたはず。どの店舗に向かうか迷うくらいだ。心美はゴミの下に埋まっていたジーンズとシャツを着こみ、厚手のジャケットを羽織ると財布をポケットにつっ込み部屋を出た。
コンビニにはサラリーマンやOLの姿があった。思わず回れ右をしたくなるがぐっと我慢。意味なく店内をうろつき漫画を立ち読みしながら時間を潰し三〇分が過ぎた。
そろそろ朝の通勤時間も終わりだ。随分寂しくなった店内で、心美は履歴書を手に取りレジへと向かった。でもやっぱり恥ずかしかったのでお弁当とお菓子とドリンクと化粧品もカゴに入れた。レジでは極力顔を伏せてお金を支払い、やっとの思いで店を出た。
(やり切った……!)
一仕事終えた心美は冬だというのに額に汗をかき、頬もうっすら蒸気する始末だ。しかし気分はこの数年で一番よかった。冬晴れの青空がわたしを祝福しているとか思った。
とりあえず家に帰ったらネットで就活サイトを見て回ろう。正社員がベストだが、この際派遣でもかまわない。ハロワはハードルが高いから行かない。
とにかく自分は生まれ変わったのだ。
これまでの自堕落な生活を卒業し、就活生として覚醒したのだ。
そう心に刻み、一息つこうと袋からドリンクを取り出したところで空を飛んだ。
冬晴れの空がぐるんぐるん回る。
まさか胴上げ?
そんなことを考えていると、凄まじい衝撃が襲った。顔に冷たくて固くてざらざらした物が触れている。
息を吸い込むと、なぜかむせた。
口から血飛沫が飛び、目の前を赤く染める。
(……マジかよ)
それが最後の記憶となり、佐藤心美は死んだ。
はじめて投稿します、うえりんと申します。
よくある異世界転生冒険ものですが、よろしくお願いします。




